海外の観客に「日本の村社会の狂気」はどう映るのか?『ガンニバル』インタビュー
柳楽優弥×片山慎三監督で、人間の狂気に迫る『ガンニバル』
ストリーミングチャンネル「ディズニープラス」が、この1~2年、アジア向けのコンテンツの充実を加速させている。特に日本においてはコミック原作やアニメ作品の制作が盛んだ。主演・柳楽優弥で映像化された『ガンニバル』もそんな作品のひとつ。限界集落ともいえる隔絶された小さな村を舞台に、その地域のある家系に隠された忌まわしい秘密を描く。監督の片山慎三は、オスカー受賞『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督の下での助監督の験を持つ。この28日からの配信を前に、シンガポールで行われたディズニーのプレスツアーで話を聞いた。
赴任先での家に、死んだ前任者が書き残した「ニゲロ」の文字
柳楽優弥(以下、柳楽) 以前から原作コミックが大好きだったんですが、出演が決まって以降、共演する俳優さんたちに「楽しみにしています」と言ってもらうことが多いんですよ。さらに映像化するのが、こういうテーマが大好物の片山監督で。その世界に自分が参加できるなんて、ラッキーでした。でもディズニープラスでこういう題材を扱うということに驚きました。
片山慎三(以下、片山) 村に赴任してきた警察官の阿川大悟は、前任者が使っていた家に住むわけですが、その柱に「ニゲロ」って言葉が書かれているじゃないですか。僕はあれ、怖いなと思ったんですよね。村は他の地域から隔絶されていて、助けを呼びたくても呼べないし、呼べたとしても来るまでにすごく時間がかかるし。
柳楽 そもそも大悟の一家がこの村に越してきたのは、家族にの「ある問題」を解決したかったから。こういうのんびりした場所なら……と思っていたわけで、そんなに強烈な人々がいるなんて想像もしてないんです。でも村の有力者である後藤家やその周辺の人たちに囲まれているうちに、その価値観を受け入れられない自分のほうがおかしいんじゃないかと思い始めるんですよね。
片山 日本の昔からある小さいコミュニティの住人って、顔も名前もみんな知っていて、互いのあらゆることを事細かに把握しているーー自然にお互いを監視し合っているようなところがあるじゃないですか。物語が進むにつれて、観客にはそれが見えてくる。村にある様々な呪縛や複雑な人間関係、「ああ、そういうことだったんだ」とわかってくるんです。そこがこの作品の一番面白いところだと思います。
柳楽 大悟はそういう中に飲み込まれて、家族さえも信じられなくなり、狂気と孤独に陥ってゆく。そういうのは実写になるとより怖い部分なんじゃないかなと。そういう日本の村社会を、海外の人はどう見るんでしょうね。
片山 興味深く、しかもちょっと怖いというふうに映ってほしいなと。
柳楽優弥でなければ演じられない、主人公の狂気
柳楽 僕が演じた阿川大悟は警察官で、柔道をやっている設定です。僕自身も10年くらい武道をやっているんですが、武道は型があるので、そのニュアンスが動きに出るんです。ボクシングなんかをやってる人と動きがちょっと違うんですよね。アクションも、マンガっぽい「カチッ」としたカッコよさでなく、「ケンカってこういう感じだよね」というような生々しく泥臭い感じで。3話の冒頭である人物をベルトで持ち上げる場面があるんですけど、事前の筋トレの成果で結構軽々とやれちゃったんですよ。カメラマンの方に「熊が人を持ち上げてるみたい」と言われて、自分では普通にやってたつもりだったんだけど、そういう風に見えてるんだって。
片山 あれ、すごいなと思いました。
柳楽 相手の俳優さんの脱力ぶりと僕の筋肉の対比が、ちょっと笑えるポイントになってます。
片山 流れで見たら笑えないです(笑)。僕がアクションシーンの柳楽さんが素晴らしいなと思ったのは、人を殴るシーンの目つきが、ほんのり笑っているように見えるんですよ。ご本人はたぶん無意識だと思いますが。
柳楽 それ怖いっですね。イヤだなあなんか(笑)
片山 最初は怖かったんですが、その狂気めいたものこそが、撮るたびにすごいなと思えて。大悟が柳楽さんである理由は、そういうところだなと思いました。
柳楽 片山監督は現場での頼りがいがすごかったです。こういうテーマの作品って、意識したわけじゃなく現場がネガティブな空気になりがちなんですが、片山さんがそうはさせないというか。たぶんもともとそういう性格なんだろうなと。
片山 現場の空気とかは、別に意識してなかったですね。女性スタッフも多いし、割とバイオレンスもある作品ですけど、わりと和気あいあいとした感じで。今回意識していたのは、現場で「座らない」ってことです。どんな時も座らない。今、初めて言いましたけど。
柳楽 確かに座ってなかったすね。ずっとモニター立って見てた。なんか高倉健さんみたいじゃないですか(笑)。帰りの車は座ってましたよ!
