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他チームとは違う、強さの理由。【スバルが挑む、9度目のニュル24時間レースVol.4】

河口まなぶ自動車ジャーナリスト

未だ変わらぬピットの雰囲気

今回、ニュルブルクリンク24時間レースを取材に行くのは筆者としては6年ぶりとなる。初めてニュルブルクリンク24時間レースを訪れたのは2009年のこと。この時は前年の2008年からニュルブルクリンク24時間レースに挑戦を始めたスバル/STIチームの闘いをレポートするためにやってきた。そして翌2010年も、スバル/STIチームの闘いを引き続きレポートしたのだった。

あれから6年が経った今回、スバル/STIのピットを訪れてまず感じたのは、昔と変わらぬ雰囲気が残っていることだった。スバル/STIのピットは決して大きくないし、豪華でもない。当初の頃からすればこの時点で既に3回クラス優勝を果たしているがゆえに、ピットの規模が大きくなってホスピタリティが充実していても全く不思議ではない。が、スバル/STIのそれはあくまでも慎ましく、そして質素な感覚のまま。しかしそれは決して悪い意味ではないし、むしろ好印象を覚えるもの。これまでの歴史の中で、ニュル24時間に相当に慣れただろうし、勝利も重ねてある程度の余裕もあるはず。だが、決してそうしたことは感じさせず、初期の頃と同じように常に真摯に取り組むことを忘れていないことが、この場から伝わる雰囲気から良くわかった。

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もちろんチームとしては僕が知っている初期の頃から比べると、格段に進化していることを感じさせた。これまでに様々なドライバーやエンジニア、スタッフが関わってきたからこその、磨き上げられたチームという感覚を存分に感じた。ひとりひとりの役割が明確であり、しかし機械的に過ぎず、お互いを思いやる気持ちを忘れないからこその関係がそこに生まれていると感じた。

そして昔もそうだったが、我々のようなメディアをいつも温かく迎えてくれて、そしてチームの一員として扱ってくれるところもまた、不変だったことに嬉しさを覚えた。日本からここニュルブルクリンクにやってきた皆が仲間、という空気がスバル/STIのテントには変わらず流れていたのだった。

2016年のレースはスタートからわずか数十分のうちに赤旗が出るという荒れた展開から始まった。コースの一部だけに、強烈な雹が落ちたことでコントロール不能になってコースアウトするクルマが続出。これによって赤旗が出され、スタートの15時30分からすぐにレースは中断。再スタートしたのは19時20分だった。

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それほど酷い状況の中に、スバル/STIのファーストドライバーであるカルロ・ヴァン・ダムはいた。既に多くの報道でもご存知だろうが、カルロとスバル/STIのWRXSTI・106号車は、最初にこの激しい雹でコースアウトしたクルマのすぐ後ろにいたのだった。

コースアウトしたクルマが、グラベルに捕まって停車。そこにカルロがドライブするWRXSTI・106号車も同じようにコントロール不能からコースアウトし、停車したクルマめがけて突っ込んできた。

誰もが衝突を予測した。が、カルロはわずかにハンドルを切ってそのクルマを避けて、ガードレールとの間をすり抜けていった。停車したクルマとガードレールの間は実にクルマ1台分。そして路面はグラベル(砂利)。そこでハンドルが効いて避けることができたのはスバルのAWDだから、という書き込みがネットに溢れた。またWRXSTIにはスバルの安全技術アイサイトは装備されていないが、冗談でやっぱりスバルは「ぶつからないクルマ」だ、という書き込みもネットに見受けられた。そしてこの時のカルロのドライビングをして誰が名付けたか「神回避」という言葉で表現されたのだった。

そうしてピンチを切り抜けた106号車はその後、再スタート後からは極めて順調にラップを重ねた。こんな風に書いてしまうと失礼にあたるかもしれないが、これまでの闘いの中では最も退屈に思えたほど。つまり、それほど何も起こらずに順調にレースが進んだのだった。

もっともそうした印象は我々が外野で見ているからであり、ピットでは常に、ライバルであるアウディTTRS2の104号車との差に、辰巳総監督をはじめとしたチーム全員が悩ましい思いを抱いていた。アウディTTRS2の104号車は常に、何かあれば106号車WRXSTIをパスできる位置につけていたからだ。

