『カメ止め』『アングリースクワッド』の上田慎一郎監督が切り開く広告とコンテンツの未来
2018年に『カメラを止めるな!』で社会現象を巻き起こした映画監督であり、11月22日公開の最新映画『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』の監督も手掛けた上田慎一郎氏との5年ぶりの対談インタビューを実現。
長編映画で活躍しながら、「最も難しい」と語る企業案件の縦型ショートフィルムで数々のバズを生み出している上田氏。前編に続き、後編ではその思考を追いながら、縦型ショートフィルムなど多様化する広告手段と映像コンテンツの未来を探る。
3つの円の重なるところ
徳力 企業コラボに焦点を当ててお聞きしたいです。上田監督は縦型ショートフィルム以外にも、J.フロントリテイリングと組んだ百貨店でのXRイベントなども手がけていますよね。映画以外のこれらの活動は上田監督にとって何でしょう。実験、勉強、仕事…?
上田 何と決めてはいないんですけど…。コロナ禍では『カメラを止めるな!リモート大作戦!』というYouTube作品や、バーチャルプロダクションという技術を取り入れた映画、それにアニメをつくったりもしました。根本的に物語や作品をつくることが好きなんです。長編映画に軸を置きつつも、横断することにためらいはないんですよね。
徳力 今の時代、その行動力や感覚は大事かもしれませんね。この連載で以前、映画『ゴジラ-1.0』の制作を手がけたROBOTさんを取材したのですが、元々は広告企画会社だったROBOTがテレビドラマや映画まで事業を広げていて、自分たちの定義を何と考えるかとお聞きしたら、「敢えて言うならコンテンツメーカー」と仰っていました。
上田さんも、自分のテリトリーを敢えて言葉にすると、何と言いますか。
上田 うーん。普段は便宜上、映画監督が分かりやすいので使っています。でも僕の場合、プロデュースや宣伝的なことも前線に立ってやっているので、作品制作だけでもない。
徳力 言語化するのは難しいと思いますが、その感覚が恐らく、これからコンテンツでプレーしていく人にとって大事なのではと思うんです。
映画監督を目指します、○○○目指します、と限定するのはもったいない時代になってきているのではないかと仮説を立てています。
上田 すごく大きく言うと「クリエイター」。業界をまたいでいることを、僕自身はあまり意識していないんです。中長期的な目標なども、あまり持ちません。
ただ、クリエイターとしての自分の手でお客さんを笑わせたい、驚かせたいというのが一番強いです。その意味で「サプライズディレクター」かもしれません。
徳力 なるほど。既存の職業の定義に納まらない感じで、ご自身の中にやりたいことがあるんだろうと思っていましたから、納得です。前回のインタビューの際も、若い頃からの苦労話をお聞きしましたが、上田監督自身はそのまま変わらず、伸びている感じなんですね。
縦型ショートフィルムは今、広告を打つのに最高の表現手段になりつつあります。従来の映画とタイアップしようと思っても、2時間まるまる宣伝にする訳にはいきませんからね。
と言いつつ、ネスレ日本提供で制作された長編作品『ハリウッド大作戦!』は最先端事例だったかもしれませんね。企業スポンサードでありながら『カメ止め』の続編としての構造を持っていて、ネスレのプロダクトプレイスメント的なところもある。ネスレ提供なので公開範囲が非常に限定されていたのがもったいない気がしましたが、私はここに広告とコンテンツの未来があるのではと思いました。
縦型ショートフィルムの流れが出て、お題を与えられた時にちゃんと視聴者を満足させると同時にスポンサーの広告効果も出せるということを、上田監督のように証明できる人にとっては最高の舞台ができてきたのではないでしょうか。上田監督は実際、やってみてどうですか。
上田 企業案件は最も難しいです。自分のやりたいこと、観客が見たいものに加えて、企業がやりたいことという3つの円が重なり合う、極めて限定的な部分を探し出すのがすごく大変です。
徳力 オファーをもらった時に企画が思いつくのが大変ということですか。
上田 そうですね。コンセプトがない白紙の状態からつくることもありますし、具体的なお題を与えられる場合もありますが、クリエイターとビジネスパーソンですから、すり合わせるのはなかなか難しいです。
