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25キロの体重差を障壁としなかったWBA/WBC/WBOヘビー級チャンプ

林壮一ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属
(写真:ロイター/アフロ)

 55パウンド(およそ25kg)の体重差を考えてみたい。47.62キログラムのミニマム級と72.57キログラムのミドル級ほどの違いである。常識的に考えれば、殴り合う2人の選手のサイズがこれだけ異なれば、ボクシングとして成立する筈もない。

 しかし、最重量級では2度にわたって試合が認められた。しかも、複数のベルトがかけられた世界タイトルマッチとしてだ。

写真:ロイター/アフロ

 オレクサンドル・ウシクvs.タイソン・フューリー第2戦は、3名のジャッジ全員が116-112と採点し、37歳のウクライナ人王者がWBA/WBC/WBOタイトルを防衛した。

写真:ロイター/アフロ

 明暗を分けたのは、サウスポーである王者のステップだった。チャンピオンは立ち上がりから、前の手でフェイントをかけ、足を止めない。体格で優るフューリーの一発を警戒し、自分の距離を保った。時折、懐に飛び込んでは左ストレートを浴びせる。下のクラスから転向し、頂点に立った男らしい戦いぶりだ。

 フューリーが前に出た折にも、ウシクはフットワークで捌いた。4ラウンドにはフューリーの右ストレートを、翌5ラウンドにはボディショットをヒットされる場面もあったが、チャンピオンは揺るがない精神力でリズムを取り続けた。

写真:ロイター/アフロ

 ウシクのメンタルの充実はトップアスリートとしてだけでなく、戦火で苦しむ祖国への想いがあったのではないか。筆者の住むカリフォルニア州サンディアゴでは、毎週土曜日に在米ウクライナ人が集い、ロシアとの戦争に苦しむ同胞同士で支え合っている。「この状況に負けず強く生きよう」「ロシアに勝とう!」と述べ合う。そんな中で「トランプが再び大統領になったら、真っ先にウクライナへの支援を止めるとか、ウクライナはロシアと話し合って領土の取引を始めるべきなどと発言してきた。今後、アメリカからの支援は期待出来ないよ」と語る男性がいた。

写真:ロイター/アフロ

 “スモールヘビー”であるウシクの勝利は、祖国に束の間の希望を与えたのではないか。

勝者は試合後、「フューリーは偉大な選手であり、素晴らしい対戦相手だった。24ラウンドの素晴らしい戦いだった。私のキャリアの中で、信じられないような24ラウンドだった」とコメントした。フューリーとは背負っているものが、まるで違うように見えた。

ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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