マイクロソフトはなぜ8兆円もかけて大手ゲーム会社を買収したのか
米マイクロソフト(MS)が、ゲームソフト大手の米アクティビジョン・ブリザードを約8兆円で買収すると発表し、ゲームの歴史上で最大規模の買収は大きな話題になっています。背景を考察します。
◇任天堂を抜いてソニーに並ぶ?
MSのリリースの趣旨は以下の通りです。
・MSが、アクティビジョン・ブリザードを買収。
・買収額は687億ドル(約8兆円)で2023年度までに完了予定。
・完了後は、世界第3位のゲーム会社になる。
アクティビジョン・ブリザードは、売上高が約7000億円規模の世界的なソフト会社です。
ゲーム企業の年間売上高ですが、ソニーグループのゲーム事業が売上高2兆円弱、任天堂が約1兆3000億円、マイクロソフトのゲーム事業が約1兆2000億円で、それに次ぐ規模となります。売上高7000億円の日本企業といえば、ゲーム以外にもアニメや玩具事業を展開するバンダイナムコホールディングスの規模です。
アクティビジョン・ブリザードの看板ソフトですが、「ウォークラフト」や「ディアブロ」「オーバーウォッチ」「コール・オブ・デューティ」「キャンディクラッシュ」などがあります。
買収後のMSのゲーム事業は(単純合算になりますが)売上高が1兆9000億円となります。任天堂を抜き、ソニーのゲーム事業にほぼ並ぶのです。ちなみに1位は中国の騰訊控股(テンセント)で、同社のゲーム事業は2兆5000億円といったところでしょう。
◇目立つ買収 日米中の思惑交錯
世界のゲーム市場は約20兆円。半分はスマートフォンが占め、残りを家庭用ゲーム機とPCが分け合います。ゲーム機やスマートフォンの高性能化に伴い、ソフトの開発費が高騰。開発費を回収するために、世界中で売れるキラーコンテンツが求められている実情があるのです。
そのためには企業体力が不可欠で、自社で有力コンテンツを保有することがカギを握ります。そのため近年は買収が目立っていました。つい先日、ゲームソフト大手の米テイクツー・インタラクティブ・ソフトウエアが、モバイルゲームの米ジンガを約1兆5000億円で買収。2020年秋にはMSが、有力ゲーム会社「ベセスダ・ソフトワークス」を傘下に持つ「ゼニマックス・メディア」を約8000億円で買収しました。
ソニーも金額を非公表としながらも、ソフト会社を買収しています。さらに人気ゲーム「フォートナイト」の米エピック・ゲームズに出資。ちなみにエピックはテンセントからも出資を受けています。日米中でさまざまな思惑が交錯しているわけです。
◇未来の事業に向けての布石
そしてMSですが、もちろんソニーへ対抗する意味もあるでしょうが、これだけの巨額投資はゲーム事業にとどまらないからでしょう。MSはソニーとクラウドゲームのソリューション開発で提携しており、単純なライバル関係でありません。買収といえば「コンテンツの囲い込み」を想像するのですが、そうとは限りません。世界的大人気ゲームの「マインクラフト」はMSの手にありますが、ソニーや任天堂のゲーム機で遊べるように、ケース・バイ・ケースといえるでしょう。
むしろMSの目的は、アップルやグーグルなどが進めるクラウドゲームへの対抗、メタバースを含めた未来の事業に向けての布石といえそうです。そうであれば8兆円の「投資」の意味も通ります。また有力なコンテンツを握り、自社の有料ネットワークサービス「XBOX GAME PASS」の会員数を増やしておけば、先々のビジネスが優位に進むからです。
買収は企業規模・価値を高めるために有力な手段ですが、もろ刃の剣です。古い話で恐縮ですが、ソニーは1989年にコカ・コーラ社のコロンビア映画(現ソニー・ピクチャーズ・エンターテインメント)を約4000億円で買収。そして松下電器産業(現パナソニック)が約7800億円を投じてユニバーサルを傘下に抱えるMCAを買収します。しかし、両社とも映画事業はかなりの赤字となり、松下は1995年に手を引きます。一方のソニーは赤字でもしぶとく続け、何とか黒字反転に成功して今に至るわけです。巨額の買収は、失敗したときの痛手も大きくなります。
なお昨年、アクティビジョン・ブリザードは、経営者による従業員へのセクハラが表面化して問題になっています。開発力に定評のある同社ですが、そういう“弱点”があるわけです。そして問題の水面下の買収が進んでいたとすると、それはそれで味わい深いものがあります。
MSの全体の売上高は約18兆円(ソニーグループの2倍近く)で、純利益は約7兆円になります。そう考えるとアクティビジョン・ブリザードの買収も許容範囲かもしれませんが……。買収が成功なのかは、数年後のMSの業績次第といえそうです。