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プロ野球、ついに開幕。「球音」だけが鳴り響くスタジアムに歓声が戻るのはいつの日か

阿佐智ベースボールジャーナリスト
無観客試合で開幕を迎えた京セラドーム大阪

 もうふた昔ほど前のことになるが、「球音を楽しむ日」という企画があった。日頃、外野席を中心とするトランペットによってリードされる応援により、フィールドから聞こえてくるはずの「球音」がかき消されているのではないかと、応援ではなくフィールドで行われているプレーそのものを楽しもうという趣旨のものだった。

 日本のプロ野球にトランペットによる応援が本格的に入ったのは1980年代のことである。当初は「騒音」扱いされ、コミッショナーからの規制の動きもあったが、現在では各球団がむしろ集客の重要なファクターとして受け入れている。今や、ファンが一体化するこの応援スタイルは、日本の野球文化の特長といっていいだろう。「球音を楽しむ日」は、それをまるきり否定するのではなく、「たまにはこういうのもいいのでは」という姿勢で行ったため、おおむね好評だったように思う。しかし、その後、同様の企画が行われることがほとんどなかったのは、やはり応援の「音」が、スタジアムになくてはならないものになっているからだろう。

新型コロナ禍を乗り越えてやってきた開幕

開幕戦を迎えた京セラドームだったが、周囲は閑散としていた
開幕戦を迎えた京セラドームだったが、周囲は閑散としていた

 昨日19日は、プロ野球史上最も遅い開幕日となった。この日、どの球場でも「球音」が響き渡っていた。スタンドには、その「球音」をかき消すファンの声はなかった。

 関東で4試合、大阪と福岡で各1試合が行われたが、関東では前日からの雨も止み、無事全試合が行われた。大阪は夕方まで雨模様だったが、屋根付きの京セラドームでの試合はそれを気にする必要もなかった。

 試合前のドーム前には、ほとんど人はいなかった。ようやく開幕を迎えたものの、新型コロナがいまだ完全終息していない中、NPBはスタンドにファンを入れないことを決定したのだ。今月初めから再オープンしたという場内のグッズショップも入り口で体温チェックと手の消毒を義務付けられていた。無観客試合ということもあって店内は閑散としていたが、それでも普段の試合のない日よりも多い100人以上が来店したという。たしかにドームの周囲には、レプリカジャージをまとったファンの姿がちらほらと目に入る。入場はできないものの、開幕の雰囲気だけでも感じ取ろうとわざわざ足を運ぶ熱心なファンもいるのだ。

ドーム内のグッズショップでは来客に体温チェックと手の消毒が要請されていた
ドーム内のグッズショップでは来客に体温チェックと手の消毒が要請されていた

 取材者入り口もいつもと少々勝手が違った。入り口は制限され、当然のごとく手の消毒と体温チェックが行われていた。腹ごしらえをしようと関係者用のレストランに向かったが、ここもクローズしていた。カメラマン席は、ソーシャルディスタンスを保つため、ベンチ入りの選手に開放されていた。カメラマンたちには、フィールド席とベンチ上の席をあてがわれていた。記者席は上段スタンドの中央後方にあるのだが、ここもソーシャルディスタンスを保つため、前方の客席にテーブルがしつらえられ増設されていた。

取材陣にもソーシャルディスタンスが求められる
取材陣にもソーシャルディスタンスが求められる

 このカメラマン席と記者席、それにスコアラーらが陣取るネット裏以外は完全に無人で、ホームチーム、オリックスベンチのある1塁側スタンドには、主力選手の写真入りの幕とその周囲にファンからのメッセージがプリントされた紙が並べられている。そして、上層スタンドには、“Strong OSAKA”と“With Bs Club”の文字が描かれていた。

下層スタンドには選手応援の幕が張られていた
下層スタンドには選手応援の幕が張られていた

 無観客とはいえ、開幕セレモニーもきちんと行われた。両軍選手がソーシャルディスタンスに気を配りながらベンチ前に整列する中、両軍の選手代表、オリックス・T-岡田、楽天・森原康平が挨拶を行う。

