なぜジャパンはイングランド戦の後半に失速したのか?
「ジャパンは世界でもっともキックを使うチーム。自陣からは必ずキックを使い、ボールを動かしてくることはない」
イングランドを率いるエディー・ジョーンズHCは、かつて指導したジャパンとの対戦を前にそう言い放った。
英国時間17日16時にロンドン西郊のトゥイッケナム競技場でキックオフを迎えた試合、ジャパンは前任HCの言葉に挑みかかるように積極的にボールを動かした。
3―7で迎えた前半22分には、ゴール前の5メートルスクラムから、ジャパンが伝統のダイレクトフッキング(2番のHOが足でかき出したボールをNO8のところで止めずにSHがさばくプレー)でボールを確保。SH田中史朗からパスを受けたCTB中村亮土が、タイミングを狂わされたイングランドCTBアレックス・ロゾフスキをステップで抜き去って逆転のトライを奪う。
31分には、日本らしくボールを大きく動かし、キャプテンのリーチ・マイケルがイングランドのディフェンダーを“無力化”してトライを挙げ、前半を15―10とリードして折り返した。
いける、いけるぞ、ジャパン!
そうテレビの前で叫んだファンも多かったのではないか。
試合前からジャパンに向かって「寺に行って祈れ!」と挑発していたエディー・ジョーンズも、心穏やかではいられまい――と、ほくそ笑んだ人もいただろう。
けれども、イングランドがベンチに置いた主力組を後半から続々と投入するや、ジャパンの勢いは徐々にしぼみ、終わってみればスコアは15―35。後半は無得点に抑えられて、ニュージーランド戦に続きダブルスコア以上の点差で敗れた。
イングランド主力組とジャパンの地力の差――といってしまえばそれまでだ。
そんなことは、試合前から誰にもわかっている。
だから問題は、次の2つに集約される。
なぜ、ジャパンは前半の勢いを後半につなげられなかったか。
そして、この試合がどこまでリアルなW杯のシミュレーションとなり得たのか、だ。
W杯を見据えたイングランドと、後半に運動量が落ちたジャパン
1つめの問題について言えば、後半に入ってジャパンの運動量は明らかに落ちた。
前半は1つだけだったペナルティが増え、ハンドリングエラーも急増した。
ブレイクダウンに行くのがほんの少しでも遅れれば、大柄なイングランドの選手たちにボールに働きかけられて、自分たちのペースでボールを動かすことが難しくなる。サポートに走るスピードが少しでも落ちれば、際どいタイミングのパスに余裕を持って対処することができず、腰が伸びてしまってボールが落ちる。
こうした現象が重なってジャパンの勢いは少しずつ弱まった。
これまでのスタイルを変えて前半からボールを動かしたことで、本人たちが思っていた以上に「足にきた」のだろう。
後半は必然的にキックの回数が増えて、その分、イングランドがボールを保持して攻める時間が増えた。
しかも、後半はイングランドの司令塔にしてチームの共同キャプテン、オーウェン・ファレルがCTBの位置に入り、ゲームキャプテンを務めたSOジョージ・フォードとともにゲームをコントロールする。
終了直前にジャパンがペナルティキックから速攻を仕掛けたとき、ファレルが1人飛び出して、パスを待っていた松田力也に肉薄。きっちりとタックルで仕留めたのは象徴的な場面だった。
FWにも、この試合が96キャップめとなる共同キャプテン、ディラン・ハートリーが入ってセットプレーを引き締めた。
前半は優位に立てたスクラムでも押し込まれる場面が多くなった。
ゲームの基盤が、時間の経過とともに徐々に崩れていったのだ。
こうした流れは、2つめの問題、W杯のシミュレーションとも密接に関係している。
プールCに属するイングランドは来年9月22日にトンガと初戦を戦い、26日には中3日でアメリカと対戦する。優勝を目指すイングランドにとっては絶対に落とせない2試合だが、この試合間隔では、2試合ともベストメンバーで臨むことは難しい。
こうした場合、多くのチームが初戦にベストメンバーを起用し、次の試合には初戦のリザーブメンバーを主体にした控え組を先発させるのが一般的。だからこそ、10日にニュージーランドと15―16という死闘を演じたイングランドは、主力組をベンチに置いて、先発にもリザーブにもノンキャッパーをそれぞれ1名ずつ配し、中3日のシミュレーションをした。
英国のザ・テレグラフ電子版は、次のようなエディー・ジョーンズの言葉を伝えている。
