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「7年前決定」「1都市開催」も捨て去り変節を重ねるIOCですら決めかねる「30年札幌冬季五輪」の経緯

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
1972年札幌冬季五輪開会式の光景(写真:アフロ)

 国際オリンピック委員会(IOC)理事会が今月開かれて2030年の冬季五輪の開催地をどこにするかを決める時期を予定していた23年9・10月から先送りすると決めました。気候変動で安心して行える開催地が減るのを不安視していて時間をかけて検討するためとしています。

 確かに気候変動がもたらす危機は甚大。ただし30年大会の「大本命」と目されているのが北海道札幌市であるというのを考え合わせると「本当にそれだけか」とも。というのも2021年開催の東京夏季五輪では汚職事件に続いて談合が新たに疑われている状態なので。

 そこで現在進行中の談合疑惑に加えて冬季五輪に横たわる重大な懸念を考察してみます。

談合はなぜ罪に問われるのか

 東京五輪にまつわる不祥事がIOCの判断をためらわせている部分はありましょう。現に理事会後に幹部が「疑惑を注視し全容解明にあらゆる関心を払う」と発言したし橋本聖子組織委員会(組織委。清算法人)会長も談合事件発覚を札幌誘致に「非常に厳しい」影響を与えると認めました。

 東京地検特捜部が組織委元理事(みなし公務員)が主導したとみられる一連の贈収賄事件を摘発して起訴に持ち込んでから時を置かずして発覚したのが談合です。

 罪としての談合は公の事業が発注された際に受注側が話し合って落札させる業者を決めて価格などを調整する行為。公の事業は少しでも安くて良い条件を示した業者に仕事を与えるのが納税者への義務。組織委も都税・国税など公費が入っているから同様の義務を負ってしかるべき。

 談合して決めた闇の値段はガチで競った時より高く設定されるはず。でないと談合する意味がないので。その分だけ組織委、ひいては国民に無駄なカネを使わせます。

刑法と独占禁止法の違い

 談合を罪として摘発する場合、刑法の談合罪と独占禁止法の「不当な取引制限」が考えられます。前者は「公正な価格を害する目的」「不正な利益を得る目的」のいずれかを証明しなくてはなりません。後者はその縛りがなく最高刑や罰金額も重いため、こちらで捜査するケースが目立ちます。

 ただし刑法違反ならば警察・検察独自で立件できるところ独禁法の運用は公正取引委員会(公取委)と決まっています。したがって今回の五輪談合疑惑も公取委が東京地検特捜部とともに捜索等を行っているのです。違反が認められ次第、公取委が検事総長に刑事告発し、以後は検察の仕事となります。

 疑惑はリハーサルを主目的としたテスト大会に関連する業務を組織委が委託した際に落札した電通など広告会社らがた談合していたとするもの。発注した組織委の部局に受注した電通からの出向者がいたとされ完全な出来レースを疑われているのです。

人気なき冬季五輪は札幌一択のはずが

 賄賂に談合と絵に描いたような腐敗役人と悪徳商人の結託のような図式。こうなってみると「オリンピックなんてもういらない」との声が高まって不思議ではありません。他方、腐敗役人と悪徳商人にとっては「どうしてもやりたい」わけで。

 もっとも冬季五輪は夏季ほどに「悪徳側」もそそられません。五輪憲章は夏冬季を同列とみなすも「雪上または氷上で行われる競技のみが冬季競技とみなされる」と付随的な文言も。規模も小さい。

 実際、30年大会に興味を示している都市は札幌のほかにはソルトレークシティ(アメリカ)やバンクーバー(カナダ)ぐらい。うちソルトレークは28年の夏季が同じアメリカのロサンゼルスでの開催なので本心は34年以後。

 バンクーバー市に至っては属しているブリティッシュコロンビア州が10月、コストを主な理由として招致を支持しないと発表しています。カナダは市に関する権限は州に属する仕組みゆえ、ほぼ致命的な表明でしょう。もはやIOCは札幌一択。しかし日本の直近大会はカネまみれ。バッハ会長は自身の任期中である25年までに決めると言っていますが。

費用の大幅削減は避けて投票もせず非公開で開催地を決めるIOC

 ところで東京大会が決まった瞬間を覚えていらっしゃるでしょうか。13年に開かれたIOC総会。高円宮妃久子さまが英仏語でスピーチし、滝川クリステルさんが「お・も・て・な・し」と発し、安倍晋三首相が福島第1原発の状況を「アンダーコントロール」と語り、イスタンブール(トルコ)との投票で勝ったあの瞬間。散々聞かされていたのが「開催は7年前に決まる」でした。

 でも25年以降での決定では最大5年前、他方で夏季大会は32年ブリスベン(オーストラリア)が既に21年に決まっています。

 実はブリスベン大会を決めたIOC総会から「7年前」の規定が消失。投票もなくなって開催の意思ある都市が計画などをIOCに提案する。「ふさわしい」と委員らが総会で承認する方式に変わっていたのです。非公開で事前に話し合って「この年でどう?」みたいに差配するという不透明さ。

 さらに五輪の核心ともいうべき「都市が開催」もなげうって複数の都市や国をまたいでもよくなりました。現に26年冬季大会はイタリアのミラノとコルティナダンペッツォが共催です。

 理由は簡単。日本を除く主要国の多くが費用負担の重さから敬遠する傾向が近年高まっていて立候補が激減。選挙で競わせるといった高飛車を決め込む余裕など吹き飛んでいて、いってみれば「談合」で「4年に1度」を埋めていくしかなくなりました。共催も費用負担の分散に有効です。

 しかし本質的な課題である開催費用の大幅削減案は出ていません。「できればこのまま」というIOCの本音が透けてみえます。

注目される来年4月の札幌市長選

 30年大会開催地決定延期の理由である「気候変動」を言い逃れとまでいいません。さまざまな試算で過去に冬季大会を開いた都市の多くが、主に「雪」の面で温暖化の影響を受けるのが確実だから。

 ただ前述のように「7年前決定」も「1都市開催」も捨て去って、事実上札幌一択にもかかわらず決められない理由とは日本の五輪関係の疑惑が払拭できないからと推測せざるを得ません。それでもなお札幌市の秋元克広市長と日本オリンピック委員会(JOC)が「クリーンな大会に向けた宣言」なる共同宣言を発表してまで開催したいと訴えています。グレーな疑惑を発する国が非公開交渉という不透明な選考過程に舵を切ったIOCへアピールする言葉が「クリーン」とはブラックジョークでしょうか。

 注目されるのが来年4月の札幌市長選。与野党相乗りの秋本市長に対抗する元市市民文化局長の候補は誘致反対で「市長選を住民投票に見立て、賛否を問いたい」と述べています。結果次第で30年札幌五輪の「虹の地平」(72年大会テーマソングの一部)が決まるかもしれません。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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