ロシアの提示した原子力推進の核魚雷と核巡航ミサイルの意味
3月1日にロシアのプーチン大統領は一般教書演説でロシア軍の新兵器6種類の存在を公開しました。
- 大陸間弾道ミサイル 「サルマート」
- 空中発射弾道ミサイル 「キンジャール」
- 戦闘用レーザー砲 「ペレスヴェート」
- 極超音速滑空ミサイル 「アヴァンガールト」
- 原子力推進無人潜水艇(核魚雷) 「ポセイドン」
- 原子力推進巡航ミサイル 「ブレヴェスニク」
(このうち「ペレスヴェート」「ポセイドン」「ブレヴェスニク」は発表時点で名称が決まっておらず、この後にインターネット投票の公募で名称が決定)
「サルマート」は旧式化した大陸間弾道ミサイル「ヴォエヴォダ」の更新用、「キンジャール」は極超音速ミサイルと紹介されましたが実態は単なる空中発射弾道ミサイルです。「ペレスヴェート」は小型ドローンや迫撃砲弾を迎撃する目的のレーザー砲で他国でも同種のものが既にあります。「アヴァンガールト」はソ連時代から開発が続く極超音速滑空ミサイルでこれまで別の計画名の4202計画やアルバトロース計画として知られており、その研究成果を引き継いだ集大成として遂に実用化されたと受け止められています。
しかし残る二つ、核弾頭を搭載可能な原子力推進無人潜水艇「ポセイドン」と原子力推進巡航ミサイル「ブレヴェスニク」は本当に開発しているのか実在が疑われています。まるで冷戦時代初期に検討され開発が始まったものの実用性が無いと放棄された遺物が突然復活したかのような計画で、他国どころか自国ロシアの研究者からも戸惑いの声が出ています。
原子力推進無人潜水艇「ポセイドン」は本当に核魚雷なのか
ロシア国防省公式より原子力推進無人潜水艇を用いた海洋多目的システム
実はポセイドンについては3年前の2015年に伏線と呼べる出来事がありました。
BBCニュース - ロシアが巨大核魚雷を開発中? テレビで「誤って」放送 (2015年11月13日)
しかしこの出来事はあまりにもわざとらしく、偶然を装った意図的なリークだろうという見方が当時から大勢を占めています。この時に判明した巨大核魚雷「海洋多目的システム:ステータス6」という名前は、2018年2月に発表されたアメリカ軍の核態勢見直し(NPR)でもロシア軍が開発している恐れがある新兵器として言及されました。その翌月にロシアは「原子力推進無人潜水艇を用いた海洋多目的システム」の開発計画を公表し、名前を公募で決めて「ポセイドン」と名付けたのです。同時に公開された動画からポセイドンは核弾頭搭載可能で自爆攻撃が可能な無人潜水艇として紹介されています。
ポセイドンは一見すると冷戦時代に計画された「戦略核魚雷T15」が復活したかのようです。まだ大陸間弾道ミサイルが実用化できていなかった冷戦時代の初期に、戦略爆撃機以外の核運搬手段として潜水艦用の戦略核魚雷T15がソ連で提案されました。小型化できていなかった当時の核弾頭を収めるためにT-15は直径1550mm、全長2355cmという超大型魚雷でしたが、それでも当時の技術力ではこれに収まる原子力推進機関を作ることができずに電動推進を採用したので射程は数十km程度となり、防備の厚い敵国本土沿岸へ肉薄攻撃に向かう潜水艦の生存性は期待できず、計画は中止となっています。
