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「加熱式タバコ」に「PM2.5」って含まれてるの?

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 大気中の汚染物質であるPM2.5は、タバコ製品にも含まれ、能動喫煙、受動喫煙で健康被害をおよぼす原因の一つだ。最近、喫煙者が増えている加熱式タバコに、このPM2.5は含まれているのだろうか。

微小粒子は健康へ害をおよぼす

 我々は平常時、1日に1万リットルを超える空気を呼吸しているが、肺などの呼吸器はこうした空気にさらされ、影響を受けていることになる。微小粒子状物質(以下、微小粒子)、いわゆるPM2.5は、大気中に浮遊する2.5マイクロメートル以下(1マイクロメートルは1ミリメートルの1/1000)の粒子のことで、PM2.5の量は大気汚染の度合いを測る指標の一つにもなっている。

ヒトの毛髪と比べたPM2.5のサイズ感。Guaita et al., 2011を参考に筆者作図
ヒトの毛髪と比べたPM2.5のサイズ感。Guaita et al., 2011を参考に筆者作図

 日本の環境基本法によると、PM2.5についての望ましい環境基準は、呼吸器疾患や循環器疾患、肺がんなどに関する様々な国内外の疫学的な知見をもとに、1年平均値を15マイクログラム以下でかつ1日平均値が35マイクログラム以下と決められている(2009年、環境基本法第16条第1項)。世界保健機関(WHO)の基準値によれば、PM2.5が37.5マイクログラムで住民の死亡率が1.2%上昇するとしている(全て1平方メートルあたり)。

 PM2.5のPMは、単に微小粒子(Particulate Matter=PM)のことなので、その粒子がどんな物質なのかは問わない。マイクロプラスチックの小片かもしれないし、毒性の強い炭化水素や有機化合物、重金属かもしれないし、微生物やその断片かもしれない。

 だが、こうした微小粒子は、それ自体が健康へ害を及ぼす。PM10以下の微小粒子は、喘息や肺炎、COPD(慢性閉塞性肺疾患)といった呼吸器疾患や心血管疾患の原因になったり悪化させたりすることがわかっている(※1)。

 PM2.5のような微小粒子は、物が燃える際に出たり、硫黄酸化物や窒素酸化物、揮発性有機化合物といったエアロゾルの化学反応などによって粒子になったりして生じることも多い。工場の煤煙や車の排気ガスなどからも出るが、タバコの煙からも無視できない量のPM2.5が出ている。

タバコ煙にもPM2.5が

 タバコ煙から出る微小粒子についてはこれまでも多くの研究があり、その有害性が確かめられてきた。

 例えば、喫煙者が吸い込む主流煙も受動喫煙をおよぼす副流煙にも、1マイクロメートル以下の微粒子が含まれ、その微粒子の実態はタールや発がん性物質が多い多環芳香族炭化水素、ニトロソアミン、放射性物質であるボロニウムなどだ。普通の紙巻きタバコの場合、1本吸うと28〜36ミリグラムのタールを含んだエアロゾルが発生する(※2)。

 2020年4月全面施行の改正健康増進法では、受動喫煙の防止の観点から公共の場や多くの飲食店などの屋内でタバコを吸えなくなった。だが、タバコ煙からPM2.5が出ていれば、喫煙所内やその近くで受動喫煙による健康リスクが出てくるだろう。

 米国の研究によれば、受動喫煙によるPM2.5などの微小粒子の曝露によって、心血管疾患の発症や死亡リスクが増えることがわかっている(※3)。受動喫煙によるPM2.5の曝露量は少なくても、心血管疾患のリスクはそれほど下がらない。これは喫煙量の健康リスクと同じで、加熱式タバコのリスクとも関係する知見だ。

虚血性心疾患(薄い灰色)、心血管疾患(濃い灰色)、心肺疾患(黒)の死亡リスクと現在喫煙者の喫煙本数とPM2.5の吸引量。少ない本数でもリスクが高いことがわかる。参考文献3よりグラフ筆者改編
虚血性心疾患(薄い灰色)、心血管疾患(濃い灰色)、心肺疾患(黒)の死亡リスクと現在喫煙者の喫煙本数とPM2.5の吸引量。少ない本数でもリスクが高いことがわかる。参考文献3よりグラフ筆者改編

