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新型コロナ、ワクチン、予防薬……なぜ「陰謀論」にハマってしまうのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナの世界的なパンデミックは、人々に多種多様な影響をおよぼしている。「陰謀論」の広がりもその一つだ。理性的・合理的・科学的な情報や意見に従わず、なぜこうした「陰謀論」に思考や行動が支配されてしまうのだろうか。

ネット上に飛び交う玉石混交の情報

 TwitterやFacebook、InstagramといったSNSを眺めてみると、新型コロナに関する膨大な数の諸説紛々・甲論乙駁・賛否両論の意見や論考、主張、学説などが存在している。中には根拠不明で非科学的、ちょっと考えれば合理的ではないことがわかるものも多い。

 例えば、新型コロナのパンデミックは闇の勢力によって捏造されたものだという説、マスクはむしろ感染を拡大させるといった理論、ワクチンは人々を管理しコントロールするために作られたという主張などなどだ。

 こうした学説や主張に影響を受け、親兄弟や夫婦の間などで意見が対立し、感情的に衝突して家族の関係修復が難しくなってしまうことも少なくない。新型コロナ以前にも「陰謀論」は広まっていたが、いわゆる「ムー」的な話題に限定され、人間関係を壊すまでいくようなものはあまりなかったのではないだろうか。

 いくらインターネットが普及しても、以前は積極的にネット上のコミュニティに参加しなかったり、ROM(read only member)というように掲示板を眺めるだけの人が多かった。

 だが、今やユーザーの多くが自ら情報を発信するようになっている。インターネットとSNSは、世論形成や政治政策、文化、経済活動などに大きな影響を与えているが、自らSNSで情報を発信し、主体的にクリックして情報を探してくることができるようになり、大衆そのものがインターネットの中に取り込まれてしまったのだ。

 逆にGoogleやFacebook、Yahoo!などは、利用者をなるべく長く自らのネットワーク内にとどまらせるように努め、利用者のデータを蓄積するようになる。こうした動きがユーザーの利用と相乗効果を生み、ますます多くの情報がネット上を埋め尽くすようになった。

 情報提供や情報交換のコストが劇的に下がって情報の非対称性が崩れると同時に、あらゆる利用者が情報を自ら発信できる「自由意見市場」になったことで玉石混交の情報が乱れ飛ぶ状態になっている。

 インターネットのSNS上に莫大な量である特定の情報が広がることを「バズる」とか「炎上(バースト現象)」などという。陰謀論やデマを含め、こうした情報はごく少数の発信者が端緒となることが知られているが、こうした現象は必ずしもネガティブなものばかりではないことも指摘されている(※1)。

 一方、新型コロナのパンデミックでは、密集や閉塞を避け、人とは距離をとって接し、マスク越しに会話し、遠隔動画でやり取りするような生活が多くなっている。PCやスマートフォンが広く普及し、対面のリアルなコミュニケーションからインターネットを介した関係性が強くなった。

 人間というのはとかく「聞きたいことを聞き、見たいものを見る」傾向がある。こうした環境変化を背景に、新型コロナによる閉塞感や無力感、疎外感、恐怖感などが影響し、現実と理想の間で一種の認知的不協和に陥ってしまう人が増えた。これが「陰謀論」がはびこる原因の一つだろう。

新型コロナ時代の「陰謀論」

 新型コロナに関する情報の中には、高度に専門的、科学的、合理的なバックボーンや知見が必要なものも多い。だが、インターネット上には、プリプリントを含めた膨大な論文が誰でも読める状態に置かれ、こうした研究の中から都合のいいものを恣意的に選んで紹介できることにもつながっている。

 新型コロナの収束がいつになるか、予測できる人はほとんどいない。あるいは、公衆衛生の専門家や政治や行政からの言説も状況に応じて朝令暮改的に変化し、彼らを信頼できないと感じることにもつながるだろう。感染防止のための行動変容をパターナリズムに求められ、個人の自由を束縛されることで反発の対象のないジレンマも生じる。

 新型コロナ以前からあった不確実な将来に対する不安と好奇心などに、パンデミックによる認知的不協和、SNS上での承認欲求、全能感などが加わり、多種多様な情報の中で自分にとって都合のいい情報に飛びついてしまう。

 一方、質の低い情報ほど、口コミ、バイラル市場に出回る傾向があり、そのために誤った情報が広く拡散することになる。例えば「bot」と呼ばれるTwitterのハッシュタグに自律的に反応して情報を拡散させるプログラムがあるが、「生きている」Twitterアカウントの9%から15%はこの「bot」だ(※2)。真偽不明で質の悪い情報の多くは「bot」から生まれているという指摘もある。

 いわゆる「ポスト・トゥルース(post-truth)」、つまり客観的な事実よりも個人の感情に訴える情報のほうがより強い影響力を持つ、事実を軽視する状況という現象がネット上には生まれているのも事実だ。これは政治的なものに限らず、新型コロナ時代には医薬を含む科学の領域にまで浸透してきた。

 こうした「ポスト・トゥルース」現象の背景には世界的に対立と二極化が影響している。例えば、経済的な格差、科学への不審と不信、社会保障の減衰、マスメディアの多様化だ。つまり、単なる認知的不協和だけでは「陰謀論」の蔓延を説明できず、大衆の認知や態度、選択に対する新たな技術的アプローチが必要となる(※3)。

 新型コロナ関連に限らず「陰謀論」は、社会的な孤立、政治的な無関心、気候変動への懐疑的な態度などと関連する(※4)。手指衛生やマスクの着用、社会的な距離の確保、ワクチン接種などは、個々人の感染や重症化を防ぐだけではなく、社会や公衆に感染を広げないための利他的な行動でもある。

 公衆衛生のための行動や意識を否定する「陰謀論」に強く影響された人が増えていけば、人類がパンデミックを乗り越えることは永遠にできないだろう。

※1:鳥海山不二夫、「バースト現象における拡散の定量分析―ツイッターデモはどう広がったか─」、Japan Marketing Journal, Vol.40, No.4, 19-32, 2021

※2:Onur Varol, Emilio Ferrara, Clayton A. Davis, Filippo Menczer, Alessandro Flammini, "Online human-bot interactions: detection, estimation, and characterization." Cornell University Library, 9, March, 2017

※3:Stephan Lewandowsky, et al., "Beyond Misinformation: Understanding and Coping with the "Post-Truth" Era" Journal of Applied Research in Memory and Cognition, Vol.6, Issue4, 353-369, 2017

※4:Karen M. Douglas, "COVID-19 conspiracy theories" Group Processes & Intergroup Relations, Vol.24, Issue2, March, 4, 2021

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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