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「タバコ」にまつわる経済や健康の「格差」〜2018年の国民健康・栄養調査を考える

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 社会・経済的な格差は、健康格差にもつながる。タバコを吸う人は、貧困層と低学歴の人に多いことはよく知られている。日本はずっと欧米ほど格差が大きくなかったが、最近になって格差が広がってきていて、それは喫煙率にもあらわれている。

若い世代に広がる加熱式タバコ

 厚生労働省が先日、2018年の国民健康・栄養調査の結果を公表した。この調査では初めて加熱式タバコの喫煙状況を調査し、男性の加熱式タバコのみの喫煙率が総数で22.1%となり、紙巻きタバコとの併用を合わせると総数で30%を超えることがわかった。また年代別では20代、30代の加熱式タバコの喫煙率が男女ともに高かった。

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紙巻きタバコのみの喫煙者は20代、30代で低く、加熱式タバコが若い世代に広がっていることがわかる。Via:平成30年の国民健康・栄養調査:厚生労働省より

 この調査では、世帯所得(年)と喫煙率の関係も調べている。その結果、200万円未満の世帯所得の男性の喫煙率は34.3%が最高であり、600万円以上の女性が6.5%で最低だったこともわかった。

 世帯所得と喫煙率の関係は、2014年の国民健康・栄養調査でも調べている。この調査では200万円未満、200〜600万円、600万円の3区分だったが、最も高かったのは200万円未満の35.4%の男性で、最も低かったのが600万円以上の女性の5.6%だった。

 気になるのは、4年で200万円未満の男性の喫煙率が約1%しか下がっていない点だ。2014年の習慣的にタバコを吸う男性の割合は32.2%、2018年では29.0%になっていて3.2ポイント下がっているが、低所得の男性喫煙者の喫煙率はこれほど下がってはいないということになる。

格差と喫煙率の関係とは

 もともと社会・経済的な格差と喫煙率の間には深い関係がある。また、教育年数が少ないほど喫煙率が高い。

 2010年に全国規模で行われた調査研究によれば、喫煙率が最も高かったのは25〜34歳の男性で最終学歴が義務教育(中卒)のみの68.4%で、男性の大学院卒業19.4%の3倍以上の喫煙率となった(※1)。この研究グループは、喫煙率と教育の格差は、特に若い年代で大きかったと述べている。

 同様の傾向は女性にもあるが、配偶者の有無で配偶者のいない女性、つまりシングル・マザーほど喫煙率が高いこともわかっている(※2)。これは千葉県西部の小学4年生の保護者を対象にした2005年の調査研究で、配偶者のいない母親の喫煙率は未婚・離婚で55%を超えていた。

 母子家庭は低所得のケースが多く、生活への満足度が低いと喫煙率が上がることも知られている。離婚といった生活環境の変化、低所得の職業、仕事のやりがい、社会的なつながりの希薄さなどは、意識を健康へ向かわせないことにつながりかねない。社会的経済的な格差が、喫煙率という形をとって健康格差にあらわれているのだ。

 行動経済学の研究によれば、喫煙者は長期的な不利益よりも短期的な利益のほうをより尊重する性向を持つと考えられている(※3)。時間選好率(Rate of time preference)が高い(将来に消費するより現在に消費するほうを好む)というわけだ。同時に喫煙者はリスクを回避せず(Risk aversion)、リスク愛好(Risk loving)な傾向があるとされる。

 2018年の国民健康・栄養調査によれば、世帯所得が上がるほど男女ともに喫煙率は下がるが、同じように健康診断の未受診の割合も世帯所得が上がるほど下がる傾向がある。タバコを吸う人は、自分の健康についてあまり興味がないのだろうか。

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世帯所得と喫煙率(男女)、世帯所得と健康診断の未受診の割合(男女)。企業での集団検診を受けにくい女性のほうが所得が上がっても未受診の割合が下がりにくいことがわかる。Via:平成30年の国民健康・栄養調査:厚生労働省よりグラフ作成筆者

まだまだ安いタバコの値段

 高所得者や責任のある仕事に就いている人は、自分の健康と社会的な役割を考えることが多いだろう。その結果、健康を維持するライフスタイルをとり、健康維持のためにジョギングやジム通いなどのトレーニングを行うことができる。また、肉体的なトレーニングに対する喫煙の悪影響を実感できるのかもしれない。

 一方、低所得者は、健康維持や食生活などにお金をまわす余裕がないことが多いだろう。経済的にも心理的にも健康診断や歯科治療に行かなくなる。朝食を抜いたり睡眠時間が不規則になるなど生活習慣は乱れ、肥満になるなどするのかもしれない。

 こうした社会・経済的な格差を縮めようとする場合、どうすればいいのだろうか。例えば、喫煙率を低下させるために最も効果的なのは、タバコに対する課税を上げて値段を上げることと考えられている。

 健康格差を解消するためには、喫煙率を下げるのも1つの方法だろう。低所得者ほど喫煙率が高いならば、タバコ増税や値上げは喫煙率を下げるためには効果的なはずだ。

 しかし、日本はまだまだタバコの値段が安い。タバコの値段が高い国では、政府が国民の健康について考え、国民もそうした政策を支持している傾向が見えてくる。逆にいえば、日本の政府はあまり国民の健康について真剣に考えてはいないのだろう。

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マールボロ20本入り1箱の値段の国際比較。GDPなどの経済力に比べ、日本はまだまだタバコが安いことがわかる。Via:ドイツ銀行「Mapping the World's Prices 2019」よりグラフ作成筆者

 タバコと格差の問題は、喫煙者ばかりではなく受動喫煙にも影響をおよぼす。2014年の宮城県健康調査を使った調査研究によれば、教育年数が13年以上(中卒以上)の非喫煙者に比べると、それ以下の教育年数の人に受動喫煙にさらされる機会が多いということがわかったという(※4)。

 以上のことをまとめれば、最近の国民健康・栄養調査から所得が低いほど喫煙率が高く、ここ数年の喫煙率の減少の影響はこうした階層では限定的だ。

 また、最終学歴の低い若い世代や配偶者のいない母親といった社会・経済的に格差の影響を受けやすい階層の喫煙率が高く、ここにも大きな健康格差があるということになる。

 日本には社会・経済格差が顕在化し、それはますます広がっている。こうした格差には健康格差も含まれ、そこにはタバコに関する問題も大きく影響し、喫煙率や受動喫煙に象徴的にあらわれているのだ。

※1:Takahiro Tabuchi, Naoki Kondo, "Educational inequalities in smoking among Japanese adults aged 25-94 years: Nationally representative sex-and age-specific statistics." Journal of Epidemiology, Vol.27, 186-192, 2017

※2:久保秀一ら、「子どもを持つ両親の喫煙行動における社会経済的要因の関与について」、日本公衆衛生雑誌、第58巻、第5号、2011

※3:Tadanori Ida, Rei Goto, "Simultaneous Measurement of Time and Risk Preferences. Stated Preference Discrete Choice Modeling Analysis Depending on Smoking Behavior." International Economic Review, Vol.50, 1169-1182, 2009

※4:Yusuke Matsuyama, et al., "Social Inequalities in Secondhand Smoke Among Japanese Non-smokers: A Cross-Sectional Study." Journal of Epidemiology, Vol.28(3), 133-139, 2018

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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