コロナ禍ではアスリートは無力なのか? カリーが示したスーパースターの真の価値
パンデミックや大災害、経済大恐慌などの非常事態になると自らの無力さを嘆き、存在意義を問うアスリートは少なくない。
生きるか死ぬかの非常事態では娯楽は後回しにされ、コロナ禍で世界中のスポーツリーグが中断。スポーツ選手はパフォーマンスをする場所を失っている。
このような状態で、アスリートたちはどのように社会へ貢献できるのだろうか?
NBA(米プロバスケットボール・リーグ)を代表するスーパースター、ゴールデンステイト・ウォリアーズのステフィン・カリーの例を見てみよう。
インスタグラムのフォロワー数が3000万人を超えるカリーは、「感染症に対するアメリカの第一人者」と言われる米国国立感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長との対談をインスタグラム・ライブで発信。多大なる影響力を持つカリーは、通常のニュース報道では届けることが難しい層に的確な情報を届けられるだけではなく、無関心な層の注意を惹くこともできる。政治家の発言には見向きもしない若者たちも、NBAのスーパースターであるカリーが「外出しないで、家にいよう」と言えば耳を傾ける。
30分弱の2人の対談は約5万人がライブで視聴して、その何倍もの人たちがアーカイブで視聴した。新型コロナウイルスに関するホワイトハウスのスポークスパーソン的な役割も務めるファウチ博士にカリーが質問する形で進んだ対談は、とても分かりやすい。
カリーの質問はスポーツファンが知りたいことを的確に代弁しており、「スポーツイベントなどの大規模なイベントを再開できるための判断基準は?」と尋ねると、「流行のピークが過ぎて、新型コロナウイルスの新規感染者が減少して、普通の生活を過ごせるレベルになること。新規感染者が減少すれば、普通の生活が戻ってくるのも時間の問題」とファウチ博士は分かりやすく答えを返してくる。
ファウチ博士はアメリカ国内では若者の感染リスクが世界の他の国に比べて高いと警鐘を鳴らしているが、カリーは『ソーシャルメディア世代』の若者たちにその事実を知らせ、正しい情報を明確に伝えるためにこの対談を企画した。
カリーはスーパー・インフルエンサーとして大勢に正しい情報を届けて、彼らの意識を変える一方で、一人のファンと向き合うことも忘れない。
スポーツ・ファンにとって憧れの選手との交流は人生のハイライトの1つであり、生涯忘れない素敵な思い出となる。
オークランド市内の病院で看護師として働くシェルビー・デレーニーさんは、新型コロナウイルスに苦しむ患者が急増すると、自ら志願してICUを担当するようになった。自分と家族も感染する危機と直面しながら、増え続ける患者への対応で休む暇もない医療従事者たち。デレーニーさんも心身両面で疲れを感じ、ICUに向かうのが億劫に感じてしまうときもあった。自分を奮い立たせるために防護服の下にカリーのユニフォームを着て働くようになった。
「この仕事を投げ出したい、辞めて、もっと簡単な仕事に就きたいと思ったことは何度もあった。そんなときにカリーのユニフォームを着るようになった。自分の中にいるウォリアーを呼び起こして、気持ちを高めて、強くするためにね」
デレーニーさんは医療現場の様子と自身の気持ちをSNSに綴った。防護服の下にカリーのユニフォームを着た写真と一緒に。
彼女の友人たちがその投稿を拡散すると、それはカリーの目にも触れた。
カリーはデレーニーさんと彼女の同僚たちにフェイスタイムで連絡して、感謝の気持ちを伝え、激励した。
「皆さんの仕事と払っている犠牲は、神様にどれだけ感謝しても感謝しきれません。本当にありがとうございます。皆さんが一丸となって仕事をしてくれていることを感謝します。あなたちの仕事はとても大切で重要です。多くの人たちが皆さんの無事を祈り、応援しています」
