ベッキーにキック痛打 ダウンタウン年末特番―国連、憲法の視点からも最悪
日テレ系の年末特番「ダウンタウンのガキの使いやあらへんでSP 絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時」は様々な点で酷いものだった。ダウンタウンの浜田雅功が黒人を風刺したかのような黒塗りのメイク(黒人達からは彼らへの侮蔑と受け取られる)で登場したことについては、BBCやワシントンポストなどの海外メディアでも報道される騒ぎに発展しているが、もう一つ、見過ごせない大問題があったので、本記事ではそちらについて指摘しておきたい。番組中、タレントのベッキーが無理矢理、抑え込まれて、タイ式キックボクシング(ムエタイ)の使い手にキックで強打された上、痛がる姿を笑いものにされたということだ。
〇男性芸人たちに取り囲まれ、「タイキック」を受けたベッキー
番組中のドッキリ企画というかたちで、進行役がベッキーに対し、彼女の不倫騒動の「禊ぎ」としてタイ式キックボクサーに蹴らせることを宣言。驚き、恐怖に目を見開いて、その場を逃げようとするベッキーだったが、ダウンタウンの浜田らが「動いたら危ない」と抑え込み、半ば無理強いというかたちで、タイ式キックボクサーの女性の強烈な回し蹴りを腰に受けることに(番組中では「タイキック」と表現。タイに対しても失礼)。強打に崩れ落ちたベッキーは「痛い、重い」と苦しみ、しばらく立ち上がることができず、ようやく立ち上がった後も茫然とした表情だった。一方で、浜田と松本人志らダウンタウンや、その場にいた芸人達は「やばい、これはやばい」「めちゃくちゃ痛いやろ」とゲラゲラと大笑いしていた。
〇国連主導の世界的な潮流に逆行
この「ベッキーにタイキック」には、様々な問題があるが、そもそも暴力を笑いにして良いのか、という問題がある。バラエティー番組にありがちな演出で、ベッキー本人も合意済みで腰にパットを入れるなどして、痛みを軽減していた、ということも、もしかしたらあるのかもしれない。ただ、それでも、暴力、それも女性への暴力を男性達がゲラゲラ笑うという本企画の構図自体が、醜悪であるし、不謹慎極まりない。
現実の問題として、世界的にあまりに多くの女性達が暴力にさらされている。国連の「女性に対する暴力撤廃の国際デー」(11月25日)に向けたアントニオ・グテーレス国連事務総長の昨年11月の演説によれば、全世界の女性たちの3人に1人以上が、一生のうちに何らかの身体的、性的暴力を受けているという。日本においても、内閣府の調査(平成26年)によれば、女性の約4人に1人は配偶者から被害を受けたことがあり、被害を受けた女性の1割は生命の危機を感じた経験があるという。だからこそ、女性に対する暴力の撤廃は、今や日本も含む国際社会の最優先課題の一つとされているのだ。
女性への暴力撤廃のため、重要なことは何か。それは、男性側の規範や行動を変化させることであると、UN Women(女性の地位向上等を目指す国連機関)は強調している。映画『ハリー・ポッター』シリーズなどで知られる女優であるエマ・ワトソンはUN Women親善大使として、男性に対しても、ジェンダー平等*への変革の主体に求める国際的なキャンペーン「HeForShe(彼女のための彼)」を発表。こうした動きに呼応して、バラク・オバマ前米国大統領や、カナダのジャスティン・トルドー首相が自身を「フェミニスト」であると公言している。そうした世界的な潮流から観れば、女性への暴力を否定するどころか、ゲラゲラと笑いものにするという、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで~」のあり方は、「お笑い」であったとしても、断じて、笑えないものなのだ。
*ジェンダーとは、「ある時代のある社会が、そこに所属する男性・女性にとって“ふさわしい”とする役割、行動、性質など、生物学的な性差に付加された社会的・文化的な性差のこと」と定義されている。UN Women日本事務所のサイトを参考。
