Yahoo!ニュース

イスラエル空軍、アウシュビッツ絶滅収容所の上空をF-15戦闘機で飛行してから20年

佐藤仁学術研究員・著述家
(写真:ロイター/アフロ)

2003年9月4日にイスラエル空軍はアウシュビッツ絶滅収容所の上空をF-15戦闘機で飛行した。2023年9月4日で20年を迎えた。当時の飛行の様子をイスラエル空軍の公式SNSで紹介していた。そして「この恐ろしい収容所の上空を空軍が飛行しました。我々イスラエル空軍は多くのユダヤ人が殺害されて灰にされてしまった上空を彼らの静かな叫びに耳を傾けながら飛行しました。そして二度とユダヤ人が犠牲にならないようにイスラエルを防衛していくことを誓いました」とコメントしていた。

第2次大戦時にナチスドイツが約600万人のユダヤ人、政治犯、ロマなどを殺害した、いわゆるホロコースト。そのホロコーストの象徴のような施設が、ポーランドに設立されたアウシュビッツ絶滅収容所。アウシュビッツ絶滅収容所では約110万人が殺害された。ホロコーストで殺害された約5人に1人がアウシュビッツ絶滅収容所で命を落とした。アウシュビッツ絶滅収容所は現在でも博物館としてホロコーストの悲惨さを伝えており、世界中から観光客が訪問している。第2次大戦後にユダヤ人によって建国されたイスラエルにとって、約60年後の2003年にアウシュビッツ絶滅収容所の上空を自国の戦闘機で飛行できるようになった。

▼イスラエル空軍の公式SNSで20年前の2003年9月4日にアウシュビッツ絶滅収容所の上空をF-15戦闘機で飛行した様子を紹介。

▼2003年9月4日にアウシュビッツ絶滅収容所の上空を飛行したイスラエル空軍の様子を伝える動画

2020年8月にはドイツ空軍とイスラエル空軍がダッハウ強制収容所上空を飛行

2003年9月4日にイスラエル空軍はアウシュビッツ絶滅収容所の上空を戦闘機で飛行したが、17年後の2020年8月にはドイツ空軍とイスラエル空軍がホロコーストの犠牲者と1972年のミュンヘンオリンピック事件の犠牲者を追悼して、ドイツのミュンヘン郊外のダッハウ強制収容所の上空で空軍機で記念飛行を行った。イスラエル空軍がドイツ上空に入るのは歴史上初めてであり、両軍がホロコースト犠牲者を追悼して記念飛行を行ったのも初めてで、両国では「歴史的な友好の証」と語っていた。ドイツ空軍とイスラエル空軍がホロコースト犠牲者を追悼して飛行したダッハウ強制収容所は、ナチスドイツが建設した最初の強制収容所で、最後までナチスはダッハウ強制収容所を強制収容所のプロトタイプとして維持していた。20万人以上が収容され、約41500人がダッハウ強制収容所で殺害された。

ドイツとイスラエルの軍事協力関係は戦後から非常に長く複雑な経緯がある。ホロコーストを経てイスラエルは戦後、ユダヤ人らが建国。建国時から現在に至るまでイスラエル建国に反対していた周辺のアラブ諸国と争っている。戦後直後はイスラエルではドイツとの接触はタブーであり、ドイツに対するボイコットは長く続くと思われた。だが実際にはイスラエルがドイツをボイコットするのは困難だった。そしてイスラエルはドイツから戦後賠償金をもらっていた。ドイツはホロコーストの犠牲者であるユダヤ人とイスラエルに対しての道義的な責任を感じており、ドイツがイスラエルを軍事支援することは当然と考えていたようだが、イスラエルのユダヤ人がドイツから賠償によって軍事支援を受けることに対する嫌悪感の方が強かった。だがドイツとイスラエルの安全保障の協力は軍事目的の諜報活動において、両国の国交樹立前の1950年代から当時の冷戦下において緊密に行われていた。特に当時の西ドイツにとってはイスラエルのモサドと諜報分野で協力することは自国と西側諸国にとっても重要だった。当時アラブ諸国がイスラエルを攻撃する際に使用していたのがソ連製の兵器であったため、イスラエル経由でドイツはソ連製兵器の情報を入手することができた。

周辺を敵に囲まれていたイスラエルでは、生死に関わることから軍事技術の発展が進み、技術力においてはイスラエルの方が優位となっている分野も多い。例えば1970年代にはイスラエルはドイツに電波妨害システムを提供していた。当時イギリスやフランスのように欧州で核兵器を持つことが許されなかったドイツは、それでも東側諸国と国境を接しており、欧州で戦争が勃発した場合は、戦闘機がドイツ上空を飛び交うことになり、敵機の侵入の検知と精確なミサイル攻撃は課題であり、それに応えたのがイスラエルであった。

ドイツとイスラエルは2018年6月から軍事ドローンで連携を行ってきた。イスラエルで開発された軍事ドローンをドイツ向けに改良し、そしてドイツの空軍はイスラエルで共同訓練を行っている。現在サイバーセキュリティやドローン、AI技術の分野ではイスラエルの方がドイツよりも強い分野が多い。軍事ドローン開発における両国の連携もイスラエルの軍事メーカーが主導で行っており、ドイツ軍がイスラエルにトレーニングを受けに来ている。イスラエルは攻撃ドローンやミサイルから防衛する技術力も優れており「アイアンドーム」などは既に実戦でも使用されて多くのイスラエル人の命を守っている。ウクライナ政府もイスラエル政府に対してそれらの技術力を用いて開発した防衛設備をロシア軍の侵攻直後から強く要請している。

サイバーセキュリティにおいても世界中の反ユダヤ主義団体や周辺諸国から常時攻撃を受けているイスラエルはサイバー防衛力が強い。インフラを破壊したり、情報窃取を行うサイバー攻撃力もイスラエルの実力は世界有数である。イスラエルの軍事力と技術開発力強化の基底には「二度とホロコーストのようなユダヤ人大量虐殺を繰り返させない」という強い意思がある。

ベングリオン首相の時代にも、ドイツに武器を提供していた。その時もイスラエルのユダヤ人から「ヒトラーの手下たちに、イスラエルの武器を渡すような悪魔的なことをするとはなにごとだ!かつてホロコーストで多くのユダヤ人を殺した連中に、我々イスラエルの武器を渡すとは神聖さを冒涜しているのか!」と強く抗議された。ベングリオンはそのような抗議に「ホロコーストの犠牲者となった600万人のユダヤ人たちは、現在のイスラエルという国が成立し、イスラエル国防軍の存在を知り、あのドイツすらもその価値を認めざるをえないイスラエルの軍事産業の発展に喜んでくれるだろう」と語っていた。

▼2020年8月にイスラエル空軍とドイツ空軍がダッハウ強制収容所の上空を共同で飛行した際の様子を伝えるイスラエル軍の公式SNS

▼ドイツ空軍の公式SNS

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

佐藤仁の最近の記事