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海の向こうの女ディープインパクトが連勝を伸ばしているのは「ある日本馬のお陰」だと調教師が語る理由。

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
豪州タイとなる25連勝と世界記録を更新するG1レース18勝目を挙げたウィンクス

 4月14日、オーストラリア、ランドウィック競馬場。

 この日、G1・クイーンエリザベスSを勝利したウィンクスはこれでオーストラリア記録に並ぶ25連勝。通算のG1勝利数は自身の持つ世界記録を更新する18個目となった。

 今回は同馬を管理するクリス・ウォーラー調教師に現地で時間をとっていただき、話を伺ってきた。

 その中で、同馬が連勝記録を伸ばせているのはある日本馬のお陰と、彼は言った。その日本馬とウィンクスは全く接点がないのだが、なぜ指揮官の口から語られたのか……。クリスのインタビューを紹介しつつ、衝撃のそのセリフも活字におこそう。

ウィンクスと管理するクリス・ウォーラー調教師(右)。写真は2016年、メルボルン地区フレミントン競馬場にある厩舎にて。
ウィンクスと管理するクリス・ウォーラー調教師(右)。写真は2016年、メルボルン地区フレミントン競馬場にある厩舎にて。

右回りもなんの、堂々の25連勝!!

 道中、最後方を進んだウィンクスが、コーナーでは大外を回りながらもグングンと進出。粘り込みをはかろうとするゲーロショを最後の直線で一気にかわし去った時は、大袈裟でなく“ドドーン!!”と音が聞こえた気がした。鳥肌が立つようなその末脚はディープインパクトを彷彿とさせるもので、手綱をとったヒュー・ボウマン騎手はレース後、この最強牝馬とのランデブーを次のように言ってのけた。

 「彼女の能力が他の馬より10~12馬身は抜けていることは分かっています。だから僕の仕事は楽なものでした」

 そのウィンクスを育てたのがクリス・ウォーラーだ。昨年、オーストラリア伝統のG1レース・コックスプレートの3年連続制覇を決めた同馬を、その後、休養させた。そして、この秋(南半球のため日本と季節が逆になる)、主戦騎手であるボウマンの騎乗停止が明けるのを待ち、臨戦過程を変更し、クイーンエリザベスSに出走してきた。

 「ヒュー(ボウマン)は彼女のことを最もよく知っているし、現在の状況で乗り替わりとなると新たに指名された騎手にも相当のプレッシャーがかかります。そうなればまともな騎乗ができるのか疑問符がつきますからね。それならばヒューが戻るのを待ってから使った方が良いと判断しました」

 結果、休み明けのチッピングノートンS、ジョージライダーSと連勝してここに臨むこととなった。

 「休み明けは90%。ひと叩きされた前走が95%。そして今回は100%のデキになっています」

 レース前、クリスはそう語った。

 ボウマンが常々「左回りの方が良いと思う」と言っている点について、調教師はどう思っているのかを問うと、次のように答えた。

 「確かに負けたレースは全て右回りなのでその可能性はあります。だけど元来2000メートル前後がベストのタイプなんです。左右の回り云々よりも、メルボルン地区(左回り)で走ったのは全て2000メートル前後だった点が大きいのかもしれません。今回は右回りといえ、2000メートル戦ですからね。何も心配はしていません」

 結果、その言葉に誤りがないことをウィンクス自身が証明してみせた。ハイランドリールも打ち負かしたことのある牝馬は、元日本馬のアンビシャスやイギリスからの遠征馬サクセスデイズといった新たな刺客も相手にしなかった。2着のゲーロショに3と4分の3馬身の差をつけ、ゆうゆうと25連勝目のゴールに飛び込んだのだ。

向かうところ敵なしのウィンクス。4月14日にはシドニー・ランドウィック競馬場でクイーンエリザベスS(G1)を優勝。自身が持つ世界最多G1勝利記録を18に伸ばした。
向かうところ敵なしのウィンクス。4月14日にはシドニー・ランドウィック競馬場でクイーンエリザベスS(G1)を優勝。自身が持つ世界最多G1勝利記録を18に伸ばした。