加熱式タバコではどうか

 では、加熱式タバコのPM2.5はどうだろうか。

 アイコス(iQOS、フィリップ・モリス・インターナショナル)と紙巻きタバコ、電子タバコを比較した研究によれば、アイコスの微小粒子の割合はPM1が92.1%、PM1〜PM2.5が1.1%、PM2.5からPM10が6.8%でアイコスは他のタバコ製品に比べて最も小さいPM1の割合が最も多かった(※4)。

 アイコスとグロー(ブリティッシュ・アメリカン・タバコ)、電子タバコのJULLの微小粒子を比較した研究によれば、やはりこれらの新型タバコからPM1の超微小粒子が多く出ており、屋内での濃度も11.0マイクログラムから337.5マイクログラムと幅があったものの屋外の濃度(14〜21マイクログラム)に比べてかなり高いことがわかったという(全て1平方メートルあたり、※5)。

 自家用車内でアイコスを吸った際の微小粒子を調べた研究によると、吸い始めると0.025マイクロメートルから0.3マイクロメートルサイズの粒子の濃度が急速に高くなり、吸わない場合の車室内に比べ、このサイズの微小粒子の濃度が平均9%から232%に上昇したという(※6)。

 従来の紙巻きタバコと比べると量は少ないものの、加熱式タバコからはどうやら非常に小さな微小粒子が出ているようだ。これは最近の研究でも明らかで、加熱式タバコから出ているPM2.5以下の微小粒子の濃度は数十から数百マイクロメートルという高い値になり(1平方メートルあたり)、PM2.5でもPM1やそれ以下のサイズの粒子が出ていることがわかっている(※7)。

 数字に幅があるのは、研究によって測定する基準や対象とする製品が異なったりしているからだ。加熱式タバコの喫煙研究では、多種多様なデバイス、スティックが市場へ投入され、その影響を見極めることがますます難しくなっている。

 吸い方や吸う間隔、デバイス、スティックなどによってその評価が多様に変化することに注意したい。例えば、連続して吸うことで加熱温度が高くなり、その結果として有害物質が多く出ることもある。

加熱式タバコからはより小さな粒子状物質が

 これらの研究では、従来の紙巻きタバコの分析ではみられなかった粒子状物質が加熱式タバコから検出され、従来の毒性評価ではわからないという限界も指摘されている(※8)。つまり、加熱式タバコについては、紙巻きタバコと比較した相対評価ではなく、加熱式タバコ自体の健康影響を単独で評価することが必要だろう。

 重要なことは、加熱式タバコのPM2.5などの超微小粒子のサイズが従来の紙巻きタバコのそれよりも小さいということだ。そして、粒子サイズは、毒性に影響する(※9)。つまり、加熱式タバコの微小粒子の毒性は、より強い危険性がある。

 タバコ由来の粒子が小さければ小さいほど、粒子は空気中に長く浮遊する。また、吸い込んだ空気に乗って肺の奥へ入り込み、体内へ取り込まれることもある。

 PM2.5以下の微小粒子は、いくら換気施設を設置してもドアの隙間や人の出入りなどによって喫煙室の外へ流出してしまう。喫煙所などへ出入りする喫煙者の呼気にもタバコ由来のガスや微小粒子が含まれ、衣服にもタバコからの物質が付着して外へ持ち出されるだろう。

 ところで、PM2.5などの微小粒子には、多種多様な微生物やその断片が混じっている(※10)。インフルエンザウイルスでは、PM2.5などの微小粒子が肺の末梢まで到達することで、ウイルス感染を促進するのではないかという研究がある(※11)。つまり、PM2.5などの微小粒子が直接、ウイルス感染や重症化に関与するというわけだ

 喫煙場所からの微小粒子を完全になくすことは不可能であり、受動喫煙を完全に防ぐことはできない。喫煙所周辺のPM2.5の濃度は、バックグラウンドよりもかなり高いことがわかっている。

