少子化対策の財源、公的医療保険料月額500円負担増の根拠とは? −ワンコイン・ポリティクスの欺瞞-
岸田文雄総理は昨日2月6日の衆院予算委員会で、自らが推進する異次元の少子化対策に必要な3.6兆円のうち、既存予算の活用(1.5兆円)、歳出改革(1.1兆円)で不足する残りの1兆円を捻出するための公的医療保険(健康保険料)への上乗せ額を国民一人当たり月額500円弱になるとの見通しを示した。
なぜ、公的医療保険への上乗せかは、まず異次元の少子化対策によってもし仮に少子化が止まれば、社会保障の先行きが少しは明るくなり、社会保障の恩恵は全ての世代で享受するので、一応、現役世代から高齢世代まで保険料を負担している公的医療保険が適していることが挙げられている。要は、社会保障の持続可能性が高まるとの目算だ。
そしてもう一つ、実はすでに子ども子育て拠出金という形で公的医療保険などに0.36%上乗せして徴収する仕組みが田中角栄元総理の頃から実装済みなので、その仕組みを流用することとしたということだろう。
以上から、今回、社会保険の在り方を大幅に修正することになるのは承知の上で、公的医療保険に白羽の矢が立ったのだと思われる。
そもそも、現在社会保障に130兆円もの公金が投入されている。これを0.8%効率化できれば1兆円捻出できるし、3%弱の効率化で3.6兆円捻出することが可能だ。歳出改革で1.1兆円捻出できるのなら、あとわずかの削減努力でこの程度は賄えるのではないだろうか。是非頑張ってもらいたい。
一方、国民一人当たり月額500円弱との見通しが岸田総理によって示されたものの、実際には500円という金額の根拠は明らかにはされていない。
例えば、2023年10月現在、日本の総人口は1億2434万人であるので、単純に国民一人当たりで計算すると、1兆円÷1億2434万人÷12か月≒670円となってしまう。赤ちゃんから老人まで全ての国民で計算しても500円を超えてしまうので、月額500円の根拠を得るには、なんらかの工夫が必要なのは確実だ。
いろいろ考えて得た結論は以下の通り。
厚生労働省保険局調査課「医療保険に関する基礎資料~令和2年度の医療費等の状況~(令和5年1月)」によれば、2020年現在、組合健保(大企業に勤める者とその家族)、協会けんぽ(中小企業に勤める者とその家族)、国民健康保険(自営業者、65~74歳までの高齢者)、後期高齢者医療制度(75歳以上の高齢者)などの公的医療保険に加入している者は全部で124,752千人。この人数に月額500円(年額6000円) 掛けても7485億円と1兆円には及ばない。なのでこれも違う。
次に、公的医療保険加入者のうち会社勤は本人(46,082(千人))と家族(31,705(千人))あわせて77,788 千人。残りが高齢者や自営業者などで46,964千人。
さらに会社勤めの者は会社と本人で保険料を折半しているので月額500円×2で1,000円、年額12,000円の負担となるので、77,788(千人)×12,000円=9,335億円。残りで月額500円ずつ(年額6000円)負担するとすると、46,964(千人)×6,000円=2,818億円。これらを足すと、9,335億円+2,818億円=1兆2,152億円と1兆円を超えるものの、高齢者や低所得層への配慮による減免などを考えれば、ほぼこれが正解だろう。
ただし、公的医療保険料は加入する制度や所得等で負担する金額が違ってくることに注意が必要だ。つまり、岸田総理が仰る月額500円の負担はあくまでも平均値であること、会社負担を除いていること、さらに形の上では保険料を負担していないはずの被扶養者も計算に含まれていることに注意しなければならない。
だから当然、月額500円以上の負担となる者は多い。現役世代の場合は、加入する公的医療保険や、給与の水準によって保険料額が異なるので、年収が高い大企業の方、中小企業でも所得の高い方は月額500円以上の負担増となる可能性が高い。
大雑把な計算で恐縮だが、会社勤めで年収(正確には標準報酬から得られる年収)300万円以下の方だと給与明細上(つまり会社負担分を除く)の負担増は500円以下となるし、年収が300万円以上だと給与明細上の負担は500円以上になる。
さらに具体的には、2024年度の公的医療保険料収入約24兆円を前提にすると、1兆円新たに収入を増やすには大体0.4%保険料率を引き上げなければならないことが分かる。この保険料率の引き上げ幅を総務省統計局「家計調査」の「世帯主の年齢階級別1世帯当たり1か月間の収入と支出(勤労世帯)」から現役世代(世帯主の年齢が64歳以下の世帯)の収入(世帯主収入)にかけ合わせると、下表の結果が得られる。
平均的な現役世帯では月額884円の負担増となり、全ての現役世代では月額500円以上の負担となるのは間違いない。
しかも月額500円という負担増は歳出改革と賃上げが行われた前提であることに注意しなければならない。それが実現できなければ新たな負担は当然増える。
そもそも、現役世代で全体の8割超を負担している公的医療保険料に少子化対策の財源を上乗せするわけなのだから、結婚予備軍や子どもをまだ持っていない若い夫婦からも保険料を徴収することになり、返って少子化を加速させるリスクがあること、企業の人件費負担を増やすので賃上げの機運に水を差す懸念があるのと、企業によっては人件費の負担増に耐えかねず倒産、もしくは人減らしをする懸念があるのは由々しき問題だろう。
実際、コロナ禍で猶予されていた社会保険料の支払いに耐えかねた社会保険料倒産いわゆる社保倒産が増えつつあるとの指摘もある。
「公租公課滞納」倒産動向(帝国データバンク 2023年12月7日)
「社保」「税金」滞納で倒産、急増 23年は111件、過去最多に
コロナ禍の「納付猶予」期限切れ後に破綻相次ぐ
結論すれば、月額500円などという聞こえのいいワンコイン・ポリティクスで国民を欺くのではなく、まず徹底した国、地方、社会保障全般の歳出削減を行って、それでも捻出できないとなって初めて国民の負担増の検討に移るのが筋だろう。国民の負担増はあくまでも最終手段とすべきだ。しかもその場合でも、世代間で負担に偏りのない形、もしくはこれから子を産み育てる世代を重視した形で負担をお願いするのが適切だろう。
小さく生んで大きく育てるのが霞が関の常とう手段であることに留意すれば、たかが500円、されど500円。ワンコインを突破口にしてはならない。