「メンバー構成を変えたところで、選手たちがいつもと違うポジションでどういうプレーをするのか見たかった。ただ、立ち上がりに簡単にトライを取れたために、選手たちは楽勝だと思って、少し気を抜いてしまった。それが残念だ」(The telegraph “Depth of England's squad remains a work in progress after Japan upset only prevented by going back to basics”)
つまり、イングランドにとってジャパンとのテストマッチは、あくまでも来年を見据えたシミュレーションの一環であり、どこまで層の厚さが増したかを試すゲームだったのである。
自陣から仕掛ける“お家芸”が不発に終わったジャパン
そう考えれば、冒頭に記したエディー・ジョーンズの挑発的なコメントも、どういう意味を持つのか読み取れる。
――自陣からアタックを仕掛けるならばいくらでも仕掛ければいい。主力以外のメンバーが、そうしたアタックにどう対応するかを見るのもこの試合の目的だから――。
おそらくそこまで考えての挑発であり、自らが仕込んだジャパンに比べれば、明らかにパス能力が劣る今のジャパンに、そう簡単には防御を破られまい、という読みもあったのだろう。
実はここに、ジャパンがW杯に向けた準備がまだまだ遅れていることを示す兆候がある。
一般的に、相手がキックオフを蹴り込んだときの、いわゆるキックオフリターンは、攻撃を始める地点が自陣深くなることから、リスクを避けてキックを使うことが多い。その場合、キックオフを蹴ったチームは、何人かの選手が後方に下がってキックに備える。そうした状況でリスクを背負ってボールを大きく動かせば、外側の選手の前には大きなスペースが生まれる。つまり、バックスのアタックで大きくゲインする可能性が高まるのだ。
ジャパンはこうしたアタックを得意としていた。
エディー・ジョーンズ指揮下の14年に秩父宮ラグビー場でマオリ・オールブラックスと対戦した際には、試合開始のキックオフからいきなりこのアタックを敢行し、FB松島幸太朗が大きく抜け出して観客の期待を高めた。
ジェイミー・ジョセフが来日できずにマーク・ハメットがHC代行として指揮を執った16年のスコットランド戦では、起点はキックオフではなく自陣深い位置のラインアウトからだったが、SO田村優とCTB立川理道のループに“カンペイ”の動きを絡め、一気にSH茂野海人のトライに結びつけている。
このお家芸を、ジャパンは見せた。
特に、田村がPGを決めて3―7と迫った直後のキックオフからお家芸でビッグゲインを狙った場面が、さまざまな意味で象徴的だった。
アウトサイドCTBに入ったラファエレ・ティモシーがボールを股の下から放る“股抜き”を見せて、トゥイッケナムの8万人を越える観衆をどよめかせた。一見派手で華麗なプレーに見えるが、前を向いて放るパスに比べてサポートに動き出すまでほんの少し時間がかかる。結局、早くボールを持たせたかったエース福岡堅樹にパスが届いたときには、イングランドの防御が迫っていて、福岡はキックを蹴らざるを得なかった。
相手と正対し、可能な限り接近した間合いで素早くパスを通す――そんな“ジャパンウェイ”が、ジェイミー・ジョセフの“キッキング・ラグビー”で切れ味が鈍り、エディー・ジョーンズの予言通りキックを蹴らざるを得なかったのである。
中村のトライも、リーチのトライも、ジャパンが力をつけてきた証であることは間違いがない。
しかし、W杯でベスト8に残ることを考えれば、キッキング・ラグビーからお家芸まであらゆるオプションを身につけ、残り1年を切ったこの時期にはメンバーを固定してさらに精度を上げる。そして、スコッド全体で共有できるところまで戦い方を徹底する――それがW杯に向けた強化であり、準備である。
ジャパンは、果たしてそこまでチームを強化できたのか?
イングランド戦と同じ17日、W杯で同じプールAに属するアイルランドは、ニュージーランドをノートライに抑えて16―9で勝利した。
もう1つの同組のライバル、スコットランドも、南アフリカに敗れはしたがスコアは20―26だった。
アイルランド、スコットランドとほぼ同格のイングランドにダブルスコアで敗れたジャパンは、これから最後の追い込みで両者をキャッチアップできるのか?
イングランドに前半をリードしたくらいで“健闘”と評するのであれば、その距離はまだ限りなく遠い。