「いつ引退させても良い」という最強牝馬の今後の予定は

 昨年のメルボルンCデー。G2のマルチプレイヤーSを優勝したリッチチャームを管理する女性調教師・ユダイタ・クラークは涙ながらに言っていた。

 「今日、競馬場に着いてからもプレッシャーに圧し潰されそうになって、何度も帰ろうと思ったわ。ウィンクスを預かるクリスに毎日どうやって過ごしているのか教えて欲しいわ」

 実際、そのプレッシャーはいかばかりか。それを伺うと、少しの間、考えた後、口を開いた。

 「ウィンクスが大切な馬であることは事実です。でも、私は他にも沢山の馬達を預かっています。皆、大事な馬だし、どれもに集中しなければいけません。毎日ウィンクスだけのことを考えるのではなく、他の馬も同じように考えることでバランスがとれているのかもしれません」

 伯楽の下、連戦連勝を重ねる最強牝馬を、生で観たいという声は世界中で上がっている。ロイヤルアスコット開催で観たいという声も、ジャパンCに来て欲しいという願いも、クリスの耳には届いている。その上で、彼は決断をくだした。

 「イギリスや日本だけでなく、アメリカのブリーダーズCやフランスの凱旋門賞、他にもドバイやアイルランドなど、幸いなことに世界中から勧誘されています。ただ、こうなるとその中から選択するのは難しい状況になっています。こっちには行くのにあっちには行かないとなってしまうからです。だから、皆様には申し訳ないけど、オーストラリア国内のレースに専念することにしました。この後はひと息入れて、春は史上初のコックスプレート4連覇を目指し、その前に1度か2度、使うことになると思います」

 ただし、それは全てがうまく運んだ時の場合に限られると続ける。

 「これだけの実績を残してくれたので、今後の過程で少しでもうまく行かないことがあれば、いつ引退させてあげても良いと考えています」

クイーンエリザベスSの口取り風景
クイーンエリザベスSの口取り風景

連勝更新の理由として、伯楽の口から出てきた日本馬とは

 ということで、日本のファンの前で彼女の勇姿をみられなくなったのは残念だが、クリス自身は現地のセリでディープインパクト産駒を購買したり、セレクトセールに足を運ぶなど、日本の競馬にも興味を示している。その上で、ウィンクスの連勝記録を語る彼の口から、思わぬ日本馬の名が挙げられた。

 「世界には素晴らしい馬が沢山いることは分かっています。日本のモーリスにオーストラリア遠征の話が出た時は、ウィンクスの連勝記録が止められてしまう可能性があると思いました。モーリスは本当に素晴らしい馬でした。現在もウィンクスが連勝記録を伸ばせているのは、彼がオーストラリア遠征を辞めてくれたお陰かもしれません」

 私がかの地でクリスをインタビューするのは実はこれが3度目だった。わざわざ日本から来たインタビュアーに対するリップサービスも多分にあったのかもしれない。しかし、それを差っ引いても、モーリスがそれだけの評価を受けるに値する馬だったことは事実だと思う。そして、そんな言葉を聞くと、ウィンクスをますます応援したくなるのも人情だ。10月にはまたムーニーヴァレー競馬場を訪れ、コックスプレート4連覇の瞬間に立ち会おうと思っている。

ウォーラー調教師は「日本のモーリスがオーストラリア遠征を辞めてくれたお陰でウィンクスの連勝記録が途切れなかったよ」と語る。写真は2016年香港カップを制した際のモーリス。
ウォーラー調教師は「日本のモーリスがオーストラリア遠征を辞めてくれたお陰でウィンクスの連勝記録が途切れなかったよ」と語る。写真は2016年香港カップを制した際のモーリス。

(文中敬称略、写真提供=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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