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PFAS(有機フッ素化合物)はなぜ体に溜まるのか、小泉昭夫・京都大学名誉教授に聞く

幸田泉ジャーナリスト、作家
大阪府摂津市で講演する小泉昭夫・京都大学名誉教授=2024年5月18日、筆者撮影

 水や油をはじく性質から生活用品に幅広く使われ、工業製品の製造工程でも重宝されてきたPFAS(ピーファス、有機フッ素化合物)。発がん性など健康への影響の解明が進み、昨年、国際がん研究機関(IARC)は、発がん性の評価を見直した。1万種類以上あると言われるPFASのうちPFOA(ピーフォア、ペルフルオロオクタン酸)について4段階の分類のうち最上位の「発がん性がある」に引き上げ、PFOS(ピーフォス、ペルフルオロオクタンスルホン酸)を初めて上から3番目の「発がん性がある可能性がある」に位置づけた。

 PFASは自然界で分解されず「永遠の化合物」と言われる。環境中に残留するため水道水に混入するなどし、人は体内に取り込んでいく。健康に悪影響を与えるのも、体内に入るとなかなか排泄されず、分解もされないためだ。長年にわたりPFASの調査研究をしてきた小泉昭夫・京都大学医学研究科名誉教授に、健康被害のメカニズムを聞いた。

原因は胆汁の腸管循環

                                            筆者作成
                                            筆者作成

――体内に入ったPFASは半分になる「半減期」が3年~5年と長く、95%が排出されるのに40年もかかります。どうして尿や便で排泄されにくいのですか?

小泉 排泄されるには腎臓から尿で出るか、腸から便で出なくてはなりません。腎臓からの排出量が極めて少ないのは分かっていますが、それがどうしてなのか科学的な解明はされていません。 

 便で排泄されづらいのは原因が解明されています。肝臓から分泌される「胆汁(たんじゅう)」が、肝臓と腸管(小腸)を循環する仕組みと関係しています。胆汁は肝臓から栄養分を腸管に運び、腸管は栄養分を吸収してエネルギー源にします。栄養分を運んだ胆汁は、腸管で再吸収されて肝臓に戻り、また栄養分を運びます。胆汁は荷物を運ぶトラックのようなもので、肝臓から栄養分という荷物を腸管に運び、荷物を降ろして空になってまた肝臓に戻ります。これを胆汁の「腸肝循環」と言います。PFASはこの胆汁に溶けているので、腸管で胆汁と一緒に再吸収されてしまいます。便で排泄されず体内をぐるぐる回るのです。

 体内を回っているうちにPFASは、肝臓、腎臓などに蓄積され、肝障害や腎臓がんを引き起こしてしまいます。

人体はPFASを脂肪酸と勘違いする

――胆汁を腸管で再吸収するという人体の合理的な仕組みが、PFASでは裏目に出ているのですね。体に溜まったPFASは、なぜ健康に悪影響を及ぼすのですか?

小泉 人体がPFASを栄養分だと「勘違い」するのが理由です。PFASは炭素とフッ素を人工的に結合させた合成化合物ですが、炭素と水素が結合した「脂肪酸」と構造が似ています。人体はPFASを脂肪酸だと勘違いするのです。

 脂肪酸はミトコンドリアで分解されて、体を動かすエネルギー源になります。人体はPFASを脂肪酸だと勘違いし、エネルギー源にするため分解しようとするのです。肝臓や腎臓にあるPPARαという転写因子(タンパク質の一種)が刺激され、パーオキシソームという「分解装置」を作って、何とか分解しようとしますが、PFASは分解できません。炭素とフッ素の結合が極めて強く、焼却炉で燃やしても分解できないのですから。しかし、人体は「パーオキシソームが足りないんだ」と勘違いし、どんどんパーオキシソームを作り出します。こうしてできた大量のパーオキシソームが、細胞のDNAを傷つけてしまうのです。

――PFASが体に溜まらないようにする方法はないのですか?

小泉 胆汁が腸管で再吸収されるのを抑制すれば、胆汁とともにPFASも便で排泄されることになります。コレステロールを下げる薬の中に、胆汁の再吸収を阻害して排泄させるものが既にあります。こうした薬が体内のPFASを減らすのに適用できないか、研究を進めています。ただ、胆汁の量が減ると胆石になるなどの問題も起こります。薬の力を借りるとしても、リスクコントロールは必要です。

内閣府の評価書案は大いに問題

内閣府食品安全委員会が公表した「評価書」の案について「現在の甘い基準を追認する内容で大いに問題がある」と語る小泉昭夫・京都大学名誉教授=京都市右京区で、2024年5月17日、筆者撮影
内閣府食品安全委員会が公表した「評価書」の案について「現在の甘い基準を追認する内容で大いに問題がある」と語る小泉昭夫・京都大学名誉教授=京都市右京区で、2024年5月17日、筆者撮影

――焦げ付かないフライパンをはじめとして、あらゆるところにPFASが使用され、水道水にも含まれているのですから、もっと厳しく規制されるべきではないでしょうか?

小泉 そうです。現在、日本で目安になる数字は、2020年に水道など飲料水の濃度をPFOAとPFOSの合計で「50ng/L(ナノグラムは10億分の1グラム)以下にする」とした「暫定目標値」があるだけです。しかも、この暫定目標値も医学的に見れば高すぎます。国民の健康が守れる数値ではありません。アメリカやEU(欧州連合)に比べ、日本はPFASに甘い。今年2月に内閣府食品安全委員会の「評価書」の案が公表されましたが、現在の暫定目標値を追認するような非常に問題がある内容です。これ以上、政府と行政の不作為を許してはならないと思います。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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