Yahoo!ニュース

望月琉叶、「レコ大」新人賞の裏側語る!目標は…演歌で世界征服!!

島田薫フリーアナウンサー/リポーター
日本レコード大賞・新人賞受賞の裏側を語る望月琉叶さん(撮影:すべて島田薫)

 昨年「日本レコード大賞」新人賞に輝いた、望月琉叶(もちづき・るか)さん。アイドルユニット「民族ハッピー組」のメンバーとして活動しながら、ソロでは“グラビアもできる演歌歌手“として、オリコン・演歌部門で連続1位を爆進中。コロナ禍にデビューするという勝負に出た25歳が、受賞までの知られざる裏側を語ります。  

ー昨年は「日本レコード大賞」新人賞受賞、おめでとうございます!

 ありがとうございます。でも、これは本当に周りの人に支えられて取れた賞なんです。CD促進販売キャンペーンができないご時世ですが、「民族ハッピー組」のメンバーが、CDを広める活動をしてくれましたし、支えてくれたファンの方々、私を成長させてくださったスタッフ、応援してくれている家族のおかげだと思っています。

ーコロナ禍にデビューしたんですね

 「民族ハッピー組」というアイドルグループで先に活動していたんですけど、演歌(『望郷じょんから』細川たかし)をレコード会社(コロンビア)の方に聴いていただいたところ、「イケるかもしれない」ということで、急きょソロデビューが決まったんです。

 ただ、「コロナ禍でどうします?」とは確認されました。要は、今デビューしてもイベントができないよってことなんですよね。緊急事態宣言も出ている時期でしたが「終息を待たずにデビューさせてほしい!」と答えました。

 それまで配信でファンとつながっていたこともあって、デビュー時には、浅草にある演歌の老舗CDショップの電話番号を配信の際にテロップで出して、「ここに(デビュー曲を)注文してください」とお願いしました。私とメンバーも三日三晩、そのお店に泊まり込んで対応しました。

 ありがたいことに3000枚売れて、結果「オリコンウィークリーランキング演歌チャート」で1位を取りました。2作目も1位を取って新人賞につながった、という流れがあるんですけど、正直ライバルがいなかったというか…コロナ禍で、演歌界はほとんど誰もデビューしなかったんです。今デビューしても赤字になるからと皆、手を出さなかったんです。

 そんな状況下で、思い切って勝負したという感じです。だからこそ、「日本レコード大賞」新人賞は、私の力ではなく、支えて応援してくれた人の存在で取れた賞なんです。

ー演歌の前にアイドルでデビューしているんですね。きっかけは?

 実は何度も(複数の大手事務所に)スカウトされたことはあるんですけど、女優・モデル・アイドルへのお誘いだったので、すべてお断りしてきました。私は演歌歌手になりたかったので。

 現在の事務所の社長に東京・代官山でスカウトされた時は、「演歌女子ルピナス組」というグループへのお話だったんです。調べたら演歌をテクノにアレンジしているグループで、演歌を歌えるということだったので入りました。今所属している「民族ハッピー組」の前身です。

ーグラビアは、なぜやることに?

 メンバーでインドネシアへ遠征に行った際、ホテルのプールで撮った写真をSNSで公開したんです。白のビキニ姿でした。そうしたら、「意外とグラマーなんだね。グラビアイケるんじゃない?」と周囲がざわつき出して、いろいろなお誘いをいただき、需要があるならと思って始めることになりました。

 グラビア撮影では毎回、お腹を引っ込ませて力を入れてます(笑)。くびれのラインを褒めていただけるのですが、お尻が大きいから(ウエストとの比率で)です。恥ずかしいとか、羞恥心はないです。歌手になりたいということは、人の前に立ちたいということなので、見てもらえることについては、喜びの方が大きいです。

ー演歌にこだわる理由は?

 実は、祖父と母にはそれぞれ「歌手になりたい」と夢見ていた過去があって、私は“その夢を受け継いでいる3代目“という気持ちがあるからなんです。そんな環境にあったので、昔から演歌は聴いていたし、日本の文化だと思っています。だから、新しい物がどんどん出てきて、演歌が薄れていくのも嫌だなという思いがあるんです。

ー日本の文化を残したいと?

 他にも残したいと思う日本文化は、能・歌舞伎・落語など、いっぱいあります。日本語もそうです。そんな思いは、海外に行ってさらに強まりました。海外の人は日本の文化にすごく興味があるんです。政治・文化・ニュース…何でも。こんなに需要がある日本を大事にしたい、残したいという気持ちが、どんどん強くなっていきました。

ー好きな歌手や曲は?

