藤井聡太八冠、プレイバック八冠ロード ~真夏の十二番勝負で見せた進化~
2023年、藤井聡太八冠(21)が歴史的な偉業、全タイトル制覇を達成しました。この記事では、第94期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負と伊藤園お~いお茶杯第64期王位戦七番勝負で佐々木大地七段(28)と真夏に繰り広げた十二番勝負に焦点を当てます。
藤井八冠は前年のヒューリック杯棋聖戦五番勝負第1局以降、先手番では一貫して角換わりを志向していました。今回の五番勝負が始まるまでの先手番勝率は、脅威の0.972!(35勝1敗)。今回のダブルタイトル戦でも藤井八冠は先手番で5戦全勝し、佐々木七段を圧倒して結果的に防衛につなげました。
ここからは、時系列で2つのタイトル戦を解説し、藤井八冠の新たな進化についても取り上げます。
玉の早逃げで勝利
第1局は藤井八冠の先手番で角換わり、第2局は佐々木七段の先手番で相掛かりと、互いの得意戦法に進み、それぞれ先手側が勝利して1勝1敗のスタートになりました。
詳しくは当時の解説記事をYahoo!ニュースにてご覧いただけます。
第1局:藤井聡太棋聖の「角換わり」攻略の難しさと対戦相手の苦悩
第2局:挑戦者が鮮烈な一手で藤井聡太棋聖を撃破!佐々木大地七段の「必殺の一撃」
そして迎えた第3局は、藤井八冠の先手番で角換わりに進みました。
佐々木七段は、第1局では藤井八冠の攻めを正面から受けて敗れたため、第3局では右玉を選択して相手の攻めをかわす作戦に出ました。
対して藤井八冠が工夫の作戦で対抗して、リードを築きます。
そして迎えた図から、藤井八冠が受けの強さで優位を確実なものにしました。
先手陣はバラバラでまとめるのが難しそうですが、藤井八冠が巧妙な指し回しで一局を制しました。
▲7七玉△8五歩▲8二歩△7一飛▲6八玉△7六歩▲5八玉と一目散に玉を逃げ出したのが好手順で、玉の安全地帯を見極めた柔軟な発想でした。
藤井八冠の読みの力、判断力の素晴らしさが光った手順で、このまま攻めの手を一手も指さずに勝利を収めました。
そして、第4局では熱戦の末に佐々木七段の相掛かりを撃破し、藤井八冠が3勝1敗で防衛に成功しました。
第4局の詳しい解説もYahoo!ニュースでご覧いただけます。
角換わりを避けた挑戦者
王位戦七番勝負は、棋聖戦五番勝負第3局の4日後に開幕しました。
棋聖戦五番勝負では第3局まで藤井八冠の先手番が2回あり、佐々木七段はいずれも角換わりで敗れていました。
それを踏まえて王位戦第1局で佐々木七段は、角換わりを避けて横歩取りを採用しました。
横歩取りは先手番がわずかに有利とされていますが、佐々木七段が用意した作戦が秀逸で藤井八冠にペースをつかませず互角の展開が続きました。
我慢比べを制したのは藤井八冠でした。このダブルタイトル戦で受けの強さを見せる藤井八冠は、この対局も受けの力で勝負を決めました。
図から▲5五銀と相手の攻めを催促して、△5七歩成▲同銀△同金▲同玉に後手が▲2一金からの詰み筋を防いで△3一歩としたところで、▲6四とが好手でした。
と金の活用によって先手玉への攻め手が消えて、攻防共に見込みのなくなった佐々木七段は投了に追い込まれました。
最後は他の手でも勝てそうでしたが、▲6四とは逆転の余地が少ない王者の一手でした。
藤井八冠のさらなる進化
藤井八冠は第2局で佐々木七段の相掛かりを撃破し、その後は互いに先手番を制して第5局を迎えます。
第3局では藤井八冠の先手番角換わりに挑むも敗れた佐々木七段は、第5局では再び横歩取りを選択しました。
中盤では佐々木七段にもチャンスがある展開でしたが、藤井八冠が一瞬のスキをついてリードを奪いました。
そして終盤戦、藤井八冠が受けの強さで勝利を引き寄せます。
図から▲6八玉△2八竜▲3八歩△同竜▲7九玉と進めて優位を確立しました。
▲3八歩と歩を犠牲に竜の位置をずらしたのがうまい手で、もし歩を捨てないと▲7九玉に△1九竜と王手で香を取る手が生じます。
藤井八冠のことですからかなり前からこの手が見えていたのでしょう。ここでも確かな読みと判断力が光りました。
ダブルタイトル戦を通じて、藤井八冠の受けの強さが印象的でした。
以前の藤井八冠は攻めの強さが目立っていましたが、数々の経験を積むうちに、受けの強さも身につけて進化を遂げたようです。鬼に金棒とはこのことでしょう。
そして冒頭に、藤井八冠は棋聖戦五番勝負の開幕前の一年での先手番で35勝1敗だったと書きましたが、ダブルタイトル戦を無敗で終えたその後も驚異的な勝率を残しています。
棋聖戦五番勝負第1局(6月5日)以降、先手番では12勝1敗(未放映のテレビ対局除く)で、唯一の敗戦は王座戦五番勝負でのもの。それ以外は竜王戦七番勝負も含め全勝です。
タイトル戦では相手の先手番を一度は勝たないと番勝負を制するのは非常に難しいです。
それだけに、藤井八冠の先手番をどう切り崩すか、それが挑戦者にとっての大きな課題となります。
筆者にも現状で糸口はまったく見えませんし、タイトルを狙う誰もが頭を悩ませているはずです。
2024年、その答えを見つける人が出てくるでしょうか。