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「うずしお先生」事件で大阪地裁が懲役10年の判決、その朝、被告と妻は面会室で…

篠田博之月刊『創』編集長
裁判が行われた大阪地裁のある建物(筆者撮影)

性犯罪再犯防止団体の代表が性犯罪容疑で逮捕された衝撃

 11月16日、朝一番で大阪拘置所を訪れ、松本学被告に接見した。彼の妻と一緒だった。実はその日、午後1時半から、彼の裁判の判決が出される予定だった。

 裁判はもう1年以上続いているのだが、この事件は「うずしお先生」事件と呼ばれている。強制性交容疑で最初に逮捕されたのは2021年7月だった。ただ最初の逮捕事案件は不起訴となり、別の女性から被害届の出た3件で彼は起訴されていた。

 私は昨年7月にこの事件についてヤフーニュースに書き、大きな反響があった。逮捕直後に妻と一緒に接見した話を書いていたからだ。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20210722-00249334

「うずしお先生」事件で逮捕された性犯罪更生支援団体代表と妻との涙の面会に同席した

 なぜそれができたかといえば、実は松本被告は樹月(きずき)カインという筆名で前刑の服役中から月刊『創』に手記を書いていた。そして出所後も、性犯罪で社会復帰した人がどんなふうに更生していくか、ヤフーニュースでも何本かの記事を書いた。

 樹月さんは、服役中から性犯罪について、刑務所で治療プログラムを受けた体験をもとにいろいろなメディアで発言もしていた。さらに出所後、大阪を拠点に性犯罪更生支援の社団法人「さなぎの樹」を立ち上げていた。

「さなぎの樹」のホームページ(筆者撮影)
「さなぎの樹」のホームページ(筆者撮影)

 つまりこの事件は、性犯罪再犯防止のための活動をしている代表が、自ら性犯罪容疑で逮捕されたという衝撃の事件だった。大阪では新聞・テレビが追跡取材を敢行し、あるテレビ局は警察情報をもとに、被害者は200人にものぼるとまで報道していた。恐らくマッチングアプリに反応した人数を合算した数字で、これを被害人数と報じるのはどうなのかという気はするが、いずれにせよ特に関西では大きな事件として報道されていた。

心労から20キロもやせて車椅子生活に

 私は松本さんの更生を支援してもいたからこの事件には当然関心を持ってきたのだが、地理的要因から大阪地裁の公判を毎回傍聴することもできないまま、判決日に至ったのだった。ちなみに求刑は懲役12年だった。

 事件報道に当たっては公判をきちんと傍聴して取材するというのが私の基本だから、この裁判については立ち入って発言する資格が十分でないと思っている。しかし、いよいよ判決とあって、どうしても動かざるをえないと、前日から大阪を訪れていたのだった。

 この1年半で松本被告は20キロも体重を落とし、車椅子生活を余儀なくされている。判決公判の法廷にも車椅子で出廷した。その判決直前の接見とあって、被告も前日から眠れていないと言っていた。妻も何日も前から心労が重なっていた。

 ちなみに妻は逮捕後一貫してほぼ毎日接見し、夫を支えてきた。この妻の支えがなかったら被告も気丈にしてはいられなかったかもしれない。恐らく自殺の誘惑にかられたこともあったと思う。その日の面会室で被告は妻に「きょうまでありがとう。ようやくここまで来れた」と礼を言い、2人とも涙ぐんだ。夫婦を支えたのはキリスト教の信仰で、松本さんは出所後、教会へ通う過程で妻と知り合い結婚したのだった。

 その朝も面会室で互いにアクリル板越しに手をあわせて長い祈りを行った。

 さて午後1時半に開廷した裁判だが、冒頭に判決主文が述べられた。懲役10年、未決勾留320日が算入された。

「性癖の歪みは根深い」と判決文に

 報道されている事件の概要は、被告が2019年頃からマッチングアプリで「うずしお先生」と名乗り、援助交際希望の女性を求め、女性が返信すると、高額のお金を払う用意があると告げ、裸の自撮り画像などを送らせ、それをネタに女性を脅迫し、性的暴行を加えていたというものだ。

 ただ被告側は、被害者とされた女性とはある種のプレイを行ったもので、性犯罪にはあたらないと主張。裁判では一つひとつの事件について、事実関係の認定に多くの時間が割かれた。起訴された事件の被害女性3人は出廷し、証言もした。双方の言い分に違いはあったが、判決で裁判所は被害者の証言に信用性があるとして被告の主張をほとんど退けた。

 そのうえで、被告が懲役13年の前刑の出所後1年足らずで最初の犯行に及んでいることから、「性癖の歪みは根深い」として強制性交、強制わいせつ、脅迫の罪で懲役10年を宣告したのだった。

「危害を加えず女性に対する優越感を満たす」という動機

 裁判では事実認定をめぐる争いが中心で、松本被告の内面や背景に迫る審理があまりなされていない印象を受けた。被告は心理鑑定を受けて、内面分析や家庭環境の影響なども探られたのだが、それは裁判にはほとんど反映されていないようだ。

 公判の被告人質問で被告はこう証言していた。

「私の中ではもう性犯罪はできないし、しない、まあしないというよりは本当にできなくなってしまったというところはあったんですが、一方で、どこかで自分が優越していないと自分を保てなかったりするような部分とかもあって、そういうのを満たすために、犯罪じゃない方法で、相手にも危害を加えないで優越感を感じられるような方法を編み出してやってしまったというのが、今回の大きな動機なのかもしれません」

 裁判は被告の控訴によって高裁に移ると思われる。松本さんが性犯罪予防のための社会活動をしようと考えていたのは本気だったと私は今も考えている。それがどうしてこういう事態になってしまったのか。

 今後も可能な限りフォローしていきたいと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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