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「明日は朝11時においで」で命拾い。救ってくれた同僚に今も続ける献花【米同時多発テロから23年】

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
(c) Kasumi Abe

ニューヨークで11日、9.11同時多発テロの追悼式典が行われた。

会場では犠牲者一人一人の名前が読み上げられ、黙祷を捧げるため事件が起きた同時刻に鐘が鳴る。最初の鐘の時刻は1機目が北棟に激突した同時刻の午前8時46分。会場が静寂に包まれると噴水の慰霊碑からの優しい水しぶきの音だけが聞こえてくる。

今年はバイデン大統領とハリス副大統領、そしてトランプ前大統領とJ.D.ヴァンス氏(副大統領候補)の姿もあった。フィラデルフィアでのテレビ討論会で激しい応酬を繰り広げたばかりのハリス&トランプ両氏が1日も経たぬ間に再び肩を並べたのだった。

追悼式典が行われた世界貿易センター跡地のグラウンド・ゼロ。今年も遺族らが集まり犠牲者に祈りを捧げた。(c) Kasumi Abe
追悼式典が行われた世界貿易センター跡地のグラウンド・ゼロ。今年も遺族らが集まり犠牲者に祈りを捧げた。(c) Kasumi Abe

式典会場のグラウンド・ゼロは神聖な場所だ。ここには2つの慰霊碑(噴水、写真下)があり、世界貿易センター(WTC)地下駐車場で1993年に発生したテロの犠牲者6人を含む2983人の名が刻銘されている。

刻まれた名前に花を手向ける人、名前を水で濡らしそっと拭き取っている人、名前に手を置きじっと動かない人など、さまざまな姿が見られた。犠牲者の写真や生年月日が書かれたカードが添えられていることもある。筆者と同じ誕生日の人や誕生日が10日違いの人も犠牲になったようだ。同じ時代に生まれ育ったのに23年前に突然命を絶たれた無念さを思い知る。

(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe

このような神聖な敷地内とは相反し、会場外はなんだか騒がしい。出口付近では9.11の追悼式典とは関係のない中国系の人々による中国共産党への抗議デモが行われていた。その近くではトランプサポーターがMAGAの旗を振っている。

ニューヨークの旅行中に9.11の式典があると知り「消防士へのリスペクトを伝えたい」と花束を持って入場を待っていた吉田広美さんは、目の前で起こっている騒動に驚きを隠せない。「正直な気持ちを言うとちょっともういいよっていうか、日本人の感覚ではありえないですね。でも同時にこの国は言いたいことが言える国なんだなと思いました」。

遺族らしき初老のアジア系の男性がいたので話を聞かせてもらえないかと思い声をかけてみた。韓国出身だという。慰霊碑に刻まれた中には韓国人と思しき人の名もいくつか確認できる。取材の打診をしてみたが、テロで亡くしたのは息子で話をするのは辛すぎると丁寧に断られた。

ここ数年、毎年欠かさずこの式典で取材を続けている筆者。今も悲しみの中にいる遺族にはなかなか声がかけづらい。タイミングよく会話になったとしても「泣いてしまうから遠慮します」など、取材は高い確率で断られている。

(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe

南棟跡地の噴水(サウスプール)でピンクのバラと額縁に入った遺影の飾りつけをしている男性がいたので、やんわりと声をかけてみた。

彼の名はハギ・アブカー(通称エイミ)さん。エイミさんは東アフリカのソマリア出身で、2001年9月の時点でWTC南棟の73階に入っていた証券会社ディーン・ウィッターで、証券マンのアシスタントとして働いていた。

エイミさんがこのテロで失った人は、18年間共に働いた直属の上司、リンジー・ハークネス(当時53歳)さん。「寛容でとても素晴らしい方でした」とエイミさん。

北棟に飛行機が激突し爆発、炎上し、南棟のハークネスさんの同僚は早々に避難したが、ハークネスさん自身はオフィスに残り、友人に電話で「このビル(南棟)は大丈夫。WTCは世界でもっともしっかり建てられた最高のビルだから」と話していたという。それから15分も経たぬうちに2機目が南棟77~85階付近に激突し、ハークネスさんは事件に巻き込まれた。

画像制作:Yahoo! JAPAN
画像制作:Yahoo! JAPAN

その時エイミさんはどうしていたのか問うと、「それが前日の月曜日に、彼(ハークネスさん)に『明日は11時においで』と言われたんですよ。それが最後(に交わした言葉)でした」。

出社時間が遅めの午前11時になったエイミさんはテロ発生時、マンハッタンの自宅で出社のための身支度をしているところだった。「あなたが働くビルに飛行機が衝突したけど大丈夫?」と心配した友人からの電話で事件を知った。

エイミさんはこの日もし通常通りの時間に出社し、上司のハークネスさんとオフィスに残っていたら...「テロに巻き込まれていたかもしれない」。

エイミさんは18年間共に働いた上司のために今でも式典を訪れ、花を手向ける。(c) Kasumi Abe
エイミさんは18年間共に働いた上司のために今でも式典を訪れ、花を手向ける。(c) Kasumi Abe

事件後エイミさんは仕事を失った。ハークネスさんを探すために警察署、病院、検死局など思い当たる場所はすべて探し、ハークネスさんの消息をたどった。5日間探しに探したが手がかりはまったく掴めなかった。彼の遺体は未だ見つかっていないという。

エイミさんは何度も問い合わせをした検死局のカードを今でも大切に持っている。(c) Kasumi Abe
エイミさんは何度も問い合わせをした検死局のカードを今でも大切に持っている。(c) Kasumi Abe

「ハークネスさんにはお兄さんがいるがカリフォルニアに住んでいてなかなかここまで来られないんです。その代わりに私がここに来ています」とエイミさん。

毎年来ているのかと聞くと「いいえ。私はマンハッタンに住んでいるので、“毎年”ではなくこの近辺にいる時は“毎回”必ず彼に会いに来ます」。

エイミさんの先祖は中東のイエメン出身で、彼自身はイスラム教徒だという。別れ際エイミさんは空を指差しながらこう言った。「また来年ここでお会いしましょう。神が望めば」。

原案:安部かすみ 画像制作:Yahoo! JAPAN 出典:米各紙より
原案:安部かすみ 画像制作:Yahoo! JAPAN 出典:米各紙より

(Text and photos by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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