「空気」が人を動かす! 新しいリーダーシップ論
「モチベーション」など、まるで関係がない
私は現場に入り込んで組織改革するコンサルタントです。企業の目標を達成させるためにどうすればいいか、どのような行動計画を立ててマネジメントサイクルをまわすことで財務が健全化するか、常に考えています。そんななか、組織改革をするうえで、もっとも大切なことは「空気」だということが昨今わかってきました。
どんなに正しい方法論、テクニックを伝えても、組織の「空気」が変わらなければ、人の動きが変わることはありません。「モチベーション」や「動機付け」など関係がないのです。
たとえば以下の会話を読んでみてください。
上司:「先週、頼んでおいた資料、できてる?」
部下:「あ、すみません。まだです」
上司:「ちょっと待てよ。今週の火曜日が期限だっただろう?」
部下:「先週から、ちょっとバタバタしていたものですから」
上司:「冗談じゃないよ。だいたい君はいつも期限を守らないじゃないか」
部下:「そう言われても、いろいろと仕事が立て込んでるんです」
どこの会社でもありそうな会話です。とはいえ、ありそうではあるものの、よく考えるとおかしな部分が多々あります。
まず「先週頼んだ仕事ができてる?」という上司の質問そのものが変です。期限は明確で「火曜日」です。上司の言うことは、やって当然という「空気」さえあれば、そのようなことを尋ねたりはしないでしょう。さらに「冗談じゃない、いつも君は期限を守らない」と部下を責めていますが、やらなくても許されるという「空気」を作っているのは上司のほうです。こんな責め方をすること自体、おかしな話です。
そこで、次の会話を読んでみましょう。
上司:「今日、A社のB部長から受け取った資料、出してくれないか」
部下:「え……?」
上司:「どうした? B部長からもらった資料だよ」
部下:「えーっと、今日の朝、寄ることになっていたA社の?」
上司:「そうだよ」
部下:「あ、すみません。まだ行ってないんです」
上司:「はァ?」
部下:「申し訳ありません」
上司:「何を言ってるんだ……。昨日の夕方、今日の10時にA社へ行ってB部長から資料を受け取ってこいと言ったはずだ」
部下:「はい、知ってます。でも、いろいろ朝から立て込んでいたものですから、まだ行ってません」
上司:「はァ? 何を言ってんの? 先方にも伝えてあることだよ」
部下:「はい。すみません。でも……何か、おかしいでしょうか?」
上司:「はァ? ……ええェっ……?」
この場合、上司は「部下が取引先A社のB部長のところへ資料を受け取りに行くこと」は当然のことだと思っています。ですから部下を叱ったりはしません。それをやっていないと聞いて頭が混乱するのです。相手を責める以前に、「そんな常識的なことをやらないなんてあり得ない。自分の伝え方に問題があったのだろうか」と考えることでしょう。
この2つの上司からの依頼事項、すなわち「資料作成」と「資料の受け取り」にどんな違いがあるのかはどうでも良いのです。理屈ではなく、前者は、たとえ約束どおりにやらなくても結果的には「許される空気」が組織内にあり、後者はやらないと「許されない空気」があるというだけ。しかも、その事実を上司も部下も潜在意識の中で理解しています。
「空気」というのは、人と人との複雑なコミュニケーション要素が相互に影響しあい、長い歴史の中で醸成されているものです。
リーダーシップを発揮するために、まず「空気」を意識しよう
なかなか言うことを聞かない部下がいる、だから困っています、というリーダーがいます。しかし「すべてのこと」に対して言うことを聞かない部下は存在しません。朝の出勤時刻を守らない。全員参加のミーティングに来ない。荷物運びを手伝ってくれと言っても手伝わない……。何か事情がない限り、これらのことなら上司の言うことに従うはずです。やって当然という「空気」が組織内にあるからです。
部下が、言うことを聞かない、できない理由がないにもかかわらずやらない、その理由は「空気」です。その部下が他の組織へ移ったとき、そこに別の「空気」が存在していたら、ストレスを感じることなくやるでしょう。なぜなら、周囲の人も同様にやっているからです。ただそれだけのことです。