片山 それは座りますよ(笑)。座らないでいるほうが集中できるなと思って。あと立ってると、現場に起きてることがすぐにわかって「今これ撮りたい!」という時に、パッと動けるんですよね。監督がそういうふうだと、みんな頑張ってくれるし。
片山慎三監督がこだわった「あの人」の正体は?
片山 僕自身、コミック原作の映像化が初めてだったんですが、これまでの作品と違って、ストーリーは原作にほぼ準じた形でできているじゃないですか。だから原作のイメージをリアルに落とし込むための映像的表現を意識しました。
こだわりはいろいろあるんですが、特に「あの人」は描きがいのあるキャラクターだと思いましたね。村の支配者ともいえる身長2mくらいのおじいさんなんですが、柳楽さん、吉岡さんと同じ頃、早い段階でキャスティングしたんです。というのも特殊メイクをつくるのに4~5か月かかるんで。型取りしてテスト用のマスクを作り、ああでもないこうでもないといろいろやりました。細かいところですが、下顎がグッと出てるのも、あれがあるのとないのじゃ全然違うんですよね。目の色はCGで作り、カットによって大きさが違っていたりもしてます。初登場の場面は、インパクトのあるシーンになってると思います。
柳楽 最初に共演した場面では、僕はものすごい胸筋に目がいっちゃったんですよね。あの筋肉であのビジュアルで、怖いんけどカッコいい。演じている俳優さんの雰囲気も絶妙にマッチしていて。
片山 ちょっと「ゼウス」的な感じにしたいなと思いながら作ったんですけど、素の俳優さんはちょっとかわいい人なので、「あの人」も可愛く見えてくるんですよ。誰が演じているかは、今後のお楽しみなんですけど。
日本の実写映像作品は「海外に出ること」を考える時期に来ている
片山 今回一番の挑戦は、柳楽さん演じる大悟が熊に襲われる場面ですね。腕をかまれて振り回されたりするんですけど、実写とCGのキャラクターが干渉しあう場面って難しいし、お金も時間もかかるので、あんまりやる人がいないんですよね。ディズニープラスの作品に参加したのは今回が初めてですが、クオリティのために、より時間とお金をかけられるという部分は、日本での作品作りと違うなと感じましたね。
柳楽 日本市場のみにむけた作品とは、撮り方も考え方も違ってくるのは当然だと思いますが、そういう中で僕も意識が変わった部分はあります。作品について様々な国の記者の方と話すことや、他の国のキャストの方に会うことで受ける刺激も、間違いなくありますし。今、すごく変化しつつある映像業界の、最先端にいるのかなと思いました。
片山 国内市場を意識して作られる日本の実写映像作品は、世界ではあまり売れないという状況が続いていました。国内の興行が厳しい今の時代、どうしたら海外に出ていけるかを考えるのは大事だし、そういう時期に来ていると思います。是枝裕和監督や三池崇監督も韓国で作品を作っていますが、そういう動きも増えていくんじゃないでしょうか。『ガンニバル』のシリーズ化はまだ決まっていませんが、もし機会をいただけるなら、今回の撮影で得た課題に再びチャレンジし、世界に注目される作品にしていけたらと思いますね。
『ガンニバル』
ディズニープラス「スター」にて12月28日より独占配信(初回2話同時配信)(C)2022 Disney