ウエスタン・リーグ単独トップの11盗塁!熊谷敬宥選手がチャンスを広げる《阪神ファーム》
今週前半はナゴヤ球場でのウエスタン・中日3連戦に臨んでいる阪神ファーム。24日は、雨の中で試合が始まったものの5回裏を終えて中断。30分後に降雨コールドゲームとなっています。
1回に先頭の江越選手が四球を選び、荒木選手の犠打で二塁へ、さらに三盗を決めると北條選手の右前タイムリーで生還。先発の望月投手は1回に先頭の溝脇選手の二塁打と2四球などで1死満塁としながら後続を断って無失点。4回にも2死から渡辺選手の二塁打と四球、味方エラーで再び満塁としますが、ここも最後は空振り三振で0点でした。
他の回は三者凡退で1対0で勝った阪神。望月投手が今季初勝利を挙げています。そして先日、高橋投手コーチが「5イニングを投げたらクリア」と話していた通り、これで完全にリハビリ組から卒業ということですね。合わせて、おめでとうございます!
なお25日の試合はグラウンドコンディション不良のため、朝8時半に中止が発表されました。日付が変わってから、特に早朝は相当な雨が降ったようで、さすがに無理だったと思われます。26日は大丈夫でしょう。
チームは早くもリーグ断トツの50盗塁!
さて今回は、盗塁とドラフト3位ルーキー・熊谷敬宥選手の話です。熊谷選手に関しては同じ内容を4月17日のスポーツニッポン新聞大阪版の紙面で掲載済みですが、そこで紹介しきれなかったものや追加取材コメントなどを加え、さらに詳しく書かせていただきました。
4月24日時点でウエスタン・リーグ5チームの盗塁数は、24日の中日戦で2つ成功させた阪神が28試合目で50個に到達!2位がソフトバンク(25試合)の31個、ついで広島(25試合)の25個、中日(24試合)の17個、オリックス(25試合)は13個になりました。阪神は長らく、シーズン途中でもリーグトップなんてなかった気がするので、この差はビックリです。
年間100試合以上になった2010年以降で阪神のチーム盗塁数を見てみると、2010年(82)、2011年(79)、2012年(66)、2013年(77)、2014年(65)、2015年(51)、2016年(83)、2017年(89)。昨年は89盗塁していますが、50個到達は7月22日の77試合目なので相当早いですね。ちなみに毎年ほぼ100個以上の盗塁があるソフトバンクは2013年に、156個という驚異的な数字を残しています。でも阪神が28試合で50個というペースなら…なんて、気の早い計算でした。
―そのうち11個が熊谷選手―
阪神で2000年以降にウエスタン最多盗塁のタイトルを獲得したのは、2005年(29個)と2007年(26個)の赤松真人選手だけです。シーズン最多は1998年の広島・福地和広選手で52個。これはなかなか抜けないでしょう。昨年、植田海選手が終盤までトップに立っていたものの1軍昇格中に抜かれ、ソフトバンクの釜元豪選手が2年連続の最多盗塁となりました。さあ、ことしの熊谷選手はどうでしょう?
3月16日、開幕のソフトバンク戦1試合目に2盗塁、2試合目で1盗塁の計3個。30日に釜元選手が並んでくると、その翌日のオリックス戦で4個目、4月5日の中日戦で5個目を決めました。しかし6日と7日に2試合連続で釜元選手が走って逆転したら、今度は熊谷選手が10日と11日のソフトバンク戦で2つ決めて7盗塁として再逆転。
その後の1週間で釜元選手は2つ成功させて8盗塁でトップに立ちましたが、熊谷選手は19日のオリックス戦で並び、21日の広島戦で1試合2盗塁して10個に到達!さらに翌22日にも1つ決め11個、2位の釜元選手に3差としました。3位は江越大賀選手(阪神)と上本崇司選手(広島)の7個、5位は6個で島田海吏選手(阪神)ら4人が続いています。9位タイの荒木郁也選手(阪神)は5個で失敗0です。
ただし熊谷選手本人はこういった展開に無頓着で、単独トップも人から聞いて知った様子でした。
「赤星選手のよう」と矢野監督、藤本コーチ
3月31日のオリックス戦で、ヒットを放ち二盗を決めた熊谷選手が1死後、サードゴロで三塁を陥れたことに「走塁がピカイチ!次の塁を狙う姿勢はアイツの武器」と絶賛していた矢野燿大ファーム監督。
