【こども園襲撃】背景にあった“いじめ”“ひきこもり”“発達障害” 事件前にサポートはできなかったのか
大分県宇佐市のこども園を襲撃し、小学生ら4人を負傷させたのは、約15年、ひきこもり状態にあった30代男性だった。今年3月、傷害など5つの罪に問われた被告の裁判が大分地裁中津支部で始まった。初公判では、事件の背景に小学生の頃からのいじめがあったことや、本人の発達障害に周囲が気づかずにいたことなどが見えてきた。罪は償わなければいけない。しかし、そうした背景のあった加害者の心の中でいったい何が起こっていたのか。悲劇を繰り返さないための教訓を現地取材から探った。
初公判での被告 誰とも視線合わせず
【事件の概要】昨年3月31日、認定こども園にフルフェイスのヘルメットを被った男が侵入した。男はこども園の近隣の自宅に住み、約15年にわたって、ひきこもり続け、当時32歳(現在は33歳)だった。自宅にあった竹刀を持ち出し、児童と職員を殴打したほか、携帯していた刃渡り18.8センチのナイフで職員2人に切り付け、それぞれ全治8日から14日のけがを負わせた。また、昔のいじめ加害者2人の居住地と考えていた民家にそれぞれ侵入したうえ、路上に駐車していた車のドアを開け、助手席に乗車していた60代女性にナイフを突きつけて車を奪おうとしたという。
初公判の法廷には、検察側席の後ろの当事者席に、被害者の女性職員たちが座った。また、傍聴席には、数多くのメディアの記者が詰めかけていた。
刺さるような視線がいたたまれなかったのだろう。上下のジャージー姿で現れた被告は、終始うつむいたまま、長く伸びた髪に顔を隠して背を向けるように座り、法廷の誰とも目を合わせられずにいた。
裁判官から罪状への意見を尋ねられた被告は、声を出そうとしても、なかなか言葉にならないように見えた。
「考えが、まとまらないんですか?」
そう裁判官から意見を促されると、被告は振り絞るような小さな声で、
「もともと、無差別傷害と物を盗ろう(強盗)という意図はありません。被害結果がそうなったのは、事実です」
と時間をかけて答えた後、大きくため息をついた。
公判では、検察から、被害者の女性職員についての調書が紹介された。事件1週間後に取られた調書には、「犯人がナイフを振り回しながら迫ってきて、悲鳴を上げながら死を覚悟した。児童や職員に恐怖心を植え付けたことは絶対に許せない。いまだに事件のことで苦しめられている」などと記されていた。
「人生が楽しかったのは幼稚園まで」いじめから長期ひきこもり
「もともとは、悪ではなかった。地域がきつかった。人生が楽しかったのは幼稚園まで。小学校のときからいじめを受け、自分の人生は終わってしまった」
初めて拘置所で面会した昨年11月6日、被告は堰(せき)を切ったように、ためていた思いを打ち明けた。差し入れた書籍の記述を隅から隅まで記憶する特性を持ち、一方で筆者のことを一生懸命に気遣ってくれる、頭が良くて優しそうな青年だった。
ところが、そんな彼が口にしたのは、「(いじめた相手を)復讐する方向でしか生きられなかった」という、孤独でつらかった半生の胸の内だった。
検察側の冒頭陳述によれば、被告は、小学生の頃からいじめを受け、高校に進学したが、入学後にまもなく対人関係に苦痛を覚えて不登校になり、中退。以来、自宅にひきこもるようになった。ひきこもる中で、痛い思いをせずに死にたいと考えるようになり、いじめの加害者らに復讐したいと考えるようになった。
そして、アスペルガー症候群の特徴である聴覚過敏とフラッシュバックが組み合わさって、近隣のこども園まで園児の送迎に来た自動車のマフラー音や職員らの話し声などが騒音のように聞こえ、不満を募らせていったとしている。
精神鑑定で発達障害と診断 どんな症状があるのか
被告は、事件後、約4カ月の鑑定留置を受け、精神鑑定の結果、「広汎性発達障害」の一種で、「自閉症スペクトラム症候群」に含まれる「アスペルガー症候群」と診断された。
自閉症スペクトラムとは、生まれつき脳の一部機能に障害がある「発達障害」の中でも、相互的な対人関係の障害、コミュニケーションの障害、興味や行動の偏り(こだわり)の3つの特徴が現れるとされている。また、広汎性発達障害のかなりの割合の人に「視覚」「聴覚」「味覚」「触覚」などの感覚に対し、特定の刺激に苦痛を感じる「感覚過敏」という症状が見られるという報告もある。
しかし、検察は「刑事責任能力は問える」と判断。傷害罪のほか、建造物侵入、銃刀法違反、強盗未遂、住居侵入の罪で被告を起訴した。