言うことを聞かなくても結局は許される「空気」が、長い年月の間で熟成され、組織内に蔓延しています。ですから、どんなに情報武装して論破しようと試みても、研修などで「コーチング」を勉強して相手のやる気を引き出そうとしても、「空気」が変わらなければ、そう簡単に人を動かすことはできません。
どのように「空気」を変えたらいいか現時点でわからなくても、「空気」の存在を無視して人を動かすことはかなり困難だ、ということは知ってもらいたいと思います。私は現場に入ってコンサルティングする身です。そのうえで、ある個人に対するストレートな「言葉」より、周辺に漂う「空気」をどのように変えるかを考えます。組織の「空気」さえ変えてしまえば、私たちのようなコンサルタントがクライアント企業から去っても、自走できるようになるからです。
空気を変える方法は多岐に渡ります。ただ、外部の人材を活用せず、内部の人間だけで「空気」を浄化しようとするなら、長い時間がかかることは覚悟しておきましょう。一度「空気」が変われば持続性は高いですので、根気よくやるのです。
ポジティブ表現とネガティブ表現
「人」を変えようとせず、「空気」を変えます。ですから、人と人との間に漂う「空気」に向かってコミュニケーションすることが大切です。ビジネスにおいてコーチングが機能しづらい理由で書いたとおり、「1:1」のシチュエーションを作ってにわか仕込みのコーチングをするのはやめましょう。「1:N」の状況をたくさん作り、「新しい空気」情報を発信していくのです。
意識すべきは「非言語データ」です。
「目標は必ず達成しよう」「ゴールから逆算して考えていこう」という「言語データ」はもちろん発信し続けてもらいます。それ以上に意識してもらいたいのは「非言語」の部分。「表情」「動作」「姿勢」などをすべてポジティブに変換します。ただ、日本人はなかなか「笑顔」をしたり、部下を賞賛するための言葉がけやねぎらい、情熱を前面に出すことができません。得意ではないのです。ですから意識してほしいのは「ネガティブ表現」のほうです。
リーダーはとにかく「ネガティブ表現」をしないようにします。部下に対する過剰な叱責や、ため息、難しい顔……。そういったものをすべて排除します。口下手をマジメに克服・直す方法に書きました。コミュニケーションの基本は「非言語データ」です。言葉は、意外と相手の脳に正しく届いていないものです。しかし、その言葉を発するときの表情や態度、語気、息遣いは、確実に相手の記憶の中に刷り込まれていきます。
リーダーだけではありません。リーダーが「ネガティブ表現」をしないように心がけても、周囲が意識しなければなかなか「空気」は変わりません。
たとえば上司が、
「これから私が指示したことは必ず期限を守るように。わかったか!」
と言っても、部下は何も言葉を発しないかもしれませんが、周囲の同僚たちの反応をうかがい知ろうとするでしょう。「期限を守れと言われても、できないことだってあるし」という雰囲気をある同僚が醸し出していたら、周囲は敏感に察知します。「そうだよ。無理なときは無理だ」などと。
組織内の変革意欲の高い人を巻き込んでいければいいですが、そうでない場合は別の手を打ちましょう。ネガティブ表現をしそうな人を、相互交流できなくするのです。そのために気をつけるべきポイントは2つ。
1)行動量
2)短時間労働
現場でコンサルティングする際、私は必ず短い時間の中で何らかの「行動量」を爆発的に増やしてもらいます。そうすることで、ネガティブ表現をしそうなスタッフ同士の相互コミュニケーションができなくなります。忙しすぎて、言葉を交わすどころか、皆がどのように反応しているかさえ確認できないのです。
さらに、労働時間を増やさずに行動量を劇的に増やすと、脳の基本回転数が上がります。脳の基礎体力がついていき、数ヶ月もするとポジティブ思考への転換が見られるようになります。
閉塞感漂う「空気」を変えるには、まず空気を動かすことです。サッカーや野球を観ていると、何らかのミスやビッグプレーによって、ゲームの「流れ」が変わります。空気を動かして「流れ」を変えるのです。リーダーシップに求められるのは、方法論や理論武装のみならず、これまでの「空気」をいかに変えられるか、なのです。