そうしてラップを重ねていく中で、今回の唯一ともいえるトラブルが発生した。カルロが「神回避」をした時、実はわずかに停車していたクルマにヒットした部分があり、それが原因かフロントのスポイラーから始まるアンダーカバーが下に落ちてきてしまうトラブルが発生したのだった。しかしそれもわずかなピットストップで修復され、その後も順調にラップを重ねた。そして終盤になると、106号車WRXSTIを追いかけていたアウディTTRS2・104号車は他車との接触からリタイヤとなった。こうして106号車を追いかけるのは何周も後ろにいる別のアウディTTになったのだった。

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今回のレースで、トラブルとなったのはこのくらいで、はたから見ている分にには、あとは本当に平和という印象だった。

しかし筆者はこれこそが、スバル/STIチームのこれまで8回に渡るニュルブルクリンク24時間レースから得た経験が生む凄さなのだと感じた。そう、レースはほぼ何事もなく順調に進んだ、と言葉にすると本当にそれだけのこと。しかしよくよく考えれば24時間レースで何事も起こらずに順調にことが進む…というのは実に稀有なことである。これは相当に運が良いこと、ともいえるし、ある意味奇跡的なことなのだ。

印象的なのは、朝を迎えてピットを訪れた時に、スバル/STIチームの名物であるカレーをいただいたこと。女性スタッフがチームのために作る毎年恒例のものを、我々のような外部の人間にも惜しみなく勧めてくれる。筆者はこれまでに様々なピットを取材してきたが、他にはもっともっと豪華なケータリングを用意するところも多い。が、人の温もりを感じる、家庭的な面を感じさせるのはスバル/STIチームならではのものだ。そしてこうした面が、このチームの凄さに関わっていると筆者は感じた。

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先にレースが順調に進むというのは相当に運が良い、と記したが、実はそれは運を引き寄せるための準備が周到になされていたからであり、24時間レースに必要な集中力がしっかりと皆にあり、そうした上でもたらされる実力が遺憾なく発揮されたからこその話だといえるだろう。それが先の、カレーの話に関係する。通常ならばケータリングがあればそれで良い。しかしスバル/STIのピットではチームの仲間を思いやる気持ちで賄いが作られる辺りに、このチームならではのチームワークを感じずにはいられない。そしてここに運の良さを引き当てるだけの高い実力の源があることを感じる。単にテクニカルなことだけでなく、チームを取り巻く全ての人々の想いが感じられる。また奇跡的なことを実現するだけには、様々な要素がもとめられるがそれらを全て用意できたということでもある。そういう部分に、先のカレーに代表されるような1人1人の仲間を思いやる気持ちが含まれているのは間違いないのだ。

順調に進むレースの一瞬毎に、これまでの8年間に渡って得てきた様々な悲しみ、悔しさ、そしてそこから生まれたノウハウや闘いのための集中力など、いろいろなものが結実している、と思えた。こうしてスバル/STIチームは2016年のニュルブルクリンク24時間レースで4度目のクラス優勝を果たしたのだった。

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今回、スバル/STIチームに帯同して感じたのは、ニュルブルクリンク24時間レースを戦うチームとしては相当な成長を果たしたプロフェッショナル集団になっている、ということ。だが、実は他のプロフェッショナル集団と大きく違うのは、決してドライになることなく、どちらかといえば人間臭くウェットな部分が残ったまま、高レベルな仕事を実現しているという印象だ。

そしてそれは何が要因なのか? と考えると、行き着くのは昔と変わらず真摯さであり、慎ましさであり、そして何より家族のような雰囲気なのだと確信できた。

そんなスバル/STIチームだけに、なるほど日本からも相当数の方がユーストリームの中継を視聴し、応援のメッセージを書き込んでくれるのだろう。このチームは今や、勝ちを取りに行けるプロフェッショナル集団でありながらも、決して背伸びをしない等身大な部分を見せ続けてくれている。ここが、多くの人の共感を呼ぶところであり、親しみを感じる理由なのだ。

スバルは決してプレミアムではない。けれど他にはないものをしっかりと持っている。しかし決してそれを鼻にかけたり飾ったりせず、ひたすら素のままで自分たちのできることで前へと突き進んでいく。そして常に優しく受け入れ、家族的な雰囲気を漂わせており、親しみを感じさせる…そこにあるのは、これまでにないブランドの価値である。

そしてそれはスバル/STIチームの、ニュルブルクリンク24時間レースの現場に漂う空気そのものである。

自動車ジャーナリスト

1970年5月9日茨城県生まれAB型。日大芸術学部文芸学科卒業後、自動車雑誌アルバイトを経てフリーの自動車ジャーナリストに。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。YouTubeで独自の動画チャンネル「LOVECARS!TV!」(登録者数50万人)を持つ。

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