メジャーリーグの皮膚ガン予防対策と不正投球の微妙な関係
今年6月、私はメジャーリーグの球場でガンの検診を受けるという珍しい経験をした。
年に一度、メジャーリーグの各球場で行われている皮膚ガンの検診だ。選手はもちろん、球場で働く従業員や球団職員たちも専門医から皮膚ガン検診を受けることができる。しかも、無料で、だ。
体験取材の許可を得て、デトロイトタイガースの本拠地球場コメリカパークで検査を受けさせてもらった。選手とは別に球場で働く人たち用のブースだ。病院で検査を受けるのと同じように問診票を記入したあと、カーテンで仕切られた特設診療スペースで肌を検査してもらった。検査にあたっているのは、地元の病院からこのキャンペーンのために球場に派遣された医師数人と看護師たちだ。
メジャーリーグは、2月中旬からアリゾナやフロリダでスプリングトレーニングを開始し、春から秋にかけて162試合をこなす。米国のプロスポーツのなかでも、紫外線を浴びることが多い環境であると言えるだろう。メジャーリーグ機構は1999年から米国皮膚科学会(AAD)とともに、プレー・サン・スマート(PLAY SUN SMART)というキャンペーンを展開し、観客や関係者たちに皮膚がんのリスクと予防について啓蒙している。
プレー・サン・スマートでは、以下のことを観客や試合の運営に携わる人たちに強調している。
1、耐水性があり、紫外線A波もB波も防ぐ、SPF30以上の日焼け止め剤をしっかりと使う。
2、できるだけ日陰を探す。10-14時は最も紫外線が強いことを忘れない。自分の影が短い時間帯は日陰に入る。
3、日焼けを防止する洋服を身に着ける。可能であれば長そで、つばの広い帽子やサングラスを着用する。
4、自分自身で肌をよく観察できるようにする。ほくろなどに変化があれば医師の診察を受ける。
球場での検査終了後には、プレー・サン・スマートのシールが貼りつけられた日焼け止めのサンプルが配られた。
最近では、メジャーリーグのクラブハウス内に日焼け止めクリームやスプレーを常備しているのも見かける。試合前のベンチには、アスレチックトレーナーが使用する応急処置用具とともに数種類の日焼け止めを置いているチームも少なくない。
メジャーリーグ機構では、プレー・サン・スマートのキャンペーンを通じて、選手、コーチや関係者たちが皮膚がん予防における模範的な役割を示すことも謳っている。選手たちがたっぷりと日焼け止めを塗ることは、正しいことで、メジャーリーグ機構は推奨もしている。
しかし、「たっぷりと日焼け止めを塗る」ことを不正利用したケースもあった。
ボールに異物をつけるのは不正投球だ。ボールが指にかかりやすいように松ヤニやワセリン、整髪剤などを指やボールにつけるのは競技規則違反になる。
2014年4月にヤンキースのピネダ投手が首に松ヤニをつけ、それを手につけていると対戦相手のレッドソックスから抗議されて出場停止処分を受けた。
日焼け止めもまた、一部の投手の間では皮膚ガン予防だけでなく、ボールに指がかかりやすくなる効果のある物質と囁かれているらしい。特定のメーカーのスプレー状がよいらしい。
実際、昨シーズンはブルージェイズのウィル・スミス投手がグローブをつけた腕に日焼け止めクリームをたっぷり塗り、それを投球の際につけているとして、退場処分を受けている。オリオールズのブライアン・マティスも日焼け止めを使って不正投球したとして処分を受けた。
ただし、メジャーリーグはボールに指がかかるように、何かを付着させることには比較的寛容だ。乾燥や寒さのなかでの試合では、あからさまでない限り、抗議しないことも多いようだ。両チームともにお互いさまという暗黙の了解があるのだろう。
ボールが滑って、打者にぶつけてしまうよりはマシだという意見もある。いっそのこと指やボールに異物をつけることを禁止する規則を改正してはどうかという意見もある。不正投球と、ボールが指がかかりやすいように工夫することは紙一重でもある。
日焼け止めは皮膚ガン予防のために必要だとされている。投手たちにとってはメジャーリーグ機構が皮膚ガン対策をすすめる過程で、日焼け止めが「使える」という発見があり、必要悪のようなモノになっていったのかもしれない。
当たり前のことながら、記者の私がガン検診でもらった日焼け止めのサンプルを指先につけても、キーボードがベタつくだけで、うまい文章が書けるということはなかったのだけれども。