セレモニーで挨拶をするT-岡田(オリックス)
セレモニーで挨拶をするT-岡田(オリックス)

 

 新型コロナ禍に際して奮闘した医療従事者への感謝を述べるとともに、今度は自分たちがプレーで人々を元気づける決意を表明した2人の挨拶の後には、吉村大阪府知事の「いつも秋にはパレード用に御堂筋(大阪のメインストリート)を押さえているのに…。今年こそ頼んまっせ!」のきつい「リモート挨拶」。

「リモート国歌」は地元の名門、大阪桐蔭高校吹奏楽部によって演奏された
「リモート国歌」は地元の名門、大阪桐蔭高校吹奏楽部によって演奏された

 そしてその後は、甲子園での強豪野球部の応援でもおなじみの大阪桐蔭高校吹奏楽部による「リモート国歌演奏」があり、最後は松井大阪市長の「リモート挨拶」と「バーチャル始球式」でセレモニーは終わった。

コロナ禍にあって「バーチャル始球式」というアイデアが実行にうつされた
コロナ禍にあって「バーチャル始球式」というアイデアが実行にうつされた

息詰まる熱戦とつながるファン

開幕戦の無人のスタンドでホームチーム、オリックスを応援するマスコット
開幕戦の無人のスタンドでホームチーム、オリックスを応援するマスコット

 そして、午後6時。プレーボールがコールされた。オリックス・山岡、楽天・則本という球界を代表するエースピッチャーの投げ合いは、両者がマウンドを降りるまでは、これぞ投手戦という息詰まる試合展開だった。とくに則本は、オリックス打線相手に、犠牲バントの処理にもたついたための内野安打1本しか許さない完ぺきと言っていい投球内容だった。

オリックス打線を完ぺきに封じ込めた則本(楽天)
オリックス打線を完ぺきに封じ込めた則本(楽天)

 スタンドは無人だったが、フィールドはファンとつながっていた。7回のラッキーセブンには、両軍のファンが場内のビジョンを通してリモート応援を繰り広げ、選手たちにエールを送った。

ラッキーセブンには両チームのファンの応援姿がビジョンに映し出された
ラッキーセブンには両チームのファンの応援姿がビジョンに映し出された

 試合は、山岡がマウンドを降りた8回にあっけなく決まった。2番手の神戸の乱調やオリックスの守備のほころびにつけこみノーアウト満塁とした後、ロッテから移籍した鈴木大地が初球をライト前にはじき返し、通算1000安打を決勝2点タイムリーで飾ると、楽天打線は一挙に8点を挙げた。

「球音」がかき消されるその日まで

 試合後も、やはり「Withコロナ」仕様だった。報道陣は、試合前も含めて選手との接触は禁止、フィールドに降りての取材もできない。勝利した楽天ベンチの横にある3塁側フィールドシートには、カメラマンや記者が殺到し、フェンス越しにこの日のヒーローとなった鈴木大地の写真を撮り、インタビューしていた。

試合後の取材もこのようなかたちで行われた
試合後の取材もこのようなかたちで行われた

 それにしても、この日の試合は不思議な試合だった。「球音」は実によく聞こえてきた。それに、走者がベースに滑りこむ音まで響いてくる。攻撃中のベンチからは、プロ野球選手がこんなに声を張り上げているのかと思うほどの掛け声も聞こえてきた。本来ならとてつもなく贅沢な場にいるはずなのだが、なにか物足りない。そう、やはりプロ野球はファンあってのものなのだ。ひいきチームを激励する各チーム独特の応援マーチ、それにパフォーマンス、それにボールが高く舞い上がる度に湧き上がる歓声。乾いた「球音」を消し去るくらいのスタンドからの「音」こそがプロ野球をプロ野球たらしめているのだ。

 この日の各試合の様子はテレビ画面を通じて全国の野球ファンに届けられた。新型コロナ禍をくぐりぬけようやくたどり着いた開幕だが、野球ファンも、フィールドの選手も、これがゴールだとは思ってはいない。

 スタジアムに「球音」をかき消す「音」が戻ってきたとき、我々は真にコロナを乗り越えることになる。

(写真はすべて筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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