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イエメン:「無用の長物」と化す「正統政府」

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
本当は風光明媚ないいところらしいソコトラ島だが…(写真:ロイター/アフロ)

 2020年6月21日、アラビア半島の南方約350kmに位置するソコトラ島が、「南部移行評議会」の配下の部隊に制圧された。ソコトラ島は、独自の生態系のある世界遺産にも登録されている風光明媚なところらしいが、イエメン領である以上2014年以来の紛争の被災地の一つでもある。例えば、2018年には「正統政府」の統治を回復すると称して紛争に介入していたはずの連合軍の足並みが乱れ、UAE軍がソコトラ島に勝手に進駐し、連合軍を率いるサウジとちょっとした摩擦を引き起こした。

 イエメン紛争といえば、首都サナアを制圧し、その後サーリフ元大統領派を打倒したアンサール・アッラー(俗称はフーシー、ホーシー、フーシ、ホーシなど様々あるが、どれも対象をまじめに観察する気がないことを表明する蔑称なので、蔑称を用いる情報を読む時は「そういうもの」と思って読んだ方がよい)と、国際的に承認された政府ということになっているハーディー前大統領派との争いのように思われている。特に、アンサール・アッラーには「親イラン」という枕詞がつけられ、それに対抗してサウジやUAEがハーディー前大統領派を支援するという、宗派抗争なりイラン対他の何かなりという地域の覇権抗争であると考えられている。しかし、2011年~2012年にかけてのサーリフ元大統領の体制打倒のための抗議行動から、2014年の国際的な軍事衝突の本格化に至る過程を見ると、紛争の原因は権威主義体制を打倒した後どのように国政を運営するかという、イエメン国内の政治的権益配分や政治運営の体制づくりの失敗にあることも見逃してはならない。

 冒頭、ソコトラ島を制圧した勢力として言及した「南部移行評議会」も、イエメン国内における政治的権益配分が失敗したことによって紛争当事者として姿を現した勢力である。そもそも、イエメンは1990年の南北イエメン統一、1994年のイエメン内戦を経て、サーリフ元大統領が率いる旧北イエメンが旧南イエメンを屈服させた状況だった。そのため、旧南イエメンでは不満が鬱積し、分離独立派と称される運動が続いてきた。「南部移行評議会」はこの流れを汲むもので、イエメン紛争の現場では、アデンなどの南イエメンの要衝を制圧し、2020年5月には「自治」を宣言する等、「現場を制圧しているのは誰か」と考えた場合、イエメン紛争の重要当事者の一つとなってきた。今般のソコトラ島制圧のニュースは、「正統政府」のはずのハーディー前大統領派が現場を統制する能力を持っておらず、イエメン南部においても現地で力があるのが別の誰かであることを示す諸事例の一つである。

 現実の問題として、このような勢力分布は何年も前からはっきりしていたことである。そのため、イエメン紛争の「着地点」としては、(1)連邦制を導入し、ハーディー前大統領派を(あくまで名目的な)連邦政府とする。(2)アンサール・アッラーには海への出口(特にフダイダ港)を保障した上で北部の一角を制圧しているという既成事実を是認する。(3)イエメン南部については現地の政治勢力が管理する「州」なり「自治区」を設ける。といった姿が構想されていないこともない。アンサール・アッラーは、別に宗教的な信条に基づいて「親イラン」なわけではないので、上記のような権益が確保できれば「イランと不可分」のような振る舞いをするわけではなさそうだ、という見通しも有力である。

 イエメン紛争については、様々な調停の試みどころか一時的な停戦の働きかけもうまくいっていない。その要因の一部には、サウジが率いる連合軍の側に敵方を完全に打倒できないにもかかわらず「適当な落としどころ」を探る政治的意思と能力がないこと、その上連合軍の中でもサウジとUAEのように各々勝手に自国の権益確保に走る動きがあることを挙げざるを得ない。アンサール・アッラーを打倒したり屈服させたりする目途が立たない中でイエメン南部でも「正統政府」の統制が効いていないことがはっきりしており、「正統政府」のはずのハーディー前大統領派が「無用の長物」と化している現実は今や無視できない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会など。

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