〇「不倫への私刑」、おぞましい暴力の正当化
「ベッキーにタイキック」の問題としては、彼女への暴力を正当化する口実として、不倫騒動を起こしたベッキーへの私刑として行われた、ということも指摘しておくべきだろう。番組中では「禊ぎ」という言葉が使われたが、禊ぎとは本来、神事の前に沐浴して心身を清める宗教的儀式のことである。つまり、「禊ぎ」が自ら身を清める主体的な行動であるのに対して、ベッキーを男性芸人達が取り囲んで、タイ式キックボクサーに蹴らせるというものは「私刑(リンチ)」に他ならない。だが、法律によって刑を執行する刑務官以外の一般人が「刑罰」と称して他人に危害を加える私刑は厳しく禁じられる行為である。憲法の第31条に、
と定められていることが、その根拠だ(しかも、殴る蹴るなどの暴力を加える刑罰は日本の刑法には存在しない。死刑すら著しい苦痛を与えることは避けられる)。だから、「ベッキーにタイキック」は、公開で暴行・傷害罪を行った、との解釈もできることなのである。
そもそも、不倫を口実にベッキーに第三者が制裁を加えようということ自体が、おかしなことだ。不倫とは民法上の問題、つまり結婚という契約を交わしている配偶者同士の契約違反である。だから、配偶者は、不倫した配偶者やその不倫相手に対し、損害賠償請求を行うことができるが、不倫自体は刑事罰を加えられるものではない。まして、不倫を口実に暴力をふるったら、それは暴行・傷害罪となりうる。
「ベッキーにタイキック」は、ダウンタウンの浜田・松本両氏および番組制作側の順法精神や人権意識の欠如から来ているのであろうが、不倫をした人間に対し、当事者はおろか、第三者まで私刑としての暴力をふるうことを許容するような表現が公共の電波で広く発信されたということも、非常に由々しきことである。その背景には、本来、当時者間でのプライベートな問題を、まるで凶悪犯罪であるかのように、猛烈かつ執拗にバッシングした、この間の不倫に関する報道も、無関係ではないだろう。アフガニスタンやアフリカの一部の国々では、不倫した男女に対する、集団での私刑=石打ち刑が現代でも行われているが、日本のメディア関係者のメンタリティーも、それに近いものがあるのかもしれない-そう思えてくるほど、「ベッキーへのタイキック」はおぞましいものだった。
◯オピニオンリーダー気取りの松本人志の無知・無神経
本記事を読まれた人々の中には「たかがお笑いにムキになるな」との感想を持たれる人もいるかもしれない。ただし、お笑いだろうが何だろうが、暴力は暴力であるし、上記したような、様々な問題のあるメッセージを公共の電波でバラまいたことは、やはり深刻なことだ。まして、ダウンタウン、特に松本人志は、単なるお笑い芸人ではない。フジテレビ系のワイドショー『ワイドナショー』で、時事問題にコメンテーターとして発言する立場なのだ。松本が何か番組で発言したら、その発言を有難がって粗製乱造の記事を配信するネットニュースもある。昨年末には、松本は、安倍晋三首相と会食するなど、すっかりオピニオンリーダー気取りのようであるが、そうした立場の人間が、女性の人権やジェンダー平等をめぐる国際的な動向についても、日本の憲法や刑法に対しても、全く無知かつ無神経であることは、許されないことだろう。
◯人権後進国のイメージを厚塗り
それでなくても、近年、日本は先進国としてはあり得ない程の、人権後進国というイメージが定着しつつある。男女平等についても、世界経済フォーラムが昨年11月に発表した2017年版「ジェンダー・ギャップ指数」でも、日本は調査対象国144カ国中、114位という惨憺たる結果であった。同じく昨年11月には、国連人権理事会は日本に対し、女性に対する暴力への対処の強化や、外国人差別、ヘイトスピーチなどへの対応を求めるもの、原発事故被災者の救済を求めるもの等、実に218もの勧告をしている(上記、ourplanet-tvによる関連動画を参照)。そうした情勢から観ても「ベッキーにタイキック」は全く笑えない。日本のメディア関係者は勿論のこと、視聴者側の意識の変革が必要なのだろう。
(了)