 美川憲一さんの『柳ヶ瀬ブルース』です。友達は「モーニング娘。」や大塚愛さんなどを聴いていましたけど、私はカラオケに行っても美川さんを歌っていました(笑)。

 『柳ヶ瀬ブルース』のカラオケ映像に、ご本人がバーに登場するシーンがあるんですけど、色気があって大人って感じで、素敵なんですよ。いつかお会いしたいです。

 憧れの人は島津亜矢さんです。大人の余裕があって、すごい人なのに天狗にならない、すべてを犠牲にして歌にかけている迫力が伝わります。

ー感覚として、50歳くらいの人と話している気分になってきました(苦笑)

 友達からも「精神年齢がおばあさん」と言われます(笑)。私は母が30代、父が50代の遅い時にできた子供で、一人っ子なんです。今、母は50代、父は70代です。

 加えて、父は末っ子なので、親戚が皆うんと年上で、いとこは50〜60代、90代の人もいたりと、若者がいない環境で育ちました。

 お墓参りもよく行っています。私の研究だと、お参りの際に“お願い“をする人ほど、願いは叶わない…という結果になりました。お金持ちになりたいとか、病気を治したいとか、やめた方がいいです。「ありがとうございます」と感謝の気持ちを伝えるのが一番です。お礼を言うだけで変わりますよ。

ー「レコ大取れますように」とはお願いしなかったんですか?

 しないです。でもレコ大が終わった後に、親戚たちと一緒にご先祖様にお礼に行ってきました。2人くらいは「もっと琉叶の歌がうまくなりますように」とか「歌一本で生活できますように」とか“お願い“していましたけど(笑)。

ー琉叶さんは今後何で勝負していきたいですか?

 もちろん歌ですけど、もっと頑張らないといけない。今は、超高速で走っている新幹線の後ろの部品につかまっている感じです。何かはつかんだけれど、いつ振り落とされるか分からないという状態ですね。本当に周りの方に作り上げていただいた環境にやっとしがみついたので、これから恩返ししないといけない。

ー恩返しとは?

 ファンの方に将来、私のファンでよかったと思ってもらえるように、私自身の価値を上げることです。スタッフさんは今、身を削って仕事を取りにいってくれている状況です。だから、何もしなくてもドンドン仕事が入ってくる、ハッピーな環境にしたいです。皆やりたいことがたくさんあると思うので、今私にかけてもらっている仕事量を少しでも減らせたらと思います。

 そして私は、「演歌で世界征服」も目標にしています。『チョメリズム』という曲を、ソロで演歌調にアレンジしたものを歌わせてもらっているんですけど、そのMVが65万回再生されているんです。調べたら、ほとんどがインドで再生されていて、私はインドに求められているのかと思っていたら、インドネシアからもオファーがあったり。

 これは海外に行くしかない、と思ったんですけど、日本の文化を伝えに行くなら、現地のことを勉強して尊重し合わないといけないなと。だから今は、現地の音楽、言葉を勉強しています。言葉は、インドネシア語とヒンディー語ですね。英語は、短期でハーバード大で学ぶためにホームステイしたことがあります。

 日本はホームですけど、人口が減少しすぎて、少子化大臣でもやりたいくらいです。「カレシもいたことないくせに」って言われますよね(笑)。

ーカレシがいたことないんですか?

 音楽を愛していますから!学校でも、休み時間は声が響くトイレでアニソン歌って「うるせぇ!」って言われていました。学校が終わった瞬間にカラオケに直行。「あいつ、ヤバいよ」と言われていました。だからスキャンダルの心配はないです。もし写真が出たら、合成写真です(笑)。

ー今後やりたいことはありますか?

 イリュージョンです!コンサートで、着物で歌っていたのに、振り返ったら水着になっていた…とか。マジックを交えたようなことをしてみたい。ステージをダイナミックに楽しんでほしいし、皆に喜んでもらえることがしたいです。それと、3曲目の『ピンクのダイヤモンド』の大ヒットで、いろいろな番組に出ることです!

【インタビュー後記】

これまでスカウトされてきたのが、ほとんどアイドルとしてと言うのも納得の、アイドルの要素を持ち合わせている人でした。ところが中身は成熟していて、40〜50代の女性と話している感覚になるほど。肝が据わっていて、子供の頃から自分のやりたいことを貫き通し、自分の育った環境や文化を大切にする姿勢は、応援したくなります。周囲への感謝を忘れない、将来的にはビジネスでも成功しそうな空気を漂わせていました。

■望月琉叶(もちづき・るか)

1996年7月15日生まれ、神奈川県出身。ハップレコーズ合同会社に所属。東洋大学・社会学部を卒業しており、卒論のテーマは「少子高齢化と無縁墓」。在学中の2018年にアイドルユニット「演歌女子ルピナス組」(2019年「民族ハッピー組」に改名)に新加入する形でデビュー。現在は、同ユニットのメンバーとして活動しつつ、グラビアモデルも務める。2020年7月に『失恋慕情』にてメジャーデビューし、オリコンウィークリーチャート演歌・歌謡部門で1位、有線リクエストランキング1位を獲得。「第63回輝く!日本レコード大賞」新人賞を受賞。2月23日、3rdシングル『ピンクのダイヤモンド』を発売。

フリーアナウンサー/リポーター

東京都出身。渋谷でエンタメに囲まれて育つ。大学卒業後、舞台芸術学院でミュージカルを学び、ジャズバレエ団、声優事務所の研究生などを経て情報番組のリポーターを始める。事件から芸能まで、走り続けて四半世紀以上。国内だけでなく、NYのブロードウェイや北朝鮮の芸能学校まで幅広く取材。TBS「モーニングEye」、テレビ朝日「スーパーモーニング」「ワイド!スクランブル」で専属リポーターを務めた後、現在はABC「newsおかえり」、中京テレビ「キャッチ!」などの番組で芸能情報を伝えている。

島田薫の最近の記事