被告の両親は「被害者の方々には、心身ともに深い傷を負わせてしまったことを大変申し訳なく思っています。事件直後は“会いたくない”と言われ、遠慮してきましたが、謝罪に行きたいと弁護士通じてお願いしている」と言葉少なに話す。
両親が語る深刻だったいじめと「後遺症」
両親によると、被告は幼稚園の頃は明るく活発で、友人も多かったという。しかし、小学校に入ると、1年生のときから集団登校で上級生たちにいじめられていたことを後に打ち明けられたという。
学校に集団登校する40分~50分間、登校班のリーダーらに旗で叩かれたり、カバンをすべて持たされたり、「ばい菌」などと言われたりしたこともあった。
学校に行ってからも、トイレの個室に入ると、からかわれたり、のぞかれたりすることが長期にわたって続き、やがて大便を我慢する癖までついたようだと、家族は記憶する。
「いきなり人の悪意に触れて、相当ショックだったのではないか。でも子どもだから、当時、そういうことをうまく私たちに表現できなかったのだろう」
小学3~4年の頃、父親が一緒に風呂に入ったとき、被告の体にあざを見つけた。「どうしたの?」と聞くと、「転んだ」と答えた。でも、転んでできるようなあざには見えなかった。
そのうち、だんだんと学校に行かなくなった。朝、登校する時間になると、必ずトイレに入ってひきこもるようになった。その後、起きなくなった。
学校の担任教諭に相談すると、「いじめなんてありません」「みんなと一緒にサッカーして活発に遊んでいますよ」などと説明されたという。そればかりか、担任が「児童会に立候補してくれ」という理由で、無理やり家から学校に引っ張って行ったこともあった。
その頃から、自宅でも「誰かがいる」などと言って、被告はかがんでしまうようになった。ちょっとした物音が、被告にはガーンという騒音のように聞こえる「聴覚過敏」という発達障害の特性を持っていることに、周囲が早く気づいてあげられていれば、もっと違った接し方や配慮をすることもできたのかもしれない。
実際、被告が「遠い所で車の音が聞こえる」というと、家族には何も聞こえないのに、しばらくして、本当に車が家の前を通過していった。被告の耳は、どんどんと研ぎ澄まされるようになっていく。両親は「いじめの後遺症だったのではないか」と振り返る。
いじめは、被告の過去を知る同級生がクラスで吹聴したことなどによって、中学まで続くことになったようだという。
学校には通っていなかったにもかかわらず、被告は地域の進学校に入学した。ただ、1週間ほどで不登校になり、高校を中退。家族が経営する店を手伝うようになった。
やがて被告は、店を手伝っていると、「体の調子が悪い」と言うようになる。車を運転すると、左側の縁石に乗り上げた。左のほうに体が勝手に行ってしまって、まっすぐ歩けなくなっていた。以来、運転は危ないため、車に乗るのもやめた。
店の手伝いもやめて、整形外科に行くと、頚椎が沈み込む「頚椎陥没」と診断された。手術でなければ治らないと言われた。被告は店を辞めてから、長期にわたり、人との関係性を閉ざすことになる。
「抗議しているのに、声にならなくて」こども園には伝わらず
「先生たちの声がうるさい」
ある日、被告は家族に、こども園の若い先生数人が隣接する駐車場で長い間しゃべっていて気になると言いだした。我慢できなくて、何回か「うるさい」などと抗議にも行った。真剣に改善を望んでいるのに「小馬鹿にされた」と憤慨して帰ってくることもあったという。
ところが、こども園側は、筆者の昨年9月の取材で「そのような意見を言われたことも、やりとりもなかった」と話していた。
「言葉では抗議しているのに、声にならなくて……」
筆者が面会したとき、被告もそう振り返った。
「送迎のときの車の音や声がうるさくて、こども園に何度も行った……」「あの日(事件当日)は、頭が真っ白になってしまって……」
被告は、そう語った。
「小学校時代のいじめのトラウマが引き起こされたのではないか」
両親は、そう筆者に説明した。
弁護側は、強盗未遂以外の犯罪の該当性を認めて争わないとしたうえで、精神鑑定書の「自閉症スペクトラム」の症状は「重度」と記載されていて、「事件当時、幻覚妄想が存在していた可能性がある」と主張。責任能力は「限定的」であったと訴えた。
県のひきこもり調査では「支援を受けていない」4割
事件が起きる前、家族にとってのいちばんの懸念は、子どもがひきこもり状態のまま両親も高齢化していくことによって、「親子共倒れに近づいていく」ことへの心配だった。
