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藤嶋健人の影に隠れた剛腕と離島生まれの強肩捕手がプロ入り狙う

高木遊スポーツライター
東邦高校時代の近久輝(東農大)。撮影:尾関雄一朗

 日本全国に26連盟ある大学野球で3部リーグの所属校から、もしプロ野球ドラフト会議での指名があれば、とても希少なことだ。ただそれが近久輝(ちかひさ・あきら)、白石翔樹(しらいし・しょうき)のバッテリーだった場合は「異例」とは謳われないかもしれない。

 というのも彼らが所属する東京農業大(以下、東農大)は、過去には片平晋作(元大洋など)、橋本武広(元西武)、現役のプロ野球選手でも松井佑介(オリックス)、陽川尚将、谷川昌希(ともに阪神)を輩出してきた明治43年創部の伝統校だからだ。

 しかし近年は「戦国東都」とも称される熾烈なリーグ戦の2部リーグでも低迷。昨秋の入替戦で敗れて今春は2003年春以来の3部リーグで戦うことになり、今年は春での2部復帰と秋での1993年秋以来の1部復帰を目指している。

 率いるのは、東農大北海道オホーツクキャンパス(関連記事)で侍ジャパンでも活躍する周東佑京(ソフトバンク)ら14人のNPB選手を輩出し、全国4強にも導いた経験のある就任3年目の樋越勉監督。チームの再建に加え「同法人からドラフト指名4名を目指します」とさらなる人材輩出に意気込んでいる。

東農大時代の現阪神・谷川昌希(筆者撮影)
東農大時代の現阪神・谷川昌希(筆者撮影)
東農大時代の現阪神・陽川尚将(筆者撮影)
東農大時代の現阪神・陽川尚将(筆者撮影)

最後の夏はベンチ外

 その4人というのが、東農大北海道オホーツクで自ら獲得に関わり彼らの1年時を指導した大型右腕の中村亮太、スラッガーのブランドン大河、そして指導して3年目になる東農大の近久と白石だ。

 近久は愛知・東邦高校出身。だが、同期に本格派右腕の藤嶋健人(中日)、今秋ドラフト候補に挙がる左腕・松山仁彦(東海大)らがいた。軟式のクラブチームに所属していた中学時代に最速139キロを投げていた近久でも入学当初は「凄すぎて(自分は)“終わった”と思いました」と感じるほどだった。

 それでも3年間歯を食いしばり最速147キロまで到達。2年秋に出場した明治神宮大会準々決勝の青森山田戦では先発を任されるまでになった。しかし春前に制球難となりセンバツ甲子園では未登板で敗退し、最後の夏はベンチ外。甲子園のアルプススタンドの応援で高校野球を終えた。それでも投手コーチが付きっきりで指導してくれたことや、山なりのネットスローを地道に行うなどして調子を取り戻して東農大進学を決めた。

 そんな経験があるからこそ信念は「続けることを大切に、途中で諦めずにやりきること」。不屈の精神とともに、インターネットで情報を取り入れた食事やウェイトトレーニングで体重は入学時の68kgから83kgにまで増量。球速も昨秋には153キロにまで到達した。

対馬生まれの天然素材

 捕手の白石は二塁送球が最速で1.7秒台を記録するほどのスローイングが大きな武器。捕ってからが速く強肩がより生かされる。

 生まれ育ったのは長崎県の離島・対馬。中学時代は小所帯の野球部で練習は土日のみ。その傍らでプレーしていたソフトテニスで県4強に入りインターハイを狙える高校から誘いも来たほどだった。

「でもやっぱり野球がやりたかったので」と大村工に進むと1年秋から正捕手に。野球に没頭するようになると身体能力がより生かされるようになり、3年春には長崎大会を制し九州大会に進出した。最後の夏は長崎商に0対1で敗れて県準優勝となり甲子園出場は叶わなかったが、東農大進学。福地日出雄前監督に1年春から正捕手を任された。

 樋越監督就任直後の春の序盤こそ三塁手や指名打者で出場していたが、リーグ戦途中から再び正捕手に。「相手の打撃を前から見ることができて、違った視点を持てるようになりました」と内野手の経験も生かし、以降は不動の正捕手となっている。

今秋のドラフト候補に挙がる東農大の近久輝と白石翔樹バッテリー(筆者撮影)
今秋のドラフト候補に挙がる東農大の近久輝と白石翔樹バッテリー(筆者撮影)

現実を受け入れ飛躍を

「負けたということは弱いということ、何かが足りない」(近久)

「それまでも3部との入替戦に何度も行っていたので何かを変えないといけなかった」(白石)

 そう語るように、ともに3部降格の現実を受け入れ冬場に鍛錬を積んできた。

 近久は「自信がないタイプなので、苦手なことを頑張ろう」と走り込みを例年以上に取り組んだ。また課題であった制球面も樋越監督が「リリースの際に、後ろ重心ではなく前で投げられるようになってきたし、考えも大人になってきました」と評するように改善。2月のキャンプで既に150キロに迫る豪速球を投げており、「まずは今春。2部に上がれるよう“勝てる投手”になりたいです」と意気込んでいる。

 白石は課題の打力向上に時間を割いた。アトランタ五輪日本代表銀メダリストの桑元孝雄コーチとともにスイング軌道を改善。武器であるスローイングもステップをさらに良くするために樋越監督がマンツーマンで指導にあたった。

 樋越監督は「右方向にも強い打球が飛ぶようになりましたし、スローイングもさらに良くなっています」と成長を実感。副主将も務めるだけに、白石は「チームに貢献することが一番。個人としては盗塁阻止率10割、打率.350、本塁打3本以上」とチームを牽引していくことを誓った。

 新1年生にも有望な選手が多数入部。樋越監督の「1部に行けるだけの素材、力はある」という言葉はまったく虚勢ではないだろう。

 3部降格により近久と白石にはもう大学野球で全国大会に出るチャンスは無い。だが、春の2部復帰、さらに秋の1部復帰という下克上の足跡を残すことができれば、東農大復活の機運が高まるだけでなく、自身の未来も大きく拓けていくのは間違いない。

岩倉出身の新1年生右腕・宮里優吾を指導する樋越勉監督。他にも東農大三の右腕・飯島一徹や山村学園の捕手・橋本大樹らプロ注目の選手たちが入学する(筆者撮影)
岩倉出身の新1年生右腕・宮里優吾を指導する樋越勉監督。他にも東農大三の右腕・飯島一徹や山村学園の捕手・橋本大樹らプロ注目の選手たちが入学する(筆者撮影)
スポーツライター

1988年10月19日生まれ、東京都出身。幼い頃から様々なスポーツ観戦に勤しみ、東洋大学社会学部卒業後、ライター活動を開始。大学野球を中心に、中学野球、高校野球などのアマチュア野球を主に取材。スポーツナビ、BASEBALL GATE、webスポルティーバ、『野球太郎』『中学野球太郎』『ホームラン』、文春野球コラム、侍ジャパンオフィシャルサイトなどに寄稿している。書籍『ライバル 高校野球 切磋琢磨する名将の戦術と指導論』では茨城編(常総学院×霞ヶ浦×明秀日立…佐々木力×高橋祐二×金沢成奉)を担当。趣味は取材先近くの美味しいものを食べること(特にラーメン)。

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