間違いだらけの少子化対策法案
新たに3.6兆円の財源を要する岸田内閣肝入りの「異次元の少子化対策」を具現化する少子化対策法案(「子ども・子育て支援法等改正案」)が、今月16日に閣議決定された。
岸田総理は、2月6日の衆議院予算委員会で、立憲民主党の早稲田夕季衆院議員の質問に答える形で、粗い試算であるとの前置きのもと、国民一人当たりの追加負担は月額500円弱だとし、その後の国会でも度々そう説明されてきた。
しかし、それから約2週間後の同22日の衆議院予算委員会で、加藤鮎子こども政策担当大臣は、立憲民主党の石川香織議員の質問への答弁で月額1000円以上の負担増になる者もいるかもしれないとの遠回しな言い方ながら、事実上の軌道修正を行った。岸田総理の月額500円以来たった2週間で私たちの新規負担は倍増した。
子育て支援金「1000円超」わずか2週間で倍増 「賃上げで負担なし」政府説明に疑問の声(テレ朝ニュース 2024年2月23日(金))
筆者は粗い試算ながら、「少子化対策の財源、公的医療保険料月額500円負担増の根拠とは? −ワンコイン・ポリティクスの欺瞞-」(2024年2月7日)という記事で月額500円は目眩しだと指摘したし、西沢和彦日本総研理事はより実態に則したデータに基づき、「医療保険別の平均でみれば、自営業者らが加入する国民健康保険は746円、75歳以上が加入する後期高齢者医療制度は253円、企業負担分を含め、大企業の従業員やその家族が加入する健康保険組合は851円、中小企業の従業員やその家族が加入する協会けんぽで638円」と、やはり私たちの新規負担額は月額500円に止まらないことを早々に指摘されていた。
今回の政府の軌道修正も長年に渡り日本の社会保障制度の問題点や改革の方向性をデータに基づき客観的に分析し提言してきた西沢先生が流れを作ったのは間違いなく、西沢先生の面目躍如といったところだ。
ハッキリ言って、公開データからでも月額500円のウソを容易に見破ることができることは明らかだったにもかかわらず、岸田総理に月額500円と吹き込みワンコイン・ポリティクスに固執させ、にも関わらず、早々と方針転換しハシゴを外したのは、国民にも岸田総理にも不誠実でバカにした態度だ。
月額500円という意味のない金額は、国民の反対の多い少子化対策法案が閣議決定されるまでの方便に過ぎなかったのだろう。
生まれたばかりの赤ちゃんから亡くなる直前のお年寄りまで含めた平均額には元々意味がなかったのは当然であり、これで国民を騙せると考えていたとしたら、私たちも舐められたものだ。
しかし、少子化対策法案の根本的な問題点は月額500円なのか1000円なのかにあるのではない。新規負担額は枝葉末節に過ぎない。なぜなら、3.6兆円の財源のうち歳出改革で1.1兆円捻出するとしているが、歳出改革ができなければ、歳出改革で捻出できなかった分は公的医療保険への上乗せに回るのだから、そもそもいま私たちの具体的な負担額を決めようなどというのは無理だと考えるのが適切だろう。
異次元の少子化対策を実現するために必要な財源3.6兆円のうち、1兆円は公的医療保険料に上乗せされる形で徴収される。しかし、公的医療保険は、病気や怪我などリスクは低いが大きな損害になるテールリスクに対して国民が強制的に加入させられることで掛金を少額に抑え負担することで健康上の損害を平準化する仕組みである。子育てはこうした公的医療保険の哲学、本来の目的とは全く合致しないのは明らかであり、健康保険料の流用であり、目的外使用に他ならない。
公的医療保険は全世代が加入しているので、全世代で子育てを支えるとする名目にも適っていると主張されることもあるが、公的医療保険の負担構造を見れば建前に過ぎないのは明らかだ。現在の公的医療保険は、現役世代から高齢世代に多額の上納がなされており、保険料負担の負担割合は、現役世代が8で高齢世代は2でしかない。余りに現役世代に偏った負担であることが分かるだろう。公的医療保険から財源を捻出したいのであれば、現役世代から高齢世代への「支援金」6.9兆円を削って対応することもできるはずだ。
