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「新型コロナにかかっても多くの人は"軽症"で済む」の"軽症"に関する大きな誤解

倉原優呼吸器内科医
(写真:アフロ)

デルタ型変異ウイルスの猛威

デルタ型変異ウイルスにより、関東を中心に多くの新型コロナ患者さんが発生しています。緊急事態宣言下ではありますが、これまでの緊急事態宣言ほど効果的な人出の減少はみられていません(図1)。携帯電話の位置情報に基づくデータによれば、去年の同時期に比べてまだまだ多い状況です。

図1. 時間帯別主要繁華街滞留人口の日別推移:東京(資料1より)
図1. 時間帯別主要繁華街滞留人口の日別推移:東京(資料1より)

新型コロナに対してではなく、緊急事態宣言に対して集団免疫がついてきたのかもしれません。

現在、中高年層~若年層を中心に感染が広がっています。これにより関東の病床が逼迫しつつあります。今のこの瞬間も、華やかな祭典の裏で、汗水流して新型コロナと向き合っている医療従事者がいます。

新型コロナに感染しても軽症で済むことが多く、そこまで重症化しない」ということから、油断している人が増えている印象です。確かに、以前から新型コロナの約8割は軽症で終わることが示されています(2)(ちなみに海外の軽症は、日本のそれとほぼ同じ定義です)。

ここで気になるのは、「軽症で済む」というのが一体どのように認識されているか、ということです。

この女性は「重症」?

架空の事例ですが、以下のような患者さんを想像してみてください。

例:40歳女性。3日前から40度の発熱と咳があり、次第に食事が摂れなくなってきた。病院で新型コロナPCRを検査したところ陽性だった。呼吸困難や肺炎はなく、酸素投与の必要はないが、高熱と咳による脱水がひどく、点滴が必要な状態だ。

photoACより使用
photoACより使用

かなりしんどそうな女性ですね。入院して点滴しないといけませんし、「重症」と感じる人もいるかもしれません。しかし、実はこれでも「軽症」に該当します。

もちろん、のどが痛い、鼻水が出る、低度の風邪症状も「軽症」に違いありません。しかし、新型コロナの場合、肺炎や酸素飽和度の低下がなければ、それも「軽症」に分類されます()。厚労省の手引き(3)では、厳密には「呼吸器症状なしあるいは咳のみで呼吸困難なし(いずれの場合であっても肺炎所見を認めない)」と記載されています。

表. 新型コロナの重症度(筆者作成)
表. 新型コロナの重症度(筆者作成)

経過中、肺炎が出てくると「中等症」に移行し、場合によっては抗ウイルス薬やステロイドなどでの治療が必要になるかもしれません。シューシューとマスクから酸素が流れて、ベッドで点滴されている新型コロナの患者さんについても、一般の人はほとんどが「重症」と認識していますが、これは「中等症」です。

集中治療室で人工呼吸器などの機械を装着しないと生命が維持できなくなると、初めて「重症」に分類されます。「重症」というのは、基本的に「生きるか死ぬか」というレベルなので、「当人がしんどいかどうか」という観点はあまり関係ありません。

■参考記事:新型コロナの「重症化」とは? 人工呼吸器を装着したら、実際どうなるのか?(URL:https://news.yahoo.co.jp/byline/kuraharayu/20210504-00235518

一般の人と医療従事者の認識の差

アメリカのジョージタウン大学医学部内科助教の安川康介医師(Twitterアカウント:@kosuke_yasukawa)が発信された図がとても秀逸です(図2)。個人的に彼にお願いして、画像をここで紹介させていただけることになりました。

図2. 新型コロナの重症度についての認識(安川康介医師の厚意により提供[Twitterアカウント:@kosuke_yasukawa])
図2. 新型コロナの重症度についての認識(安川康介医師の厚意により提供[Twitterアカウント:@kosuke_yasukawa])

緊急事態宣言下でも「軽症で済むから」という理由で若者が街中に繰り出す姿を見ると、医療従事者と一般の人の間の認識の差はまだまだ大きいのだなと感じます。実際、入院してきた患者さんに「あなたは軽症に該当します」と伝えると、「えっ!こんなにしんどいのに!?」と言われることが多いです。

そのため、「軽症で済む」という言葉そのものが、新型コロナの「軽症」をかなり見くびっていると言わざるを得ません。軽症の新型コロナとワクチンの副反応を比べたら、後者のほうがはるかにマシです。

写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

ワクチンがまだ十分行き届いていない中で夏季休暇に入り、「去年帰省できなかったから今年こそは」という理由で都市部から地方に移動すると、そこで新型コロナを拡散させてしまうリスクがあります。

高齢者でない世代にまだ新型コロナワクチンは行き届いていません。第5波をどれだけ低くおさえられるかは、ワクチンを受けていない世代の夏の行動にかかっていると思われます。

(参考)

(1)主要繁華街の滞留人口モニタリング < 2021/07/17 までのデータ >. 2021年7月21日 厚労省ADB会議提供資料. (URL: https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000809581.pdf

(2) Wu Z, et al. JAMA. 2020 Apr 7;323(13):1239-1242.

(3) 新型コロナウイルス感染症(COVID−19)診療の手引き・第5.1版(URL:https://www.mhlw.go.jp/content/000801626.pdf

呼吸器内科医

国立病院機構近畿中央呼吸器センターの呼吸器内科医。「お医者さん」になることが小さい頃からの夢でした。難しい言葉を使わず、できるだけ分かりやすく説明することをモットーとしています。2006年滋賀医科大学医学部医学科卒業。日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医・代議員、日本感染症学会感染症専門医・指導医・評議員、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会結核・抗酸菌症認定医・指導医・代議員、インフェクションコントロールドクター。※発信内容は個人のものであり、所属施設とは無関係です。

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