ポセイドンは戦略核魚雷のコンセプトを原子力推進とすることで問題を解決した・・・しかし果たしてそれはどうなのでしょうか。原子力推進ならば無限に近い航続力を得て確かに母艦の安全性は確保されます。それどころか母艦自体が必要ありません。しかしポセイドン自身の生存性はどうなるのでしょう? 無人である以上は撃破されても問題が無いので数を用意して突破を図ることになりますが、確実性の低い攻撃方法です。大陸間弾道ミサイルの無い時代ならともかく、今の時代に冷戦時代初期の発想を復活させる必要性は低いように思えます。もし実用的な成功率を見込むならば大量配備を行い、核軍縮条約を破棄して大量の核弾頭を用意して積み込む必要があるでしょう。
しかし多目的システムとあるように核攻撃は主任務ではない可能性があります。主な運用は偵察情報収集任務を想定していて、核弾頭は搭載が可能であるというだけで核攻撃任務は本気ではないのかもしれません。核弾頭が小型化できる今の時代ならたとえ小型漁船にだって核は積むことができます。核搭載できるぞと匂わせるだけで相手を混乱させたり疑心暗鬼に追い込む情報戦こそが目的である可能性を否定できません。つまり偵察用の原子力推進無人潜水艇ポセイドンは確かに在るかもしれないが、戦略核魚雷としてのポセイドンは実態が無いのではないか、とも思えます。(※2018年7月20日追記。ロシア国防省より新たに公開された動画からポセイドンは正真正銘の戦略核魚雷であることが判明、無人潜水艇のCGは欺瞞情報だった模様)
原子力推進巡航ミサイル「ブレヴェスニク」はまだ存在しない
ロシア国防省より無限の航続力を持つ原子力推進巡航ミサイル
原子力推進無人潜水艇「ポセイドン」は新技術を必要とする要素があまり無いので作ろうと思えば技術的ハードルは低いでしょう、数多く作られてきた潜水艦用原子力推進システムを小型化すればよいだけです。しかし原子力推進巡航ミサイル「ブレヴェスニク」については未だどの国も実用化したことが無い原子力ジェットエンジンを開発しなければ実現不可能であり、存在自体が疑われています。それも西側の著名研究者からだけでなく身内のロシア人研究者からもです。
ロシアの宇宙政策研究所イワン・モイゼフ所長は原子力推進巡航ミサイルについて「その様なものは今現在存在しない」、ドイツ・ミュンヘン工科大学のロケット研究者ロバート・シュマッカー博士は「近い将来にも開発することはできない」と否定的です。シュマッカー博士は原子力推進巡航ミサイルどころか極超音速滑空体アヴァンガールトにも懐疑的で、実用化は疑わしいとしています。
冷戦時代初期で大陸間弾道ミサイルの実用化がまだだった頃に、アメリカとソ連は大陸間巡航ミサイルを配備しました。これに加えて1950年代にアメリカでは原子力推進大陸間巡航ミサイル「プルート」計画が始動します。プルートは直接サイクル方式の原子力ジェットエンジンを搭載して吸い込んだ空気を原子炉の炉心で直接過熱し、放射性物質を撒き散らしながら飛行する悪夢のような兵器でした。これは大陸間弾道ミサイルの実用化で無用となり計画は中止され、大陸間巡航ミサイルというジャンルごと消え去ることになります。
一方ロシア(ソ連)はこの当時に巡航ミサイルの原子力推進化は計画しておらず、戦略爆撃機用の原子力ジェットエンジンと宇宙ロケット用の原子力ロケットエンジンを研究していましたが、巡航ミサイル用の小型原子力ジェットエンジンの開発計画はありませんでした。つまりブレヴェスニクにそのまま応用できる研究を行った実績がありません。宇宙政策研究所のイワン・モイゼフ所長が原子力推進巡航ミサイルなど今現在あるわけがないとしたのは、アヴァンガールトと異なり必要な技術を研究してきた下積みが無いブレヴェスニクがいきなり作れるはずがないという意味です。これから開発するというならおそらくどんなに早くても10年は掛かるでしょう。