 以上をまとめると、PM2.5などの微小粒子はそれ自体に毒性があるが、タバコ、加熱式タバコ、受動喫煙では環境中の濃度よりもかなり濃いPM2.5の曝露があり、それによる健康への悪影響は大きい。また、微小粒子には病原性微生物が混じることがあり、感染症のリスクも高くなる。さらに、加熱式タバコからもPM2.5による受動喫煙の害があり、それを防ぐことは難しいということになる。

※1-1:Janneane F. Gent, et al., "Association of Low-Level Ozone and Fine Particles with Respiratory Symptoms in Children with Asthma" JAMA, Vol.290(14), 1859-1867, 2003
※1-2:Zeina Dagher, et al., "Pro-inflammatory effects of Dunkerque city air pollution particulate matter 2.5 in human epithelial lung cells(L132) in culture" Journal of Applied Toxicology, Vol.25, Issue2, 166-175, 2005
※1-3:Vivian C. Pun, et al., "Long-Term PM2.5 Exposure and Respiratory, Cancer, and Cardiovascular Mortality in Older US Adults" American Journal of Epidemiology, Vol.186, Issue8, 961-969, 2017
※1-4:Congbo Song, et al., "Health burden atiributable to ambient PM2.5 in China" Environmental Pollution, Vol.223, 575-586, 2017
※2:WHO IARC, "Tobacco Smoke and Involuntary Smoking." IARC Monograph, Vol.83, 77-83, 2004
※3:C. Arden Pope III, et al., "Cardiovascular Mortality and Exposure to Airborne Fine Particulate Matter and Cigarette Smoke: Shape of the Exposure-Pesponse Relationship" Circulation, Vol.120, No.11, 31, August, 2009
※4:Joseph Savdie, et al., "Passive Exposure to Pollutants from a New Generation of Cigarettes in Real Life Scenarios" International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.17(10), 3455, 15, May, 2020
※5:Carmela Protano, et al., "Impact of Electronic Alternatives to Tobacco Cigarettes on Indoor Air Particular Matter Levels" International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.17(8), 2947, 24, April, 2020
※6:Wolfgang Schober, et al., "Passive exposure to pollutants from conventional cigarettes and new electronic smoking devices (IQOS, e-cigarette) in passenger cars" International Journal of Hygiene and Environmental Health, Vol.222, Issue3, 486-493, 2019
※7:Efthimios N. Zervas, et al., "Particle emissions from heated tobacco products" Tobacco Prevention & Cessation, doi: 10.18332/tpc/185870, 2, April, 2024
※8:Teemu Karkela, et al., "Comparison of 3R4F cigarette smoke and IQOS heated tobacco product aerosol emissions" Environmental Science and Pollution Research, Vol.29, 27051-27069, 22, December, 2021
※9-1:Ki-Hyun Kim, et al., "A review on the human health impact of airborne particulate matter" Environment International, Vol.74, 136-143, January, 2015
※9-2:Xiang Li, et al., "Cytotoxicity and mutagenicity of sidestream cigarette smoke particulate matter of different particle sizes." Environmental Science and Pollution Research, Vol.23, 2588-2594, 2016
※9-3:Yu-Xin Shen, et al., "Exploring the Cellular Impact of Size-Segregated Cigarette Aerosols: Insights into Indoor Particulate Matter Toxicity and Potential Therapeutic Interventions" Chemical Research Toxicolgy, Vol.37, Issue7, 1171-1186, 13, June, 2024
※10-1:D Haas, et al., "The concentrations of culturable microorganisms in relation to particulate matter in urban air" Atmospheric Environment, Vol.65, 215-222, 2013
※10-2:Yunbo Zhai, et al., "A review on airborne microorganisms in particulate matters: Composition, characteristics and influence factors" Environment International, Vol.133, 74-90, 2018
※11:Richa Mishra, et al., "Particulate Matter(PM10)enhances RNA virus infection through modulation of innate immune responses" Environmental Pollution, Vol.266, 115148, 13, July, 2020

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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