母親は、地元自治体の精神保健施設の相談窓口を訪れたが、担当した精神科医から「本人を連れてこないとダメです」と対応を断わられたという。
両親によると、その後、本人からは「殺してくれ」と言われた。地域の支援制度の谷間に置かれ、孤立して情報もない家族が現実にできることは、もはや何もなかった。
筆者がネットなどを通じて関わってきた「ひきこもり状態」にある人の背景や状況は、1人1人違うものの、多くの人に共通するものは、学校や就労現場の人間関係に恐怖を感じているということだ。今回の被告だけでなく、当事者たちの多くは、言語化したくてもうまく伝わらないもどかしさを抱え、悩みを言える相手もいない。
ひきこもる本人を抱える家族が、周囲に知られないようにするため、医療や支援などとつながっていないケースも多い。これまでの制度上の不備を背景に、自治体によっては担当者が「埋め戻し」と言って、課題のある家族の存在に気づかないふりをせざるを得ない話も聞いてきた。
初公判を傍聴した、大分県のひきこもり家族会「大分ステップの会」の松本太郎代表は、「被害者が精神的ショックを受けていることを知った。刃渡り18.8センチのナイフを向けられたら、誰でも怖い」と述べた上で、「事件を起こす前にサポートできなかったのか」と悩む。
「ひきこもりや発達障害という背景のある現実がきちんと認識されていない。裁判では、ウソをついたのではないかと検察から厳しく追及されていたけど、そういうウソがつけない人たちでもある。うまく言葉にできない様子を見ていると、(被告は)今日もかなりのプレッシャーがあったと思う。ギリギリしゃべっている感じがした」
事件後の昨年4月、同会の松本代表は県庁で記者会見を行い、ひきこもり状態に悩む本人や家族の長期化・高齢化が進み、県の取り組みには医療・福祉面での対応が必要だとして「当事者が集えるような居場所の確保」などの要望書を広瀬勝貞・大分県知事に提出した。
「不審者(対策)一辺倒で、1人の青年にすべての罪をかぶせて終わりでは済まされない。いじめが見過ごされていたし、音に敏感な人や意思表示ができなくて追い込まれている人たちもいる。今の社会には、そんな少数者もいることをしっかり認識してほしい」
今年4月27日、県は今後の施策を考えるため、民生委員・児童委員を通じて行った「ひきこもりに関する調査」の結果を公表した。
それによると、「ひきこもり」層に占める40代以上の割合は、約65%。60代以上も2割を超えた。また、「ひきこもり」期間についても、「10年以上」が最も多く、4割超を占めるなど、長期化・高齢化の傾向は、ここでもくっきりと浮かび上がった。
さらに、支援の状況については、「支援を受けていない」が4割弱。「わからない(知らない)」も45%に上るなど、医療や福祉とつながらず、地域で見えなくなっている実態が、浮き彫りになった。
「社会的監禁」本人や家族のニーズに添った取り組みを
働くことが前提の世代がひとたび社会のレールから外れたとき、社会には再び戻れる道が想定されていない。「学校や職場に行くと自分が壊されてしまう」という恐怖と不安の中で、周囲からひきこもる行為を責められ、恥ずかしいからと家族に隠されることも多く、ますます身動きが取れなくなっていく。
ひきこもる本人や家族などと対話を続けている私たちは、地域や社会の環境が精神疾患や発達障害、ひきこもり状態の人を恐怖に感じたり、世間体を気にした家族が隠そうとしたりして、当事者を追いつめていくことを「社会的監禁」と呼んでいる。自分だけがおかしいと思い込まされている本人や家族への偏見をなくし、地域に理解者を増やしていくことが望まれている。
周囲は、福祉での対応も含めて、本人や家族の求めるニーズに寄り添った居場所や、その手前にあるプラットホームづくり、思いを受け止めてくれるような安心できる人材の育成など、「就労の前段階」の取り組みを行っていく必要がある。
被告は、今年3月に筆者が面会したとき、ふとこう漏らした。
「この拘置所に来て、初めて人間らしい扱いをされたように思います」
父親によると、警察での取り調べのときも同じような感想を話していたという。これまで人の優しさに触れることが、あまりなかったのかもしれない。
今後は、6月に検察側の被告人質問、7月に精神鑑定医の証人尋問を経て、今秋には判決が下される見込みだ。
※今回の取材は、証人尋問前に独自に行った。
【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】