旦那さんとの初デートがウォリアーズの試合で、昨夏の結婚披露宴のテーマもウォリアーズだったデレーニーさんは、「私のヒーローであるステフィン・カリーと会えて、私の人生の中で最も素晴らしい一日でした。彼は私と私の同僚に対して感謝の言葉を述べてくれて、私も彼への感謝の気持ちを伝えることができました」とカリーとの交流の様子をSNSにアップした。
敬虔なクリスチャンであるカリーは試合で履く靴にはマジックペンで聖句(聖書箇所)を書いてから着用する。カリーが引用する聖句は「ローマ書8章28節」と「ピリピ書4章13節」の2つ。
デレーニーはカリーが靴に書く込むように、防護服の下に着用していたカリーのユニフォームに「どんなことでもできるのです」とマジックペンで書き加えていた。
カリーを始めとするクリスチャンが創造主である神への信仰と神からの無条件の愛によって力を受けるように、スポーツファンはヒーローから力を与えられる。
気力を失ったデレーニーさんがカリーのユニフォームを着ることでやる気を取り戻したように、アスリートはプレーする機会を奪われても、ファンに活力と勇気を与えられる存在である。デレーニーさんはもう何年もの間、カリーに会いたいと願っていた。それは彼女がカリーのサインを欲しいからでも、一緒に写真を撮って欲しいからでもなく、感謝の気持ちを伝えたかったからだ。
「ずっとステフィンに『ありがとう』と伝えたかった。私が大学を出て、看護師として働き始めたとき、覚えることが多くってとても大変でした。そして、同時に家族にも問題を抱えていました。そんな苦しいときに、『諦めるな』と背中を押してくれたのがスティンでした。彼のプレーを観ていると、愛と楽しさを感じます。厳しい現実に打ち勝つ力が心の奥底から湧き出てくるのです。彼は私の人生に大きな影響を与えてくれた人物なのです」
デレーニーさんとカリーがフェイスタイムで話した時間は5分足らずだった。しかし、その5分はデレーニーさんと職場の同僚たちにとってはとても意義のある5分間だった。
会話の最後にデレーニーさんはカリーにこんな質問をした。
「あたなはいつも笑顔で前向きでいるけど、疲れていたり、嫌なことが続いたりする日もあると思います。そんなときは、どうやって前向きな気持ちを取り戻して、いつものように周りの人を愛しながら接しているのですか?」
カリーの答えはこうだった。
「自分でコントロールできない事に振り回されるのではなく、自分でコントロールできることだけに集中するんだ。今朝も2人の幼い娘たちのために、こんなポスターを作ってきた。『あなたのWABAをコントロールしないさい』(WABAとはWords(言葉)、Attitude(態度)、Behavior(行儀)、Actions(行動))。(自分でコントロールできない)人のせいにするのではなく、(自分でコントロールできる)自分をどう変えていけば良いのだろうか?と考えるんだ」
カリーの答えを聞いたデレーニーさんは、「あなたのユニフォームは私にとってのWABAなんだと思う」と伝え、もう一度「ありがとう」と言ってからフェイスタイムを切り、苦しむ感染者を救うためにICUに向かって行った。
アスリートはこの世界を変えることができるほどの影響力を持つ。アスリートはファンの人生を変えられる力を持つ。
日本でもアメリカでもアスリートがチャリティに取り組み、コロナ禍で苦しむ多くの人々に救いの手を差し伸べている。
巨額の年俸を手にするアスリートたちは経済的に社会を支援できるが、経済面以外にも世の中のためになれる方法はいくらでもある。
今も日本中に憧れのアスリートから力をもらいたいと願っているファンは大勢いる。
コロナ禍で人々が不安と恐れを抱えているこんな世の中だからこそ、アスリートにしかできない役割はある。
試合でゴールを決めたり、ホームランを打つだけがアスリートの価値ではない。アスリートの真の価値はファンの人生にポジティブな影響を与え、活力と勇気を与えることだと思わされる。