全米が哀悼に包まれる。RBG・ギンズバーグ米最高裁判事はなぜ時代のアイコンとして尊敬を集めたのか。
■ ギンズバーグ氏が亡くなる。
本当に悲しいニュースです。あまりにも大きな喪失感に襲われています。
ギンズバーグ氏、頭文字をとってRBGとして知られますが、彼女は法律家として本当に尊敬できる方でした。
クリントン政権に任命され、米国の歴代2人目の女性最高裁判事として、そして米連邦最高裁で最もリベラルな裁判官として活動をされました。
(最高裁前に集まり、追悼する人々)
しかし、最高裁判事になるはるか前から彼女は平等のために戦い続けていました。
渡邉裕子さんの書かれた記事にも詳しく紹介されています。
1960年代初頭、ギンズバーグ氏はロースクールを優秀な成績で卒業して弁護士になったにもかかわらず、法曹界の根強い女性差別のために、法律事務所に就職することができませんでした。
それでも法律への情熱を失わず、1963年にラトガース大学ロースクールで教授職を得て、女性の権利を教えるプロジェクトを開始、連邦や州法の女性差別規定について是正を求めて続々と連邦裁判所に提訴、連邦最高裁を舞台として6件の事件を争い、このうち5件に勝訴して、女性の権利、男女平等を前に進めるという輝かしい功績を残しました。
1960年代から1980年代にかけて米国でフェミニズムが盛り上がり、大きく発展しましたが、法律上の差別禁止が進んだのは彼女が率いるチームの法廷闘争でした。
彼女の活躍と平等への情熱、尽力なくして、今のアメリカにおける女性の権利の進展はなかったでしょう。
彼女の活躍については、日本でも、自伝的映画 ビリーブ が公開されました。
■ 常に正義の代表者として
RBGは、女性の権利、性的マイノリティーの権利、中絶に関する権利などで、常に女性や少数者の立場に立って権利擁護のために戦いました。彼女の尽力で多くの先進的な最高裁判例が米国社会をよりリベラルに前進させてきました。
RBGと米国政権の関係は蜜月ではありませんでした。しかし、だからこそ、憲法の守り手としての毅然とした彼女の役割は重要だったのです。
2000年にアルゴア氏とブッシュ氏の大統領選挙の結果が連邦最高裁に持ち込まれた際、彼女は、反対意見に投じましたが、ブッシュが大統領になりました。まもなく9.11事件が起きると、ブッシュ政権の下で「テロとの戦い」の名のもと、憲法に反するテロ容疑者の拘束や拷問など、非常に深刻な憲法違反が続きました。
その時期、私は米国の人権団体で働いており、この団体は連邦最高裁に何件も訴えを起こしていましたが、常に憲法を擁護する姿勢を最も鮮明にしたのがRBGでした。この時期、連邦最高裁では権力の暴走に歯止めをかける重要な判決がいくつも出されました。
そして、RBGの真価は、トランプ政権の誕生という民主主義のいっそうの危機の中でさらに注目され、米国のリベラル民主主義にとって欠くべからず存在と認識されるようになります。
■ 反対意見を書き続けることの偉大さ
近年、連邦最高裁は保守派が5、リベラルが4という構成で、RBGの意見の多くは多数意見ではありませんでした。
しかも、トランプ政権の極めて問題の多い行為の合憲性について最高裁が判断することも多くなり、そうした決定に少数派としてかかわらざるを得ず、多勢に無勢のなか、RBGがどれだけ悔しい思いをしたことかわかりません。
しかし、RBGは、不本意な多数意見に対し、「反対意見」(dissent)を出し続けていました。リベラルなポジションを一向に変えることなく、非常に強く、説得力のある反対意見を述べ続けました。
その意見は高齢にもかかわらず衰えるどころかさえわたり、理論的にもシャープでした。
判決において少数派の判事が反対意見を言い続けるという行為が、負け犬の遠吠えでは決してなく、憲法と権利擁護、民主主義と平等を守るための偉大な行動なのだ、ということを身をもって示し、リベラル派や若者たちを強くインスパイアしました。
RBGの反対意見(Dissent)は今の時代に象徴的な意味がありました。
民主主義や憲法を脅かすものに対して一歩も引かないぞ、という強い意志を身をもって示した姿勢や生き方そのものが、トランプ政権下で絶望しそうになるリベラルにとって大きな励ましとなり、時代のアイコンとなったのです。
また、小柄でゆっくりと話す女性が、巨大な権力に対して一歩も引かないで対峙している、という事実が、女性たち、とくに若い世代の女性を励ましたのです。
彼女は高齢になるほどチャーミングになり、ユーモアにあふれ、論敵である同僚のスカリア判事とも仲良くする柔軟さを見せ、近年はあちこちに登場して言いたいことを言い、若者や女性から絶大な支持を得ました。
悪名高きRBGという書籍や、同名の歌やキャラクターグッズも続々と出されて、ポップカルチャーの象徴となったのです。
その一方で、妊娠中絶、性的マイノリティの権利・同性婚、移民問題などの判決で権利擁護の役割を果たしました。
日本の最高裁判事とは全く異なる、自由で人間的であり、かつ知性を武器に権力に対峙した、三権分立を象徴するような、最高裁判事像といえるでしょう。
■ 今後の最高裁の構成と大統領選挙への影響
RBGの死は米国最高裁にとって深刻です。トランプ政権下で、上院の多数を共和党が占めるなか、後任の最高裁判事に保守派が選任されると、保守派とリベラル派のバランスが大きく崩れ、保守派に大きく傾く危険性が濃厚です。
保守派といっても、ロバート長官のような穏健なタイプではなく、極端な保守の可能性が濃厚です。
例えばトランプ大統領が候補者として名前を出したテッド・クルーズ氏はLGBTや妊娠中絶、障害者権利に反対、進化論や地球温暖化も否定という極端さです。
RBGは生前、新大統領が選ばれた後に自分の後任を選んでほしいと最後に述べたと伝えられていますが、トランプ大統領は、RBGの後任を早くも選任する可能性があります。
仮に、大統領選挙前に新しい判事が決まり、さらに大統領選挙の投票結果が2000年のように最高裁に持ち込まれることになった場合、米連邦最高裁は憲法の番人として正しい判断ができるでしょうか。今後の展開に目が離せません。
また、大統領選挙を仮に民主党が制しても、上院選挙でも勝利しない限り、RBGの思いを継承する後任の最高裁判事を選任することができません。これは本当に大きな問題です。
中絶や同性婚、銃規制、移民問題etc、最高裁がこの間出してきたリベラルな判決が覆される危険があり、予断を許しません。
■レガシーを受け継いで
RBGは、トランプ政権下で、保守派が多数を占める最高裁という、近年の大きな試練の中、がんと闘病を続けながら、その志を貫いてきました。本当に強靭な精神の持ち主だったと思います。
反対意見を誠意をもって言い続け、人々をインスパイアし勇気を与えた最後の戦いは見事でした。
私自身、法律家として、女性として、RBGに大きな影響を受けた一人です。
彼女が身を挺して私たちに教えてくれたレガシー、平等や権利擁護のために力を尽くす勇気を私たちは受け継いでいかなくては、と思います。
偉大な女性の生涯に心からの尊敬と感謝をささげます。心からご冥福をお祈りします。(了)