「盗塁ってスタートとスライディング、相手のモーションや癖を読むとかキーになるものが色々あるけど、熊谷はスタートの思いきりもいいし、とにかくスライディングが強い。強さは勝負どころで大事。差し込みが弱いとアウトになるからね。赤星がまさにそう、スライディングが強かった」と高く評価しています。「今はどんどん行って、状況判断を勉強すること。アウトになってもいいから行けと言っている。行かないとわからない。これでいけるという部分、これは無理という判断ができるように」
藤本敦士守備走塁コーチには守備と走塁の両方を聞いてみました。走塁に関しては「スライディングがだいぶ改善されてきた。これまでスライディングの速さはあったけど、強さがなかったので、移動ベースを蹴って練習させた」とのこと。何度も移動ベースを蹴って練習したおかげで、だいぶ改善されてきたという強さ。やはりスピードだけでなく“強さ”も必要?「スライディングの強い人は、僕も二遊間を守っていて嫌やったからね。たとえアウトのタイミングでも、最後の“ねじ込み”でカバーできる。赤星さんみたいに」
奇しくも矢野監督と同じく、スピードスター・赤星憲弘さんの名前が出てきました。そう例えられるのは、走ることがセールスポイントである熊谷選手にとって何より嬉しいことでしょう。
―自分の個性で生きる道を―
守備について藤本コーチは「ちょっと“ふところ”が出てきたかな。ボールとの間合いとか捕り方とか。ボールとグラブとのラインがしっかりできた。上から下へ、あわててグラブを出すこともなく。試合でも一生懸命、常に意識を持ってやっているから成長していますよ。まず練習。練習でできないことが試合でできるわけがないから」という言葉です。
バッティングは挑戦中のスイッチも含めて発展途上ですが、守備と走塁で1軍に行けるかと聞いてみたら「足を生かしたバッティングをすればいい。3割40本は無理なんやから、出塁率を上げればいい。彼にとって必要なのは右打ち、エンドラン、バント、バスター。それで自分の生きる道がわかる」というアドバイスが藤本コーチからありました。これは深い言葉ですね。
まずは自分にできる守備と走塁から
では熊谷選手のコメントです。ここまでの約3か月半を振り返り「自分のレベルがまだまだだと感じている」と言い、沖縄キャンプから始まったことには「いいスタートだった、というのはないですね。行けてよかったとは思います。自分のやるべきことが明確になったので。1軍のレベルを最初に知ることができたという点ではよかった」と冷静な感想でした。
自身にとって課題という守備は「今までと同じではやれない。グローブの使い方にしても、出すのがひとつ遅れたらエラーになったり。やっぱり打球の速さとかも全然違うので、そのへんは苦戦している」そうで、でも「ボールとの間合い、グローブを出すタイミング、最近ようやく慣れてきました。ここ数試合で」と言います。
これが4月中旬の話で、ここ数試合ってそんなに最近?と尋ね直したら「はい。ほんと、先週のナゴヤくらいからです」と。4月6日~8日の中日戦ですね。「試合にずっと使ってもらっているのがありがたいです。まずは自分の持ち味である守備と走塁をもっと伸ばして、試合で経験を積んでいきたい。もちろん打たないと1軍の試合には出られませんが、自分にできることは守備と走塁。まずはそこを意識して」
少し前に、早く1軍へという焦りはないかと尋ねたら「まったくないです。ことし出られたらいいけど、来年でもいいかな?ぐらいに思っています」と言うので少し意外な気がしたのですが、本人の「それまでしっかりやるべきことを、ここでやりたい」というコメントと、「すべてにおいて強さが足りなかった」と藤本コーチも話していたので納得しました。
「体はだいぶ慣れてきた。朝の連ティーから始まり、練習して試合をして、終わってから特打とか特守とか。それを繰り返して体が対応できるようになったと思います」と熊谷選手。試合後は新井良太コーチと2人で室内練習場に入り、マンツーマンでの“連ティー”です。「鳴尾浜にいるときは毎日です。そのお陰で体力がつきました。前はメシ食って部屋に戻ったら、疲れて動けないくらいだった。そのまま寝てしまったり。でも今は大丈夫なんで」
練習で体が覚えてきた“走ること”
