パッキアオvsサーマンに厳格な薬物検査は実施されず。前座であのネリが登場する怪
今夏の注目マッチ、6階級制覇王者マニー・パッキアオ(フィリピン)とWBAウェルター級“スーパー”王者キース・サーマン(米)の一戦が7月20日ラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナで行われる。アジアの英雄かつフィリピンの上院議員は1月、元複数階級王者エイドリアン・ブローナー(米)に大差の判定勝ち。PBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)との契約第1戦を飾った。
対するサーマンは度重なる負傷による2年近いブランクを経てパッキアオと同じ1月リングに上がり苦戦ながらも王座防衛。フロイド・メイウェザーが去った後、一時ウェルター級最強の呼び声が高かった強豪だ。空白期間で下降した名声復活と実力アピールをこの試合に懸ける。設定は“レギュラー”王者パッキアオがサーマンに挑戦するかたちだが、両者の実績からプロモーション的に「パッキアオvsサーマン」と記される。
ネバダ州コミッションが検査
予想賭け率がややサーマン有利と出ている団体内(WBA)の統一戦。一昨日、米国のボクシング専門サイト、ボクシングシーン・ドットコムが報じた記事が衝撃を与えている。近年、ビッグマッチ前の常識となっているVADA(ボランティア・アンチ・ドーピング協会)による薬物検査がこの試合を目玉にするイベントで採用されなくなったのだ。
ラスベガスに本部を置くVADAはオリンピック・スタイルに比肩する厳格な薬物検査を実施することで知られ、世界最大規模の管轄団体WBCをはじめ、各タイトル承認団体は同協会を“御用達”としている。最近の例ではヘビー級統一王者アンソニー・ジョシュア(英)に挑戦する運びだったジャーレル・ミラー(米)がVADAの検査でアウト。17年8月、山中慎介をストップしてWBCバンタム級王者に就いたルイス・ネリ(メキシコ)から違反物質が発見されたのも同協会のテスト。昨年メキシコのスーパースター、カネロ・アルバレスから違反薬物を検出したのもVADAの実績だった。
7月20日のイベントはNSAC(ネバダ州アスレチック・コミッション)が薬物検査を実施することになった。これまで同コミッションの検査でアウトになったボクサーも何人かいる。しかし米国メディアはVADAと比べNSACのテストは“ゆるい”と判断している。VADAと違い、抜き打ち検査を行うこともない。
信頼が厚いVADAのテスト
なぜ重要な試合を前にVADAは敬遠されたのか?ボクシングシーンの記事によると、VADAの首脳陣は口を固く結んでコメントを控えている。主要メディアを検索してみてもこの件に触れる媒体は多くない。5月、不利の予想を覆してIBF・WBA統一スーパーウェルター級王者に就いたジュリアン・ウィリアムズ(米)のトレーナー、スティーブン・エドワーズは「こういう件を深く追求すると著名ボクサーの取材がしにくくなるからだ」と明かすが本当だろうか。愛弟子のウィリアムズは「今後VADAの薬物検査を受けない選手とは対戦しない」と宣言し、話題となっている。
ウィリアムズのような“VADA信者”がいる同じPBCのイベントで、パッキアオvsサーマンが検査を回避する理由は何だろうか。一つは同協会の検査費用がハンパじゃないことが挙げられる。実例としてウィリアムズに準じる、WBAスーパーウェルター級“レギュラー”王者ブライアン・カスターニョ(アルゼンチン)のフランスで予定される防衛戦が開催困難に陥っている。入札で勝利したフランスのプロモーターが出費を渋っているためだ。VADAへ検査を委託したいカスターニョ陣営は困惑。指名試合のため、王者は今、ベルト剥奪の危機に瀕している。
10年前の真実
話を戻すと、パッキアオvsサーマンが発表された時点でVADAに依頼することは暗黙のルールだったようだ。薬物検査に関してサーマンはオリンピック・スタイルの厳しいテストに対して常にウェルカムの姿勢を貫いてきた。今回も拒絶することは考えられない。問題があるとすれば、パッキアオの方だというのが関係者たちの見方だ。
今までパッキアオがドーピング違反を犯したことはない。だが疑惑の目が向けられたことはある。
それは10年ほど前にさかのぼる。ちょうどメイウェザーvsパッキアオの究極カードが初めてクローズアップされた時期に重なる。米国メディアによれば、スポーツ専門ケーブルテレビESPNの名物解説者でトレーナーのテディ・アトラスがショッキングなコメントを発した。それは「パッキアオにごく近い側近者から電話連絡を受けた。彼は我々のチームの一人がメイウェザー陣営へe-mailを送り、もしパッキアオに薬物反応が検出されても我々はもみ消すことができる」というものだったという。
アトラス(今年ボクシング殿堂入り)はこの話題をフォローしなかったため、真相は闇に葬られたが、当時、執拗に厳格な検査をパッキアオに要求していたメイウェザーは疑惑をつのらせ、この時点で黄金カードは実現に向かわなかったといわれる。逆にメイウェザーは対決を回避した臆病者と呼ばれ、ファンから非難されてしまった。
保険をかけた?パッキアオ
今回、試合発表、プレゼンテーションからしばらく経過してサーマンがVADA及びそれに並ぶ厳格な検査は実施されない――と洩らしたと噂される。格上のスーパー王者のサーマンだが、Aサイド(主役)はパッキアオに譲る。今後の展開を想定してもスーパースター、パッキアオが勝った方がプロモーション的にも有益だろう。念願のビッグステージに立つサーマンが試合締結にあたり唯一譲歩した条件がVADAの検査をスルーすることだったのだ。
これだけでパッキアオが怪しい、クロだと断言することは難しい。しかし、あるメディアは「パッキアオがかけた保険」と表現する。サーマンはビッグネームとの力関係で合意せざるを得なかった。ちなみに同格と思われたメイウェザー戦でパッキアオはメイウェザーが要望したUSADA(米国アンチ・ドーピング機関)の検査に応じている。
悪童ネリはパヤノと対戦
さて同日のPPV(ペイ・パー・ビュー)カードの一つ、バンタム級12回戦でルイス・ネリがフアン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)と対戦する。もしかしたら将来、井上尚弥のライバルになるかもしれないネリと井上に70秒KO負けしたパヤノ。日本のファンにも興味深い顔合わせだ。
山中との2戦で薬物違反、体重大幅オーバーのスキャンダルを起こしたネリはWBCから6ヵ月のサスペンド処分を受けた後、昨年10月に復帰。3連勝3KOと好調を維持する。処分が解けた後もWBCの「クリーン・ボクシング・プログラム」に登録され、ランダムな検査を義務づけられている。その後支障ないことから以前のバッドボーイぶりは影をひそめている印象だが、WBCのプログラムで薬物違反が検出される頻度はVADAの検査と比べ極めて少ないとみなされる。
いずれにせよメイン(パッキアオvsサーマン)の動向で前座出場のネリがVADAの検査を免れるのはラッキーと言えそうだ。万が一、NSACのチェックで引っかかることになれば、これはもう手の施しようがない。一方、70秒とは言わないまでもスペクタクルな勝利を収めれば、汚名返上へと近づく。