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メトヘモグロビン血症とは?乳児に多い?小児科医が解説

坂本昌彦佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医
(写真:Paylessimages/イメージマート)

 昨日、大学病院で井戸水をくみ上げた水道水で溶いた粉ミルクを飲んだ乳児10人が、メトヘモグロビン血症を発症したというニュースが報道されました。

聞きなれない病名で疑問に思われた方もいらっしゃるかと思います。

 そこで今回はメトヘモグロビン血症について小児科医の立場から解説します。

メトヘモグロビン血症は低酸素状態を引き起こす

 ヒトの血液の中にはヘモグロビンというたんぱく質があります。ヘモグロビンは酸素と結合して、体中に酸素を届ける働きがあり、鉄(2価の鉄(Fe2+))が含まれています。この2価の鉄が3価(Fe3+)に変換(酸化)されたものがメトヘモグロビンです。関係を図で示すと下のようになります。

メトヘモグロビンとヘモグロビンの関係(文献5より筆者改変)
メトヘモグロビンとヘモグロビンの関係(文献5より筆者改変)

 メトヘモグロビンは、ヘモグロビンと違って酸素結合能がありません。したがって酸素運搬能もありません[1]。つまり「役に立たない」ヘモグロビンと言えます。

 メトヘモグロビンは微量ながら健康な人にも存在しますが、ヘモグロビンに戻す酵素(還元酵素)などでコントロールされており、通常、成人では濃度は1~2%未満、乳幼児でも3%未満に保たれています。

 このメトヘモグロビンの割合が何らかの理由で高くなると、体中に酸素が行き渡りにくくなり、いわゆる低酸素状態となります。これがメトヘモグロビン血症です。メトヘモグロビン濃度が10~15%以上でチアノーゼ(体が青白くなる)、20~30%で頭痛やめまい、精神状態の変化、50%以上で痙攣や不整脈、70%以上で致死的とされています[1]。

 血液検査(血液ガス)でメトヘモグロビンを測定することで診断することができます。

メトヘモグロビン血症の原因はさまざま

 メトヘモグロビン血症の原因は様々です。先天性の病気で、生まれつき還元酵素がない場合もありますが、多くは薬剤や化学物質による中毒性のものとされています。その一つが今回注目されている亜硝酸塩(硝酸塩を含む井戸水、硝酸肥料工場など)です。また、新生児の病気の中には肺高血圧症という病気がありますが、その特効薬的な治療としてNO吸入療法がおこなわれています。非常に有効な治療ですが、この治療に際して、まれにメトヘモグロビン血症になることが知られており、注意して治療することが求められています。

 メトヘモグロビン血症は今の日本で決して多い病気ではありません。ただ、以前の論文を確認すると、時々報告されています。1996年の論文には、わが国では過去50例報告がある、と記載されています[2]。特にフェナセチンという解熱剤が原因のケースが多かったようです。なお、この解熱剤は副作用が多く、H13に厚労省が供給停止の指示を出し、現在は使用されていませんので、ご安心ください。

なぜ井戸水の硝酸塩で起きるのか?

 今回の原因かどうかは分かりませんが、井戸水の硝酸塩とメトヘモグロビン血症の関連は以前から指摘されています。

 硝酸塩は体に入ると、消化管内で腸内細菌の働きにより亜硝酸塩に変換されます。亜硝酸塩は酸化力が強く、ヘモグロビンを酸化してメトヘモグロビンに変えてしまいます[3]。そのため硝酸塩を大量に含む井戸水はメトヘモグロビン血症を起こす可能性があります。日本では水質調査もしっかり行われているため飲料水による報告は少ないですが、過去にないわけではありません。

 例えば調乳に用いた井戸水に含まれる硝酸塩が原因でメトヘモグロビン血症を起こした症例が1996年に報告されています [2]。このケースでは生後5日目に産院を退院後、自宅に帰ってから井戸水を煮沸して調乳した人工乳を与えていたところ、数日後からチアノーゼと哺乳低下、体重増加不良となり、病院でメトヘモグロビン血症と診断されています。水質調査を行ったところ、井戸水の硝酸塩の濃度が高いことが分かりました。

 この例でもお分かりいただける通り、硝酸塩は煮沸しても分解されません。つまり煮沸しているから大丈夫というわけではない点には注意が必要です。

生後3か月以内の乳児で起こりやすい

 ところで今回は新生児の赤ちゃんが発症しました。メトヘモグロビン血症は、成人でも起こらないわけではなく、2019年に69歳の女性が薬剤をきっかけに発症した事例が報告されています[4]。ただ、報告の多くは乳児例です。

