キノコの香りは森の情報ネットワークだった!
今年は、マツタケが不作のようだ。いや猛暑で遅れているだけで、これから発生するだろうという推測もある。いずれにしても日本人はマツタケが好き。
それは「匂いマツタケ、味シメジ」というように香りにある。
しかし、欧米人はマツタケの香りを、革靴にこもった臭気とか、軍人の靴下の臭い、数ヶ月間風呂に入っていない人の臭い……などと表現する。名前もスカンクタケなどと呼ばれ、臭いで嫌われていることがよくわかる。
しかし、マツタケの匂い・臭いには、どんな役割があるのだろうか。何も日本人だけに好かれるために発しているわけではないのだから。それを探ると、マツタケに限らずキノコ全体の香りには意外な役割があることが見えてきた。
まずマツタケの香りの元は、主に1-オクテン-3-オールとトランス桂皮酸メチルの2つの化合物が知られている。1-オクテン-3-オールはマツタケに豊富に含まれる成分だが、ほとんどのキノコの香気の主成分だ。トランス桂皮酸メチルは、シソやサンショウ、バジルなどの香気成分でもあるが、この成分を豊富に含むキノコはマツタケ以外には報告されていない。
またこれら2つの成分以外にも100種類以上の揮発性成分が、マツタケから分離されている。これら微量な成分が絶妙な割合で混ざりあって、あのマツタケの香りを作り出しているのだろう。
さて、キノコの立場からすると、この香りにどんな意味があるのだろうか?
植物では、枝葉から発する揮発性の香りをフィトンチッドと呼び、何かと役に立つことがわかってきた。人間には爽やかで森林浴の気持ちよさの元とされるが、植物同士では、相互の情報伝達物質として機能している。葉っぱを食べる害虫が現れると、追い払おうとする一方で、その虫が現れたことを周辺の植物に警戒する信号として香りを使っているという。
研究が進むとキノコも同じだと言われ始めた。自由に動けないのは植物も菌類も一緒だけに、揮発拡散する香気分子は、離れた仲間との情報交換の手段にされていると考えられるのだ。つまりキノコの香りもフィトンチッドの一種と言えるかもしれない。
実際に1-オクテン-3-オールには特定の虫や動物を誘引する作用がある。キノコが引き寄せた虫などは、キノコに触ったり食べたりする。その際に虫の身体に胞子や菌糸を付着させる。それを別のところに落とすと、その場所で増殖する。
とくにキノコムシやキノコバエなどは、この香りで産卵活動を活性化することが証明された。つまり虫の繁殖を助けると同時に、キノコも生育場所を広げるために虫を利用しているわけである。
植物が花粉を昆虫などに運ばせるのと同じことをキノコもしていたのだ。
さらにキノコは、虫にかじられた箇所で1-オクテン-3-オールを盛んに合成する。この物質には抗菌作用があるから、キノコ自身の腐敗防止にも寄与する。
また1-オクテン-3-オールには、原基形成を促す働きがあるという研究結果も出ていた。原基とは、細胞を増殖させる部分であり、植物の花芽に相当する。キノコの成長と繁殖が盛んになるのだ。
つまりマツタケに代表されるキノコの香りは、繁殖のために虫などを誘引する一方で、食害からの防御や、病害菌の感染防止に役立てているというのである。
まだある。キノコの香りは、リグニンなどの木質成分を分解する際に芳香物質を生産するが、こうして木質成分と構造が類似した物質を生成することで、宿主植物に寄生する際に、その抵抗を緩和させているとも言われている。
マツタケの場合は、マツだ。マツの根にマツタケ菌が寄生する際、マツに怪しまれて抵抗物質などを出されないように、木質とよく似た匂いを発している可能性があるのだ。
近年、森の土壌中には、植物の根と菌類の菌糸が張り巡らされ、同種あるいは異種間の情報伝達をしていることが判明してきた。それだけでなく、植物とキノコそれぞれが発する香り物質も森の中のネットワークに重要な役割を果たしている可能性がある。
キノコの香りの働きについては、まだまだ未知の部分が多い。今後さらに新たな役割が発見されるかもしれない。ただ日本人がマツタケに吸いよせられるのは、想定外だったような気がする。