しかも、公的医療保険を通じて財源を調達することにされているので、結婚予備軍、まだ子どものいないカップルの負担も増えるため、独身税、子なし税として実質的に機能することになる。これは少子化を加速させるだけだ。
真に全世代で子育てを支えるとし、もし本当に新規財源が必要であるならば(筆者は、新規の少子化対策は不要。対策が必要であるにしても既存の社会保障の効率化等により捻出すべきだと考えている)、消費税が適切だろう。消費税であれば、現役世代と高齢世代の負担割合はおおよそ6対4なので、公的医療保険よりは現役世代に偏っている訳ではない。しかし、消費税は、国民のアレルギーが強く、選挙にも不利だということで歴代内閣が早々と社会保障の財源としては早々に封印してきた経緯もあり、今回も候補には上がっていないようだ。社会保険料であればこども家庭庁や厚生労働省の特別会計の財源となるが、消費税では一般財源化され財務省の管轄下におかれる可能性も高まるので、こども家庭庁や厚生労働省の官僚が嫌った可能性もある。
それに加えて、こども・子育て政策の全体像と費用負担の見える化を進めるため、こども・子育て支援特別会計(仮称)(いわゆるこども金庫)という特別会計が、東日本大震災からの復興目的で2012年に作られた「東日本大震災復興特会」以来12年ぶりに今回新たに創設される。2003年の国会で当時の塩川正十郎財務大臣が「母屋ではおかゆを食ってけちけち節約しておるのに、離れ座敷で子供がすき焼きを食っておる」と、歳出削減が進められる一般会計と比べて、既得権益化しやすく、また国会審議でも国民の目が届きにくい性質が特別会計にはある。つまり、少子化対策のためにいったん特別会計が設置されると、少子化が進んでも子育て支援のためと称して、こども金庫の縮小が進むどころかかえって肥大化し、かえって現役世代の負担だけが重くなり、少子化がさらに加速するリスクも高まる。
負担が増えても給付も増えるからいいでないかとの主張もある。しかし、給付はその条件に該当する世帯のみ受け取れるもので、一方的に負担だけさせる世帯と給付を受け取れる世帯との間で分断を生む。
マクロ経済的にも問題はある。
公的医療保険への上乗せは、企業負担分の増加という形で企業の人件費負担を増やすので、折角の賃上げの機運に水を差す懸念がある。さらに、企業によっては人件費の負担増に耐えかねず倒産、もしくは人減らしをする懸念もある。実際、コロナ禍で猶予されていた社会保険料の支払いに耐えかねた社会保険料倒産いわゆる社保倒産が増えつつあるとの指摘もある。
また、賃上げがインフレに追いついていない状況での公的医療保険料の引き上げは手取り所得や購買力の低下をもたらすので、消費を減らし、景気にも悪影響となるのは間違いない。
さらに、異次元の少子化対策で、具体的にどのような効果が期待できるのか明示されていない。私たちは、異次元の少子化対策によって、少子化に歯止めがかかると期待しているが、異次元の少子化対策を見ても、直接的に出生増に働きかける政策は驚くほど少ない。その多くは既に子どものいる家庭への子育て支援策に過ぎず、国民の多くが期待する出生増には直接的な効果は持たない。つまり、「異次元の少子化対策」の目的、効果がハッキリしない。
実際、浜田聡参議院議員の質問主意書への答弁では、「政策と合計特殊出生率の因果関係は示せない」とされている。
岸田内閣が掲げる少子化対策におけるEBPMが明確ではない可能性等に関する質問主意書(提出日2024年2月8日、答弁書受領日2024年2月20日)
効果も目的も明確ではなく、その費用負担にも疑念が残る少子化対策法案は問題しかないように見える。
政府は、本当に少子化対策が必要であるとするならば、何のための、誰のための少子化対策なのかは最低限に国民に納得してもらう必要があるだろうし、そのポジティブ、ネガティブ両面の効果を具体的に提示し、私たちが少子化対策法案の是非をしっかり検討できる、そして国会での議論が建設的に行われるために情報を出し惜しみしてはならないと考えるが、読書の皆さんはいかがお考えだろうか?