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風力発電所に「衝突して死ぬオジロワシ」〜共存は可能か

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 自然界で我々人間と鳥類との間の関係は非常に近い。寺社仏閣にはハトが群れ、カラスが早朝の繁華街でゴミをあさり、垣根でスズメが雛を育て、空を飛んでいく渡り鳥を目で追ったりすることもよくある。

世界的に増えるバードストライク

 ところで、気候温暖化や2011年に起きた福島第一原発の事故などが影響し、再生可能エネルギーへのシフトが世界的に進められている。太陽光発電とともに風力発電が重要なポジションに位置し、大規模な再生可能エネルギーの発電所が各地に作られるようになった。

 一方、こうした再生可能エネルギーが、逆に自然環境へ悪影響を与えているのではないか、という議論も徐々に出てきている。

 例えば、ハイブリッドカーやEVなどで使われる電池や太陽光発電のソーラーパネルが廃棄される際に環境負荷が高いなどといった意見だ。また、太陽光や風力といった環境からエネルギーを得ているため、気温が変化したり風向きが変わったりするなど周辺の環境に何らかの悪影響を与えるのではないか、という批判も少なくない。

 その一つが風力発電所のローターブレード(プロペラ)に大空を飛び回る鳥類やコウモリなどが衝突するバードストライクの事故だ。バードストライクでは航空機との事故が有名だが、風力発電との関係では特にワシやタカ、コウモリといった生態系の頂点に位置する飛翔生物への影響が大きい。北海道の状況に警鐘を鳴らしている環境省釧路湿原野生生物保護センター内にある猛禽類医学研究所は北海道全体で46羽のオジロワシ、1羽のオオワシが風力発電所のローターブレードに衝突して死んでいる、と報告している。

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猛禽類医学研究所のHPで「風車事故」を紹介するページと同研究所のFacebookページ。ビニール袋に入れられたオジロワシの死体が並ぶ。猛禽類医学研究所は北海道釧路市にあり、環境省から委託を受けて野生生物専門の民間医療施設だ。

 風力発電所に衝突するバードストライクの事故は、TwitterなどのSNSでも議論になっている。SNS上には犠牲になったオジロワシなどの死体が掲載され、「環境に優しい」とされてきた再生可能エネルギーの「負の一面」を直視せざるを得ない状態になっているのだ。

ワシなど猛禽類に多いのはなぜか

 重低音など、風力発電所のタービン騒音も我々人間への悪影響が懸念され、人里離れた高効率な風力立地を求め、各地に発電所が作られるようになった。だが、風力発電所のローターブレードへのコウモリも含めたバードストライクは、再生可能エネルギーに先進的な欧米でもその調査研究が始まったばかりだ。

 例えば、1970年代という米国で最も早い時期から稼働しているカリフォルニア州北部のアルタモントパス風力発電所には、これまで累計で約5000基ものタービンが回ってきた。この場所は人里から離れた海岸にあり、イヌワシなどの猛禽類の狩り場や繁殖地であるため、70羽のイヌワシが保護されているが、1年間で1300羽の猛禽類を含む4700羽の鳥類が発電施設に衝突して死んでいる。

 こうした風力発電所では旧式の回転数の速い小型のローター(プロペラ)による鳥類の衝突(バードストライク)が重大で、大型でゆっくりと回転する新しいタイプのタービンとローターに換えることで被害を軽減させる、などとされている。だが一方、ローターの直径が大きくなってもバードストライクの発生には関係なく、むしろタービンが高く大型になるほどコウモリの衝突が増える、という研究(※1)もあるようだ。

 風力発電所が設置されるのはその効率性を高めるため、海岸や山の斜面など常に風を受け続ける可能性のある場所になることが多い。そうした場所の一つでもあるスペイン南部のアンダルシア地方にある風力発電所(66タービン)での調査によれば、生態などに影響されるために猛禽類のバードストライクが多いことがわかっている(※2)。

 この調査研究によれば、猛禽類は行動半径が広いので設置場所周辺で生息数が少なくても犠牲数には関係ないようだ。上昇気流に乗って上昇し、上空からまさに鳥瞰しながら獲物を狙い、目標へ急降下するという猛禽類の生態や行動により、風力発電所の設置しているエリアそのものが彼らの活動域に重なっている。

 また、開けた場所に設置された風力発電所の周囲にはネズミなどが多く、猛禽類が獲物を捕らえやすい環境だ。つまり、周辺に猛禽類がいなくてもバードストライクで死ぬ確率は高くなる、というわけだ。

技術的に解決していくしかない

 猛禽類が減れば彼らが捕食していたネズミやほかの鳥類などが増えるだろう。空白になったニッチを猛禽類が埋め、さらにローターブレードの餌食になる、という悪循環も予想される。また、大型の猛禽類が目立つだけで、バードストライクでは小型の鳥類の多くも犠牲になっている、という指摘もあり、この問題はなかなか解決が難しそうだ。

 人間と鳥類などの野生生物との間で利害がまさに衝突するとき、我々はどうすればいいのだろうか。猛禽類医学研究所は、重要な生息地には風力発電所を設置しないなどの配慮が必要とうったえ、コウモリでは風力発電所の高さが低ければ衝突する危険性が下がる、という研究もある。だが、上記研究のように広大な生息域を持つ猛禽類に対し、果たして解決策はあるのだろうか。

 ただ、目立つように見える風力発電所のバードストライクだが、我々が享受しているほかの電力エネルギー源との比較でみれば、火力発電や原子力発電よりずっと影響が少ない、という研究(※3)もある。もちろん、バードストライクのように目に見える直接的な影響ではないが、2009年の米国の状況を調べたこの研究によれば、風力発電で約2万羽(GWhあたり0.3〜0.4羽)の鳥類が死んだのに比べ、原子力発電の影響は33万羽、火力発電では1400万羽(GWhあたり約5.2羽)の犠牲が出ると見積もることが可能らしい。また、野良ネコを含むネコが膨大な数の鳥類を殺している、という研究もある。

 稀少生物のオジロワシなどが犠牲になっている事実は重い。だが、環境への負荷やリスクなどを考えれば、原子力発電や火力発電より風力発電や太陽光発電のほうがずっと危険度は低いのも事実だ。

 我々人間は電気エネルギーに依存する社会に生きている。現在まだ有効な技術的手立てのない風力発電所へのバードストライクだが、法的な規制も視野に入れつつ、なんとか人間の側の叡智やイノベーションでこの衝突を回避させていきたいものだ。

※1:Robert M.R. Barclay, E.F. Baerwald, J.C. Cruver, "Variation in bat and bird fatalities at wind energy facilities: assessing the effects of rotor size and tower height." Canadian Journal of Zoology, Vol.85, Issue3, 381-387, 2007

※2:Manuela de Lucas, Guyonne F.E. Janess, D.P. Whitfield, Miguel Ferrer, "Collision fatality of raptors in wind farms does

not depend on raptor abundance." Journal of Applied Ecology, Vol.45, 1695-1703, 2008

※3:Benjamin K.Sovacool, "The avian benefits of wind energy: A 2009 update." Renewable Energy, Vol.49, 19-24, 2013

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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