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藤井聡太棋王、受けから鮮やかな反撃で1勝1分 伊藤匠七段は形勢悲観が裏目に 棋王戦五番勝負第2局

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月24日。石川県金沢市・北國新聞会館において、第49期棋王戦コナミグループ杯五番勝負第2局▲伊藤匠七段(21歳)-△藤井聡太棋王(21歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 9時に始まった対局は18時28分に終局。結果は94手で藤井棋王の勝ちとなりました。

 第1局は持将棋引き分けで、藤井棋王は1勝1分に。防衛、2連覇まであと2勝としました。

 第3局は3月3日、新潟県新潟市・新潟グランドホテルでおこなわれます。

藤井「第3局までは1週間と少しで。それほど期間が空くわけではないので。まずはしっかりと状態を整えて臨めればと思います」

伊藤「本局はちょっと内容がよくなかったので、気持ちを切り替えて臨みたいと思います」

 藤井棋王の今年度成績は43勝7敗1持将棋(勝率0.860)。依然、史上最高勝率を上回るペースです。

特別な駒

 本局で使われる駒は、石川県珠洲市で被災された塩井一仁さんから提供されたものでした。

 駒の書体は「清定」(きよさだ)でした。

藤井「少し珍しい書体かなとは思うんですけど。対局してみると本当にすごく、すっと局面に入り込める感じもありましたし。倒壊された家の中から見つかったということで。そういう点でも特別な駒だと思うので。私自身も指していて、いい将棋にしたいという気持ちは、強くありました」

伊藤「非常に集中して対局に臨むことができましたし。そういった特別な駒で指させていただいて。非常によかったと思います」

 対局が始まる前、藤井棋王は大橋流、伊藤七段は伊藤流で駒を並べました。

角換わり最新形の前例

 今シリーズの第1局は後手の伊藤七段が角換わりから、うまく持将棋引き分けに持ち込んだ、というのが大方の評価です。現代将棋はそれだけ、先手のアドバンテージが重視されます。

 第1局が終わってから、日本将棋連盟の棋王戦のページには、以下の一文が明記されました。

「※第5局は振駒を行い、第6局が生じた場合は先後を入れ替える」

 どちらかの2勝1敗1持で第4局まで終えた場合には、第5局で改めて振り駒がおこなわれます。

 本局(第2局)は伊藤七段先手で、角換わり腰掛銀となりました。そしてあっという間に戦いへと入っていきます。伊藤七段は45手目、端角を打ちます。朝から目が覚めるような、驚きの進行ですが・・・。

藤井「先後逆で9五歩-9三歩の形で、自分が後手を持ってやったことがあって」

伊藤「部分的には前例の進行と」

 両者が感想戦で述べた通り、先後を逆にして、2022年のヒューリック杯棋聖戦五番勝負第2局(主催:産経新聞社、日本将棋連盟)▲永瀬拓矢挑戦者-△藤井棋聖戦という類例がありました。

 この一局は最終盤、藤井棋聖が△9七銀という妙手を放って勝ったことでも知られています。

伊藤七段、形勢を悲観

 本局、伊藤七段はよどみなく攻めて続けたように見えました。

藤井「途中から攻め込まれて受ける展開になって。基本的には玉薄いので、自信がないかなとは思ったんですけど。がんばれるかどうかという将棋かなと思っていました」

 先に桂を捨てた伊藤七段は、桂を取り返します。そして61手目、藤井陣に銀を打ち込みました。銀を捨てて角を打ち込み、王手飛車をかける鋭い攻め。コンピュータ将棋(AI)が示す評価値もわるくありません。しかし伊藤七段は局後、この順を悔やんでいました。

伊藤「▲7三歩成から▲8二銀と踏み込んでいった手が、けっこうまずかったかなと思っていて。ちょっと形勢を損ねてしまっているかもしれないと思っていました」「午前中からちょっと誤算があって。苦しい将棋でした。▲7三歩成から▲8二銀に代えて、▲5六歩とかの方がよかったかなと思っています」

 67手目。伊藤七段は手にした飛車を藤井陣に打ち込みます。ここで藤井棋王が長考に沈み、昼食休憩に入りました。

藤井「手が広い局面かなと思ったんですけど。どこが急所か、少し考えても、わからなかったかなという気はしています」

 藤井棋王は1時間28分考えた末に、8筋の歩を突いて伊藤玉の上部にあやをつけました。

藤井「▲4一飛車の局面もやっぱり、玉形の差がかなり大きいので。それを少し縮められれば、という意図はあったんですけど。ただ、そうですね。ちょっと実戦的に過ぎたところはあったかもしれません」

 対して、今度は伊藤七段が連続長考に沈みます。藤井陣に打ち込んだ飛車を成り返りながら香を取り、さらには王手をかけ、観戦者の目には好調にも見えました。しかし伊藤七段は形勢を悲観していたようです。

伊藤「後手の手駒がかなり多いので、自信ない展開かなと思っていました」

 藤井棋王は2枚の角で、伊藤七段の龍を圧迫していきます。79手目。伊藤七段は龍を四段目に引き上げました。形勢は互角。しかしこのあたりから少しずつ、藤井ペースになっていったのかもしれません。藤井棋王が怖れていたのは代わりに、金を打つ送りの手筋から龍を一段目にもぐられる順でした。

藤井「▲5三金を(74手目、合駒に)△7二銀打ったときにちょっと軽視してたので」

伊藤「まあ、確かに。龍を安定させなきゃいけないですね」

藤井「金、ちょっとうっかりして。これはいやなんじゃないかなと」

伊藤「いやあ、そっか。確かに。(79手目)▲9四龍、けっこうひどい手だったですか」

藤井「いやいや、どうでしょう。・・・確かに本譜は指せてる可能性もあるかなと」

伊藤「(▲5三金と▲9四龍を比べると)そうですね、金打った方が。本譜はかなりはっきりまずい。けっこう悲観はしてたんですけど。▲5三金打てば大変だったかもしれない」

藤井「そうですね。打たれるといやな形かなと」

藤井棋王、鮮やかな収束

 82手目。藤井棋王は自玉の頭に桂を打ちます。地味なようでも、非凡な最善手でした。

藤井「ちょっと龍を抑え込んで。少しこちらが、多少受けが効く形になったので。その少し前の局面と比べると、流れはいいのかなとは思っていました」

 伊藤七段の強力な攻め駒だった龍は、藤井棋王の角と交換になり、藤井棋王がはっきりと優位に立ちました。

 とはいえ、まだまだ勝ち切るには大変と思われたところから、藤井棋王はあっという間に伊藤玉を寄せていきます。

藤井「△7六歩から△8七銀と打って、先手玉に迫っていける形ができたので。一手、勝てそうかなというふうには考えていました」

 94手目。金と銀が利いているところに打つ桂が、あまりにも鮮やかな決め手。どちらで取られても、伊藤玉は寄り形となります。

 伊藤七段は4分考えて投了。藤井棋王の勝ちとなりました。

 両者の対戦成績はこれで藤井8連勝(1持将棋)となりました。

 藤井棋王は今年度このあと、NHK杯2連勝で優勝、棋王戦2連勝でストレート防衛となれば、史上最高勝率を更新します。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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