トコジラミいよいよ増加の季節到来。清潔上等、元祖・外来生物および薬剤耐性という今日的事情
刺されるとひたすらかゆいトコジラミ(南京虫)の増加が話題となっています。つい先日も電車シートで発見されるなど各地で繁殖情報が確認されている状態です。
既に古い文芸や漫画のなかでしか生きていなかった昆虫が再興している背景には勘違いや見落としも多くありそう。清潔にしていても繁殖するし、感染症を媒介しないがゆえに規制対象から外されています。元祖・外来生物でもあってセアカゴケグモやヒアリなどと共通点を持ち、薬剤耐性という意味ではMRSAや結核菌とも一脈通じるのです。
気温18度以上で行動を活発化させるため、春到来とともにあちこちで「かゆい!」が増加しそう。さまざまな観点から迫ります。
夜行性というより走暗性
トコジラミは温帯から亜寒帯あたりに広範囲に分布するカメムシの仲間です。別名の「南京虫」は別に中国由来とか蔑称ではありません。日本に伝わってきたとみられる江戸時代、渡来した文物に「外国の」の意を付与する際に、当時最も知られていた都市であった「南京」を命名したとみられます。南京錠も同じ。
大きさは成虫で5ミリ大で走暗性つまり太陽などの光を嫌うので夜行性と似るも部屋が暗ければ昼間でも行動します。気温18度以上で行動を活発化させ25度程度で繁殖期を迎えるため、東京の日平均気温に準じると5月~10月ぐらいが活動期です。
吸血性で刺されると猛烈なかゆみを生じるのが最大の害です。刺す昆虫は血液の栄養を摂取するのが目的ですが、単に吸うだけだと凝固に阻まれてしまうため、代わりに抗血液凝固剤と麻酔が一緒になったような成分を人間に注入します。この物質を抗原とみなして免疫反応した際に発生するアレルギーがかゆさの原因です。
感染症を媒介しないがゆえに
蚊などと異なって感染症の媒介は今のところ確認されていないので、そのあたりは安心といえば安心な半面、であるがゆえに防疫態勢の下位に回されて規制対象から外されています。
羽のない昆虫だから遠来から渡っては来ません。多くは人間が移動する際に用いるキャリーバッグやスーツケースなどに紛れるなどして「あなたの家」へやってくるのです。光が届かない隙間を住処にして主に夜、寝入った人間の露出部分に襲いかかります。
活発に活動する温かい・暑い時期は就寝時に半袖とショートパンツのパジャマを用いたり覚えず掛け布団を外してしまう場面もざら。敵に門戸を開くような状態です。
1970年代半ば以降、ほぼ聞かれなくなったが
「南京虫(トコジラミ)」と聞いて「昔刺された。かゆかったなあ」と思い出すのは以前は年配が主でした。「銀河鉄道999」などで知られる漫画家の松本零士(1938年生まれ)の出世作『男おいどん』の主人公・大山昇太が悩まされる場面があります。多分に松本自身の体験を重ねている創作なので1950~60年代の光景でしょう。
日本では戦後、極度に悪化していた公衆衛生上の懸念(特にシラミが媒介するチフス)を拭うべく連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) によって有機塩素系殺虫剤(DDT)が多用されました。環境汚染物質との指摘を受けて使用が縮小した後の60年代に有機リン系の殺虫剤へ置き換わったのです。この過程でトコジラミの被害も激減して70年代半ば以降、ほぼ聞かれなくなりました。
耐性を持った殺虫剤とは
それがなぜ今「復活」したのか。諸説あるなか有力なのが殺虫剤への耐性を持ったから。前述の有機リン系も人体への危険が指摘されて殺虫剤として使わなくなり、除虫菊に由来するピレスロイド系が市販殺虫剤の中心に変わったのです。当初は十分に役立っていたところ、近年、これに抵抗性を持つようになったとみられます。
DDT以降の猛攻で激減しても生き残ったタイプが再興したのか、ピレスロイド系主体の時期に耐性を得たのかハッキリとはわかりません。駆除業者が有機リン系も使用するため後者であろうと予測されるのです。
ゴキブリ不在とエアコン完備の室内は天国
意外と誤解されているのはトコジラミが「不潔なところ」を別段好まないという点。ここでいう「不潔」とは室内で湿気の多い場所を指します。確かにゴキブリやムカデはそうなのですがトコジラミは暗がりでさえあれば乾燥した場所でも清潔でも構わず生息する「清潔上等」なのです。
この点も近年の大発生と関係しそう。現代住宅建築は上下水道が完備され排水システムも大きく向上して清潔さが向上しているのはご存じの通り。ゆえにゴキブリやムカデなどが生息しにくくなりました。実はこの現象が人間のみならずトコジラミにも福音なのです。なぜならばまさにゴキブリやムカデあたりが最大の天敵たから。
コロナ禍収束後に再増加しているところからインバウンド客に疑う向きもありますが冤罪に近い。訪日外国人が仮に持ち込んでも短時日で帰国するので定住する住処がないからです。むしろ海外旅行帰りの日本人が自宅へ連れてきてしまうのを警戒すべきと推測されます。エアコン完備の室内は寒い時期でも心地よい温度に調整されていて、まさに天国です。
何度かかまれてアレルギー反応が起きる
かゆみの原因がアレルギーと前述しました。つまり過剰反応です。個人差の大きい反応なので一概にはいえませんが、一般に数次にわたって刺されると免疫系が異物とみなして攻撃を開始するようです。反対に刺され過ぎたら抗体が陰性化してかゆみを感じなくなるケースも。
つまりかゆい状態が続いているとは既に身近にいるトコジラミに何度かかまれていると疑ってよさそうです。
外来生物と薬剤耐性
トコジラミの渡来は江戸時代と古いとはいえ外来種。近年はセアカゴケグモやヒアリのように海外から持ち込まれて日本へ定着したとみられる人に害をなす生物が報告されています。
薬剤耐性を持つ害虫はワンサカいて主に農家の悩みの種です。微生物にまで広げると皮膚に常在する黄色ブドウ球菌が1990年代にメチシリン(抗生物質)への耐性を持つMRSAと化して院内感染を起こして手術後に感染症を起こして死に至らしめる事例が続出し、大騒動となりました。結核菌も薬剤耐性を持ち「再興感染症」として生命を脅かす座へと復帰しつつあるのです。