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「フクシマ」を反原発のシンボルにしてはならないワケ

木村正人在英国際ジャーナリスト

鉄1キロと綿1キロ、どちらが重い

[福島県相馬市]「鉄1キログラムと綿1キログラムを比べてみて、鉄1キログラムの方が重いと思う人が少なくないかもしれません」

「東日本大震災による福島第1原発事故から約4年半、放射能を正しく怖れようと情報の開示や知識を広めることに努めてきました。しかし、人間の感覚を頭から否定してはいけないなと最近、考えるようになりました」

相馬中央病院の越智小枝内科診療科長(筆者撮影)
相馬中央病院の越智小枝内科診療科長(筆者撮影)

福島第1原発から直線距離で約45キロメートルの相馬中央病院(福島県相馬市)で越智小枝内科診療科長はこんなたとえ話を持ちだした。綿の方がふわふわしているから鉄の方が重いと感じる人もいるかもしれないが、鉄も綿も1キログラムだから同じ重さと答える人もいるだろう。

越智先生は最近、非科学的に見えても人間の感覚を否定してはいけないと自分を戒めるようになった。

出生率の伸び率が全国1になった福島県

福島県の合計特殊出生率(筆者作成)
福島県の合計特殊出生率(筆者作成)

越智先生を訪ねたのには理由がある。2014年人口動態統計月報年計(概数)で全国の出生数が過去最少となる中、福島県の合計特殊出生率は2002年の1.57を13年ぶりに上回る1.58を記録し、前年比の伸び率は0.05ポイントと全国で最も高い伸びとなった。その理由を知りたかったからだ。

都道府県別にみた第1子出生時の母の平均年齢を2003年と13年で比較してみると、福島県がいずれも全国の中で一番低い。東日本大震災や福島第1原発事故がなければ、福島県の合計特殊出生率は確実に全国のトップクラスになっていただろう。

「放射能に対する不安心理は弱まってきています。しかし、不安な人はまだいます」と越智先生は言う。福島県の合計特殊出生率が回復してきたのは、震災後、18歳以下の医療費を無料にしたことに加え、甲状腺検査などで放射能汚染の不安が少しずつだが、取り除かれてきたことも一因している。

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厚生労働省資料より抜粋

逆に東京都の第1子出生時の母の平均年齢は断トツに高い。その東京に人口が集中しているのだから、日本の人口減少は進んで当然と言える。東京都と福島県は両極端をなしているが、実は日本が抱える人口減少問題の写し絵になっているのだ。

安心できるレベルになった相馬市、南相馬市の被ばく状況

相馬市は昨年9~11月、相馬市民2051人を対象にガラスバッチ(外部から被ばくする放射線を測る装置)による測定を実施した。

その結果、市の設定した年間推定追加外部被ばく線量の目標値(1.6mSv/年)を超えたのは0.1%(1.8~2.0 mSv/年が2人)で、残り99.9%は1.0 mSv/年以下。mSvはミリシーベルト。外部被ばくは健康に影響を及ぼすとは考えられない程度に十分低減されていた。

相馬市のデータより筆者作成
相馬市のデータより筆者作成

測定は震災のあった2011年から毎年行われているが、外部被ばくの状況は年々改善されている。

同

では内部被ばくはどうか――。

2013年4月~14年1月にかけ、相馬市の相馬中央病院や公立相馬総合病院で相馬市民6981人を対象にホールボディーカウンターを使用して検診が行われた。

ホールボディカウンターは体内の放射性物質を体外から計測する装置で、セシウム134と137を測定する。装置の検出限界は250ベクレル/ボディ。体重60キログラムの人だと約4ベクレル/キログラムということだ。

この装置でセシウム134と137が検出されない場合、常時被ばくがあったとしても、年間約0.01mSv以下ということになる。

検診の結果、検査月別のセシウム検出率は、高校生以上(赤線の折れ線グラフ)は0~4.8%まで低下、中学生以下(緑色の折れ線グラフ)も0~0.3%と非常に低い状況を維持していた。

相馬市の資料より抜粋
相馬市の資料より抜粋

国の定める年間1mSvの被ばく量に比べ、2桁以上低い値を維持しており、慢性的な内部被ばくは極めて低く抑えられていた。

相馬市より福島第1原発に近い南相馬市でも同じような状況が確認されている。昨年10月から今年3月にかけ南相馬市民5377人を対象にした検診では、放射性セシウムが検出されたのは高校生以上(青色の折れ線グラフ)0.5%、中学生以下(赤色の折れ線グラフ)0%だった。

南相馬市のHPより抜粋
南相馬市のHPより抜粋

高校生以上より中学生以下の方が検出率が低くなっているのは、子供の方がセシウムの排泄速度が早く、親が子供の食事に気を使っていることが考えられる。

ホールボディーカウンターによる体内汚染の検査結果から見ると、放射線で汚染したキノコや山菜類、イノシシなどの天然食材を食べ続けるようなことはせず、市販されている食品を食べ、普通に生活を続けている限り、体内汚染は十分に低く押さえられることがわかる。

災害をポジティブにとらえる

2013年11月に相馬中央病院にやってきた越智先生はこう語る。

「私のような震災後に外からやってきた人の強みは、震災直後の一番悲惨なときを知らないことです。だから不幸に引きずられず、災害の正の遺産についてポジティブにとらえようと考えています」

反原発を主張する一部勢力は原発事故で被災した福島県をカタカナで「フクシマ」と表記し、「ヒロシマ」「ナガサキ」に次ぐ運動のシンボルに仕立て上げようとしている。100%の安全を証明するのは難しい。1%でも健康を害した人がいれば、嵐のような過激な反原発キャンペーンが吹き荒れる。

いま、相馬市や南相馬市の健康問題を考えた場合、放射能に限らず生活習慣病や運動不足など、もっと幅広くとらえた方が良くなってきている。「放射能を不安に思うことも、間違っていません。放射能が怖いと思っていたら、室内競技をやれば良い。別の方法で健康維持を図れば良いんじゃないかと思うんです」

科学的に根拠不明なデマ

しかし、「放射能を正しく怖れよう」という越智先生のような常識派はインターネット上の反原発原理主義者からは「政府の御用学者」と一斉攻撃を受ける。そして炎上。多くの人が科学的に根拠不明なデマを信じてしまっているのが悲しい現実だ。

しかし考えてみてほしい。電力の生産地の福島県と消費地の東京都は先にも述べたように日本の未来を考える上で表裏一体の関係にある。福島県に「フクシマ」のレッテルをはることによる不利益はそのまま東京都の住民に跳ね返ってくる。

相馬市や南相馬市の放射能リスクは徹底した食品検査や継続した検診や測定で対処できるレベルに落ち着いてきている。

放射線量が非常に高いレベルにある浪江町や双葉町など「帰還困難地域」は残る。しかし、住民が帰還できる環境整備を目指す「避難指示解除準備区域」、将来的に住民の方が帰還しコミュニティを再建することを目指す「居住制限区域」では近い将来、相馬市や南相馬市の経験が必ず生きてくる。

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福島県放射能測定マップ

「原発事故」「放射能汚染」「フクシマ」「反原発」というパブロフの犬的条件反射を刷り込もうとインターネット上に過激な書き込みが氾濫する。その情報に飛びつく前に、希望という名の明日を信じるのか、それとも恐怖に取り憑かれるのか、どちらを選択するか自分に問い直してほしい。

鉄1キロと綿1キロのどちらが重いという質問に対する答えは、条件によってきっと変わってくるはずだ。

グーグル・マイマップで作成
グーグル・マイマップで作成

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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