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保育園の死亡事故、情報開示は十分か 系列園の親「報道ではじめて知る」「不安でも預け続けざるをえない」

中野円佳東京大学特任助教
待機児童対策を発表する小池百合子都知事(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

なくならない保育園での死亡事故

毎月のように、保育園での事故が報道されている。9月2日、東京都板橋区の認可保育園「ほっぺるランド志村坂上」で、同日1歳の男の子が死亡したと報じられた。今月は、昨年12月神奈川県平塚市の無認可保育所「ちびっこBOY」で、生後4か月の男児にけがを負わせて死なせたとして、保育士が逮捕されたニュースが流れた。

保育園での死亡事故は年間14件(昨年度)程度起こっている。しかし、必ずしも全ての事故が報道されるわけではない。場合によっては遺族などがSNSで発信してはじめて公になることもある。

国が事故報告をまとめ、公表しているデータベースもあるものの、これから保育施設を利用しようと考えている親にすら、提供される情報は極めて少ない。現在開示されている情報はどのようなものか、そして死亡事故をなくすため、保育の質を担保するために、どのような情報開示がされるべきだろうか。

系列園を利用する親も報道ではじめて知る

私は、2016年3月11日、キッズスクウェア日本橋室町で死亡した賢人くんのことを報道により知り、その後、ご遺族に取材させていただいた。その時に書いた記事に、「自分自身も厚生労働省内のキッズスクウェアを利用したことがある」と書いたが、実は、私が自分の子どもをはじめてキッズスクウェアに預けたのは、賢人くんが亡くなった翌日の3月12日だった。

その翌週にも厚生労働省での会議出席に際し同施設を利用しているが、系列施設で死亡事故があったことについてついぞ知らされることはなかった。多くのほかの事故でも、系列園を利用している保護者ですら事故があったことをはじめに知るのは報道によってだ。検証過程では仕方のない側面もあるだろうが、どうして事故が起こり、その原因は果たして改善されたのかということを知る術もないまま、預け続けることになる。

そもそも、保育園を選ぶ段階で自治体のホームページなどで確認できる情報は定員や広さ、園の見取り図などで、質的な評価をできる項目は非常に少ない。立ち入り調査の状況はたとえば東京都の場合は福祉保健局のホームページで公表されているものの、PDF形式でその年度に実施されたものだけが出ており、保護者が利用を検討している施設の結果を探し出すのには非常に手間がかかる。行政指導の回数など情報公開請求などをすればわかる情報もあるが、そこまでする保護者も少なかろう。

「保育の質」について知るには、見学に行って園長の方針や園児の様子を見て判断するのがもっとも手っ取り早いと考えるが、1人目の子どもで目が肥えているとは言えない保護者に見極められる範囲は限られている。普段の保育で気になる点や問題が起こった時の対応の仕方などがわかるのは、通わせ始め、しかも通常、問題が起こってからである。

自治体・施設名・事業者名が一切ない「情報公開」

では、園児死亡など重大事故の情報はどのように開示されているのだろうか。

まず、保育事故が起こった場合のプロセスを確認しよう。死亡事故のご遺族及び担当弁護士への取材をしたところ、もっとも深刻である死亡事故の場合、通常園から119番通報があり、病院で死亡が確認されれば警察に連絡される。

同時に事業者側には自治体に対する報告義務がある。認可施設、認可外施設問わず死亡あるいは30日以上の治療を必要とする事故があった場合、その施設を運営している事業者は自治体への報告が必要だ。その内容は内閣府がデータベースとして3か月に1回エクセルとPDF形式で公開している。

しかし、ここでは自治体や施設名、事業者名は一切伏せられている。開示されるのは件数と状況だけだ。あくまでも「再発防止のための公表」(内閣府子ども・子育て本部)であるためだ。(内閣府リンク:なお、死亡以外の事故については認可外施設による報告が圧倒的に少なく、報告自体が十分にされているかが疑わしい)

警察がマスコミに公表する案件の中に入り、マスコミが報道する場合はあるものの、警察発表やマスコミが報道するかどうかは世の中の関心の高まりなどにも左右されるようだ。3月の賢人くんの事故の場合は、両親が「赤ちゃんの急死を考える会」などにアクセスしたことをきっかけに、4月中旬にようやく報道されている。