三井住友カードさんの場合、「タイパ」をテーマにいただきました。スピーディーなスマホのタッチ決済と絡めてPRしたいというオファーだったのですが…。僕は、タッチ決済ができるからタイパがいいという発想では、他のタッチ決済サービスと差別化できないのではないかと思ったんです。
むしろ、タイパを求めることって本当にいいのか? というカウンター的なメッセージを含んだほうが、企業のブランディングとしては良いのではないかと思って提案し、理解していただけて、つくったのが『忙しすぎる人』でした。
自分で言うのも何ですが、生真面目なタイプで、自分がめちゃくちゃ納得できないとつくれないんです。なので、3つの円の重なる部分はすごく狭くなります。でも、だからこそ楽しいです。
徳力 その答えのないパズルを、楽しめるかどうかで全然違いますよね。映画監督というと自分のつくりたいものを、とにかくつくるイメージが強いですが、上田監督は企業案件の作品も苦労を含めて楽しんでいる。
上田 企業案件だからといって面白くないとか、手を抜いているようなものは絶対につくりたくないんです。
「縦型ショートフィルム、侮れず」
徳力 そういうタイプだと思いました(笑)上田さんが所属する制作会社PICOREでは、企業案件の縦型ショートフィルムは事業の柱になっているのですか。
上田 そうですね。幾つかのチームが同時並行でつくっています。
徳力 スポンサードのショートドラマのクリエイターとして、どんな人が向いていると思いますか。
上田 柔軟性とこだわりの両面があったほうがいいですね。それから、企業の方々とのコミュニケーション能力も必要です。
映画の場合も、チームメンバーや出資者への説明は必要ですが、映画制作の場合は映画に詳しい人が集まっていることが多いです。しかし、縦型ショートフィルムの場合は、企業の人がクリエイティブに不案内な場合も多いので、きちんと伝えたり、相手に伝わっていないと思ったらきちんと説明したりすることが大事です。コミュニケーション能力に長けた人材がチームにひとりはいたほうがいいですね。
それからやはり、アイデアマンは向いていると思います。ショートドラマは本当に短距離走なので、大喜利的なアイデア力はあるといいですね。
徳力 かつてはクリエイターを目指す若者が作品で食べていけるようになるまで時間がかかるのが当たり前でしたが、ショートドラマを土壌に人材が育ち始めているんですね。
少し飛躍しますが、先般、山崎貴監督や是枝裕和監督が、当時の岸田首相に映像制作現場の環境改善を要望したことも記憶に新しいです。日本の映像制作の過酷さは「やりがい搾取」と指摘されることもありますが、縦型ショートフィルムの制作は若手の育成という面では、相性がいいのではと想像します。
上田 働き方の面で言うと、縦型ショートフィルムの制作においても「やりがい搾取」の危険がないわけではありません。
徳力 そうなんですか。日本は「搾取」に流れがちですね。
上田 根本には、縦型ショートフィルムが映画などよりも「下」に見られる傾向が感じられます。短いし、縦型だから美術やセットもあまりいらないし、スマホで撮っているチームもあるのだから低予算で済ませられるのでは、という先入観があるかもしれません。
徳力 簡単に撮れるだろう、みたいな。
上田 確かに実費は横型動画よりもかからないことが多いです。でも0→1のクリエイティブの部分は同じです。そこを安く見積られてしまうと、再び「搾取」が起こりかねないので、時にはきちんと戦って、守っていかなければと思っています。
徳力 ショート動画の中には、素材を繋ぎ合わせただけのものや、ネタ動画のようなものも母数としては多いので、「低俗なもの」というように見る人もいるのでしょうね。
しかしこの傾向は、YouTubeが出てきた時などと同様、イノベーションが起こる時にはつきものかもしれませんね。新しい価値をきちんと評価して楽しめる人たちと、上田監督はトライを重ねているのですね。
上田 そうですね。TikTokとKDDIの共同キャンペーン『#ショートフィルム Supported by au』で毎週のように新作を発表した時期も「『縦型ショート、侮れないな』と思わせるような作品をつくろう」と意識しました。そこで生まれたのが、TikTokで1話目の公開から4日間で約500万再生を獲得し、大バズりした『みらいの婚活』などの作品群です。
縦型ショートフィルムは「賞味期限」が極めて短いという性質があるのですが、息の長い作品をつくりたいと思いました。10年後も見られている縦型ショートフィルムって、なかなか想像できないですけど、普遍性と新規性の両方、古典のような強度が必要だと思います。