そして、そもそも原子力推進巡航ミサイルは役に立つ兵器となり得るでしょうか? 発想としては冷戦初期の代物です。無限の航続力を持ち何度でも迂回機動を行い予想も付かない方向から奇襲攻撃を行いやすいとしても、この兵器は極超音速を発揮できず、一旦捕捉されてしまうと従来の迎撃兵器であっても容易に撃墜されてしまいます。攻撃成功率を上げるためには大量の配備を必要とし、核軍縮条約を破棄しなければなりません。
単なるハッタリなのか、それとも将来への警告なのか
原子力推進核魚雷と原子力推進巡航ミサイルについて「実体の無いハッタリの計画である」と決め付けることは容易です。しかしこれは単なるハッタリではなく、たとえ今は本気で開発する気が無くても遠い将来に向けた警告なのかもしれません。現在のアメリカの弾道ミサイル防衛構想は冷戦時代のSDI計画に近付き核抑止力のバランスを崩してしまう、そのような懸念をロシアは抱いているのではないでしょうか。
- SDI(戦略防衛構想)・・・敵超大国の大陸間弾道ミサイルを全面的に迎撃
- ABM条約・・・大陸間弾道ミサイルの迎撃用対空ミサイル(核弾頭型)配備制限
- TMD(戦域ミサイル防衛)・・・ならず者国家の中距離弾道ミサイルまでを迎撃
- BMD(弾道ミサイル防衛)・・・TMDに加え、ならず者国家の大陸間弾道ミサイルを迎撃
TMDはならず者国家の中距離弾道ミサイルまでを通常弾頭で迎撃する構想で、アメリカとロシアはお互いに話し合いABM条約からTMD用の迎撃ミサイルを制限から除外する予定でいました。二大国はお互いの核抑止力に影響しない範囲で弾道ミサイル防衛システムを配備する気だったのです。
1997年に米露が合意していた弾道ミサイル防衛 - Y!ニュース
しかし北朝鮮が大陸間弾道ミサイルを実用化することが確実視されるに至りアメリカ本土防衛用の迎撃ミサイルを新たに配備する決断を強いられ、アメリカはABM条約の改正ではなく破棄を選択します。それでもアメリカはロシアとの核抑止力のバランスに配慮して、ロシアの大陸間弾道ミサイルを迎撃できるような性能や数量の本土防衛用迎撃ミサイルは配備しない方針を現在も続けています。ただしこの方針が何時まで続くか保証がありません。最近になってイランが弾道ミサイルの多弾頭化技術を手にしたことが確認され、アメリカは迎撃体の多弾頭化で対抗しようとしています。イランは迂闊に国際政治問題化しないように弾道ミサイルの射程を西ヨーロッパに届かない2000km以下に制限していますが、いざとなれば長射程化したミサイルに多弾頭化技術を組み合わせるでしょう。そして北朝鮮も何時かは同じ技術をものにします。ならず者国家のミサイル技術が上がればアメリカの弾道ミサイル防衛の技術も上がっていき、そうなれば何時かはロシアの大陸間弾道ミサイルに対抗できるようになるかもしれません。
そこでロシアは弾道ミサイルの戦略的価値が大きく低下した場合の遠い将来の核兵器の姿として、弾道ミサイル以外の戦略兵器を全世界に示したかったのではないでしょうか。冷戦終盤のSDI対策として西側にも存在が知られていた極超音速滑空ミサイルであるアヴァンガールトだけでもその役割は果たせそうには思えます。しかしアヴァンガールトはミサイル防衛で全く対抗が不可能な無敵の兵器というわけではなく、THAADの改良型である程度の対抗ができると既に提示されているので、更なるミサイル防衛の拡充を招きかねません。だから弾道ミサイル、弾道ミサイル防衛とは全く関係無い戦略核兵器である戦略核魚雷と原子力推進巡航ミサイルを提示したかったと筆者は想像します。もしもアメリカがアヴァンガールトへの対抗を本気で行い始めた場合に、冷戦初期の核兵器開発競争と核弾頭量産の時代を思い起こさせるために。