事故後の原因究明や調査結果についてはどうだろうか。国は3月、保育事故の再発防止に向けて、教育・保育施設で重大事故が起きた場合、市町村などの自治体に、外部委員からなる事故検証委員会の設置を求める通知を出している。設置には通常遺族による申し入れが必要となり、検証結果についてはどこまで公開されるのか明らかではない。再発防止につながるよう、遺族の同意がある場合は情報開示を望みたい。

不安でも利用し続けざるを得ない親たち

保護者達はどう考えているのか。今年死亡事故が起こった保育園の系列園に預けている保護者にヒアリングしたところ、次のような声が聞かれた。

「事故に遭った子は可哀そうだし、ショックだった。確かにぎゅうぎゅうに詰め込まれていて狭いとは思う。でも、そこまでほかの園と比べて劣悪だったとは思わないし、認可保育園に比べて親対応は丁寧だし、荷物が少ないなど便利。認可に入れるまでは他に預けるところもなく職場の近くで預けられるのは非常にありがたいので、二人目ができても同じところを利用したい」

「報道を受けて事故があったと貼り紙がされていたけど、それだけでは内容がわからなく、不安に思いながら預け続けている。あまり『この件どうなったのですか』としつこく保育園に問い合わせるのもモンスターペアレントと思われそう。自分の子どもが人質で保育園にいるので意見は言いにくい」

親の側も、安全性に対する感度が必ずしも高くなかったり、安全性に多少の不安があっても利用し続けざるを得なかったりする状況がある。事業所内保育所などで企業が保育園事業者と契約をしている場合、事故があったからといって簡単に事業者を入れ替えるという判断もしにくい。

もちろん、小さなケガなどを含めれば子供の小さな事故は日常茶飯事だ。事故の有無や件数のみで判断できることは少ない。報告などの事務に職員が追われ、子どもにかける時間が削減されたり長時間労働を引き起こして保育士不足に拍車をかけたりすれば本末転倒ではある。

しかし、だからこそ、死亡や重症などの非常に重篤な事故については、それがなぜ起こってしまったのか、構造的な問題ではないのか、どう改善するのかといったことが、しっかり情報共有されることが必要ではないだろうか。

もともと待機児童が深刻である地域では「入れただけで御の字で、選ぶ余地などない」という状況があるが、それに輪をかけて質の向上に対する事業者側のインセンティブが高まらない仕組みになっている。中には予防意識が低い事業者があり、同じような事故が全国で繰り返されることにもつながる。

保育の質向上へ改善の動きも

改善への動きも出てきている。小池百合子都知事が就任し、「保育の質」問題にも新しい風が吹こうとしている。今月には、来年度から都内全ての認可外保育施設を年1回、職員が巡回指導するなど、指導・監督体制を強化する方針を表明。東京新聞によればこれまでの立ち入り調査は東京都は2割程度しか実施できておらず、大きな改善が期待できそうだ。

一方で、小池都知事のもとでは、東京都と内閣府が「東京特区推進共同事務局」を立ち上げ、保育も含めた規制緩和を進める動きもある。この会議の事務局長には、鈴木亘学習院大教授が就いている。同教授は過去、保育分野で保護者に利用できる補助券(バウチャー)を配布し、利用者が選んだ保育所を使う際に利用料が軽減されるようにして、事業者側に市場原理が働くようにする方策などを提案している。

こうした制度は、施設それぞれの詳細な情報が十分に開示され、親の側にもそれを選べる力と状況が十分にあって初めて、機能する。そもそも、小さな子どもは自分で不都合を訴えることはできない。事故が起こってからはじめて劣悪だと分かるようでは犠牲が大きすぎ、こうした市場原理はそぐわないという意見も多い。いかに事前に防ぐ仕組みづくりができるかが問われる。

起きてしまった事故の情報、検証内容、再発防止に向けた改善策と実施状況、そして事故が起こる前の立ち入り検査の結果などが、うやむやにされることなく公になり、保護者が見やすい形でその情報が開示されることは、事故防止の一歩になるではないだろうか。二度といたましい事故を起こさないためにも、改善に向けた取り組みを求めたい。

東京大学特任助教

東京大学男女共同参画室特任助教。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社。14年、立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、15年4月よりフリージャーナリスト。厚労省「働き方の未来2035懇談会」、経産省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員。著書に『「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?』『上司の「いじり」が許せない』『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』。キッズラインを巡る報道でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞。シンガポール5年滞在後帰国。

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