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日本の高齢"禍"を解決する方法

島澤諭関東学院大学経済学部教授
(提供:イメージマート)

お隣韓国で高齢者の年齢基準を引き上げようとの提案がかつてありました。

韓国・MBCによると、日本と同様に高齢化が進む韓国で、国内最大の高齢者団体である大韓老人会が、高齢者年齢基準を現在の65歳から70歳に引き上げるとの提案を発表した。

出典:韓国の高齢者団体が高齢者年齢を70歳に引き上げ提案、「高齢先進国」の日本は?=韓国ネット「日本と韓国は比較にならない」「韓国の未来は暗い」(Record China 2015年6月3日(水) 13時23分)

こういう提案が他ならぬ高齢者団体からあったというのが非常に興味深く、日本との違いが際立ちます。

記事中にもありますように、高齢者の年齢基準を引き上げれば、年金の受給や公共交通の無料パス支給等、「高齢者」の生活に多大な影響を及ぼすわけですから、それを承知の上での次世代のための提案とすれば、韓国の高齢者は若い世代思いで、もしかしたらシルバーデモクラシーとは無縁なのかもしれません。

その後どうなったのかと思い調べてみますと、高齢者の年齢の定義が変更されたとのニュースは見つけられませんでしたが、以下のような興味深い記事が見つかりました。

高齢者の定義を現在の満65歳以上から満70歳以上に引き上げることに対し62%が賛成、34%が反対と答えた。

未来世代の負担を減らす方向に国民年金改革を進めることについては賛成が48%、反対が45%で賛否が拮抗(きっこう)した。

出典:高齢者定義「70歳以上」に引き上げ 62%が賛成=韓国調査(聯合ニュース 2022年6月30日(木)15時43分)

振り返って日本を見てみますと、国民皆医療・国民皆年金が確立した1961年には65歳以上人口が全人口に占める割合である高齢化率は5.8%だったわけで、それを前提に制度が設計されたわけです。特に、当時の高齢者は戦争を経験された世代でもありますし、所得面で高度成長の恩恵を受けられなかった世代ですから手厚い保護の対象とされたのも、当時の政策判断としては当然と言えます。

しかし、ご承知の通り、日本の高齢化は一気に進行しまして、2023年8月現在では29.1%となっています。さらに、今から約50年後の2070年では38.7%と40%弱になると見込まれています(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」出生中位・死亡中位)。

つまり、貧しく人口も少ない高齢者を対象に組み立てられた制度を前提にしたまま人口が増え昔ほど貧しくもない高齢者を同じ制度で社会的に扶養するとなると、財政がパンクするどころか、社会がパンクしても不思議ではなく、むしろ当たり前といえます。

社会がパンクしないためにはどうすればよいか。一つは高齢者の数を減らすことが考えられます。高齢者の数を減らすと言っても「姥捨て」のような物騒な物言いをしなくても高齢者を減らすのは実は簡単なのです。

韓国では今のところ実現はしていませんが、日本も高齢者の年齢の定義を変更し、それに合わせて社会保障の給付と負担の仕組みを変えることで、社会で扶養すべき高齢者を限定すれば、いまや高齢"禍"とも呼ぶべき高齢化に起因する様々な問題、少子化然り、社会保障負担の急増(社会保障負担対名目GDP比1961年度5.7%→2021年度29.7%)然り、こうした問題の解決に資するはずです。

2023年8月現在、総人口に占める各年齢の割合は、65歳以上29.1%、75歳以上16.0%、80歳以上10.1%、85歳以上5.4%となっています。

国民皆医療・国民皆年金が確立した1961年には高齢者を65歳以上と定義した場合5.8%だったのが、いまや同じ割合では85歳以上が該当します。つまり、現行の社会保障制度の創設時を前提とするならば、85歳以上を高齢者として定義しなおすのが適切ということになるでしょう。なお、85歳以上を高齢者と定義しなおしたとしても、2100年には13.7%に達します。

これは国民皆医療・国民皆年金が確立してから60年ちょっとで、年齢にして20歳、高齢者も高齢化したのと同じこととも言えるでしょう。

ただし、男性の平均寿命は81.05年、女性の平均寿命は87.09年となっていますから、85歳以上を高齢者とするのは厳しすぎるとの指摘にも一理あります。

そこで、健康寿命(男性72.68歳、女性75.38歳)を基準にすれば、高齢者の再定義は75歳以上とすることが落としどころになるでしょうか。今後は、75歳以上がいわゆる後期高齢者から本来の意味での高齢者となるのです。実際、高齢社会(aged society)の定義は人口の14%以上と言われていますから、それにも合致することになります。なお、2070年でも25.1%にとどまります。

もちろん、高齢者の年齢基準を引き上げるだけでは、生活に困る「元高齢者」がたくさん出ますので、それまで安心して働ける仕組みを構築しておく必要があります。そうはいっても法律で企業に強制するとなると当然企業は利益を念頭に行動しますのでうまくいきません。

結局、年齢を基準にあれこれ制度を作るのではなく、真に困っている人・支援が必要な人へ必要な支援を的確に届けられるようなエイジフリーな社会を作る必要があるのだと思います。それは世代内・世代間の格差を解決する道でもあります。

先の聯合ニュースによれば、韓国でも移民の積極的な受け入れには反対が50%あるようですが、日本でも移民の受け入れには反対が根強くあります。

日本の至る所で人手不足が叫ばれ、日本経済・社会のボトルネックとして労働制約が強く意識され始めているなか、移民もしくは外国人労働者を受け入れないのであれば、高齢者年齢の定義を変更し、高齢"禍"ではなく受け入れ可能な高齢化を社会で検討するのが良いと思いますが、読者の皆様のご意見はいかがでしょうか?

関東学院大学経済学部教授

富山県魚津市生まれ。東京大学経済学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)、秋田大学准教授等を経て現在に至る。日本の経済・財政、世代間格差、シルバー・デモクラシー、人口動態に関する分析が専門。新聞・テレビ・雑誌・ネットなど各種メディアへの取材協力多数。Pokémon WCS2010 Akita Champion。著書に『教養としての財政問題』(ウェッジ)、『若者は、日本を脱出するしかないのか?』(ビジネス教育出版社)、『年金「最終警告」』(講談社現代新書)、『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社)、『孫は祖父より1億円損をする』(朝日新聞出版社)。記事の内容等は全て個人の見解です。

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