次に「一番(今までと)変わりなくできている」という走ることについて聞きましょう。「ピッチャーのクイックの速さも違う。ここでしか失敗できないので、今はどんどんチャレンジしていきたい」と果敢に攻めています。話を聞いた時点では、リーグトップタイの7盗塁で「少ないです。もっと走れる場面があったので、20試合で7つは少ないと思います。大学の時は10試合から15試合の間に10個ぐらい走っていたのを考えれば」と不満顔でした。
でも失敗が2つだけなのは、矢野監督や藤本コーチが挙げる“強さ”のおかげですかね?「蹴る位置を毎回、藤本コーチに教えてもらって。練習からそれを意識してやっていたので、体が覚えてきたと思います」
3月に行われた教育リーグ(ナゴヤ)では、中日の加藤匠馬捕手に阪神はことごとく盗塁を刺されました。熊谷選手もしかり。「ああ、これがプロだなって思いました。捕ってから投げるのが遅くても、肩でアウトにするし。しかも中日はピッチャーのクイックも速いので」。そういう相手には俄然、燃えてくるでしょう?「いえ…ああいうのを見ると走りたくなくなる」と意外にも消極的な言葉かと思いきや「でも隙を見て走ります」とニヤリ。
―後続打者のため、チームのため―
上記の話から1週間を経た23日、名古屋へ出発する際に追加取材しました。この間、広島戦で計3個を成功させ、単独トップの11盗塁となったことについて「スライディングがよかったです。1つはアウトのタイミングでしたから」と熊谷選手。やはり、決め手はスライディングですね。練習の成果?「自分で実感はないですけど、強くなったと思います」
これまで自分が塁に出られず、またチャンスを広げられなかった試合を申し訳ないと言っていたのですが、この広島戦で出塁した時はしっかり走っていますね。「一塁にいたままでは面白くないんで(笑)」。なるほど、それが原点でしたか。「なかなか点が入らない時に、盗塁して少しでもチャンスを広げられたら。走ることによって江越さんとか、次のバッターの狙い球が絞りやすくなるので」
ただ走るのではなく、自分が動くことで勝利に貢献できることが一番ですね。「今は、余裕を持って勝っている時しか走れていないので、次は僅差で負けている時や同点の時に行けたら。チームを助けられる盗塁ができたらと思います。そこが次の課題」と、確かな目的がありました。中日のバッテリーに対しても「クセさえ盗めればいけると思います」とのこと。あすの試合が楽しみです。
「熊谷さんはギャップの人」
最後に、昨年12月の新入団発表会でお会いした立教スポーツ編集部の入江萌乃さん(現4年生)のお話。熊谷選手には「人見知りがすごくて、心を開いてくれるのに時間がかかりました。写真も苦手で、なかなか笑顔は見せてくれません」と、取材に苦労した様子です。でも、いったん仲良くなると一変するみたいですね。入団発表会の時も「私に気づいて、会見中ずっと変顔をしていました」と笑う入江さん。熊谷先輩を分析してもらいました。
「ひとことで言うと、"ギャップの人"だと思います。野球に関してはものすごく真面目で、練習でも試合でも厳しい。怖いくらいです。でも普段は優しいですね。キャプテンシーもあって尊敬されていますが、選手たちは口を揃えて『野球以外はちゃらんぽらん』だと言っていました」。ちゃらんぽらん?へえー!それはかなりのギャップかも。
熊谷選手は「はい。その通りです。ちゃらんぽらんです!野球以外はどうでもいいから」とキッパリ。どの選手もみんな野球一筋だとは思いますが…ここまで言い切る人も少ないでしょう。さらに入江さんいわく「カッコいいとか男前とかって言われるのも本気で嫌みたいです」と。硬派ですね、見た目と違って。あ、これもギャップでした。
そうそう、もうひとつエピソードがあります。昨年6月に行われた『第66回全日本大学野球選手権』で立教大学体育会野球部が、59年ぶりの優勝を果たした時のこと。主将の熊谷選手は、日本一になってうれしかったのは何かと聞かれ「キャンパス内にあるコンビニのチキンが安くなったこと」と答えたそうですよ。関西人としては非常にオイシイ回答なんですけど、もしかしたら狙ったんじゃなくて“素”なのかも。
いろんなお話を聞かせてくださった入江さん、ありがとうございました!ちなみに立教大野球部は今、春季リーグの真っ最中。5試合を消化して4勝1分けで勝ち点2、首位にいます。熊谷選手も負けずに走って守って、もちろん打ってチームの機動力となってください。
<掲載写真は筆者撮影>