 実はこの病気は乳児に起こりやすいことが分かっています[1]。その理由は主に3つあります。

 1つ目の理由として、乳児では生理的にメトヘモグロビンをヘモグロビンに戻す還元酵素の活性が成人の50%程度と低いことが挙げられます。なお成人レベルに達するのは生後3か月くらいとされています[5](逆に言えば生後3か月以降は起こりにくくなります)。

 2つ目の理由は赤ちゃんのヘモグロビンの特徴にあります。お母さんのおなかにいるとき(胎児期)の赤ちゃんのヘモグロビンは胎児ヘモグロビン(HbF)といい、成人型ヘモグロビン(HbA)と少し異なります。出生後、胎児ヘモグロビンは減少し、1年ほどで成人型と置き換わります。つまり乳児期のヘモグロビンは胎児型と成人型が混在した状況です。そして、この胎児型ヘモグロビンは、成人型よりも酸化されやすい、つまりメトヘモグロビンに変化しやすいという特徴があるのです。

 3つ目の理由は、新生児期は胃酸がまだそこまで強力ではないことと関係があります。硝酸塩が体に入ると、腸内細菌が硝酸塩を亜硝酸塩に変換します。亜硝酸塩は酸化力が強く、ヘモグロビンをメトヘモグロビンに変えてしまいますが、その原因となる細菌が新生児の胃酸では退治されにくいため繁殖しやすいのです。

 同様の理由で、消化管の状態が思わしくない状況ではメトヘモグロビン血症は起こりやすく、下痢をきっかけに発症した乳児の例が数例報告されています[6]。最近では消化管アレルギーとの関連も報告されています[7]。

メチレンブルーという薬剤が治療に有効

 治療の第一はしっかり酸素を投与することです。ただ、そもそもメトヘモグロビンは酸素を運搬できないので、酸素投与だけでは不十分です。そこでメチレンブルーという薬剤を投与することが多いです。この薬剤はメトヘモグロビンを還元してヘモグロビンに戻す働きがあります。非常に有効な薬ですが、この薬を使っても改善しない重症の場合には血液透析や輸血が必要になることもあります。

うちの井戸は大丈夫?

 今回のニュースで、「うちの井戸水は大丈夫かな?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

 飲料水に硝酸塩が混じる理由として、千葉市の資料「水質検査結果書の見方」によると、「土壌中や植物体内、たんぱく質等の有機物に含まれる窒素分は、時間とともに亜硝酸態窒素から硝酸態窒素に変化していく」とあります。

 また、「この物質が多量に検出された場合は、窒素肥料、生活排水、糞(ふん)便などの混入等の影響が考えられる」とも記載されています。

 日本は水道が普及しており、飲料水を介してメトヘモグロビン血症が起こることは少ないです[2]。また井戸水も定期的に水質調査を行っており、この亜硝酸塩もチェックされていますので、それがクリアできていれば基本的にご安心していただいて大丈夫かと思います。

 まだまだ分からないこともあるため、推測に基づいていいかげんなことは言えませんが、あまり馴染みのない「メトヘモグロビン血症」という名前で不安になった方もいらっしゃるかと思い、一般的な内容をまとめてみました。

 なお、今回の執筆にあたって、多くの新生児科医の先生方からご助言をいただきました。この場をお借りして心よりお礼申し上げます。

<参考文献>

1)Rev Bras Anestesiol.Nov-Dec 2008;58(6):651-64.

2.田中淳子ほか.小児科臨床,1996.49(7):1661-1665.

3.Gastroenterology.1988 Apr;94(4):915-22.

4.松尾美央子.耳鼻と臨床, 2019. 65(2):70-72.

5.大鹿栄樹ほか.小児科臨床,1987.40(2):325-330.

6.奥間稔ほか.小児科臨床,1994.47(9):2064-2068.

7.新居育世ほか.日本新生児成育医学会雑誌,2020.32(2):427-430.

佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医

小児科専門医。2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急と渡航医学。日本小児科学会広報委員、日本小児救急医学会代議員および広報委員。日本国際保健医療学会理事。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約40万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞、21年「上手な医療のかかり方」大賞受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2022大賞受賞。

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