徳力 なるほど。もう一度見たくなる古典的作品となると、次々と消費していくショート動画とは、つくり方が少し違うかもしれませんね。
上田 縦型ショートフィルムは一般に、1日3~4本撮る人が多いのですが、僕は基本的に1日1本です。
徳力 1本1本、丹念に勝負するのですね。最近、中国で流行っているショートドラマなどは、従来のテレビドラマを縦型ショートフィルムに分割しているイメージですね。濃密なドロドロ系を3分ずつくらいで見せて、連続ドラマのようにしている。
上田 僕も妻(映画監督のふくだみゆき氏)と共同脚本で、初の縦型ドラマを制作することが決まっています。1話90秒で全20話です。縦型ショートフィルムの配信プラットフォームが立ち上がる動きもいろいろあるようです。
徳力 縦型ショートフィルムのプラットフォームは、中国だとすごく売れているそうですね。
業界の常識を変えていく
上田 働き方改革の面でもうひとつお話しすると、映画『アングリースクワッド』でも、1日の撮影時間を原則12時間、次の撮影までインターバル10時間以上空ける、といった労働基準を決めて撮影しました。
何度か、皆さんの同意をとって超過してしまうことはありましたが、今回のようにスターキャスティング、大勢のスタッフがいる中でも、基準を決めておくのは大事だと思いました。
と言うのは、たとえば深夜2時まで撮影して、翌朝6時集合などとしていたら、みんなのパフォーマンスは確実に落ちます。それで撮りこぼしたりすれば撮影に遅れが生じて、悪循環になります。
徳力 従来は夜遅くまで頑張って、やれている気になっていただけかもしれませんね。トータルパフォーマンスで見れば、きちんと区切ってやったほうがいいと。
上田 そうですね。いつ終わるか分からない…だと心の平安を保てませんから。
あと実験的にやってみたのが、「監督」と呼ぶのをやめてもらいました。現場で、他の皆さんは名前で呼んでもらえるのに、なんで監督だけ「監督」と呼ばれるのか疑問に感じていました。
上田さん、上田くん、慎ちゃんと呼んでください、とキックオフで呼びかけて、撮影所でも「上田組」という表示はやめて『アングリースクワッド』とプロジェクト名で書いてもらうようにしました。
徳力 ちょっとした変化に見えますが、そういう小さな所から、従来の撮影現場の常識や上下関係のようなものを変えていこうとされているんですね。上田監督はある意味、映画業界を「外」から見つめる目線を維持されている感じです。
だからこそ、縦型ショートフィルムとかXRとか、境界をつくらずチャレンジしていくことに繋がっているんだろうな。
上田 そうですね。あまり何も考えず横断していたんですが、最近は縦型ショートフィルムで僕の作品に触れた人が、長編映画も見てみようかなと言ってくれたりします。自分が横断することによって、いろんな場所に映画の入り口ができてきていると感じます。
徳力 そうですよね。『アングリースクワッド』とTikTokerのコラボ動画なども、普通の映画のプロモーションではなかなか、そんな話にならないと思います。
ある意味、上田監督も縦型ショートフィルムとの繋がりにメリットが感じられるから、また超えていくことを繰り返していくのかもしれませんね。これからまたどんな超越をして、「サプライズディレクター」として驚きを見せてくれるか楽しみです。
本日はありがとうございました。
【取材後記】
今回のインタビューで非常に印象的だったのは、上田監督が、自らの肩書きを、「映画監督」が分かりやすいので使っているけど、「クリエイター」や「サプライズディレクター」のほうが定義として近いとお話しされている点でした。
昨今、ネットやSNSの普及により、さまざまな業界の垣根が曖昧になっていますが、上田監督はその中で映画も取り組む一方で、いち早くショートドラマも実践し、数々のヒット作を生み出されている方です。
個人的に、その源泉を知りたいと思ってインタビューをお願いしたのですが、想像以上に上田監督の中で業界や仕事の境界線を意識されていないんだなというのが印象的でした。
我々が狭く定義しがちな境界線を意識せずに軽々と飛び越えて、そこで学んだことや、繋がった人々と次の挑戦をされていく姿勢を、是非多くの人に参考にして頂ければと思います。
※この記事は、徳力基彦とアジェンダノートの共同企画として実施されたインタビュー記事を転載したものです。