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これはユーロ離脱を問う国民投票だ ギリシャの離脱は濃厚に

木村正人在英国際ジャーナリスト

世論調査で否決は13回、可決は5回

欧州連合(EU)や国際通貨基金(IMF)が融資の条件として提示した財政・構造改革案を受け入れるかどうかを問うギリシャの国民投票が5日行われる。投票権者は18歳以上の約985万人。

ギリシャと債権者団の交渉は決裂、財政再建・構造改革案がまだ生きているかはっきりしない中、否決ならギリシャの単一通貨ユーロ圏(19カ国)からの離脱は不可避となる。

ギリシャのチプラス首相がEUの行政執行機関・欧州委員会、欧州中央銀行(ECB)、IMFの債権者団との交渉を蹴り、国民投票の実施を一方的に宣言した6月27日以降の世論調査を見てみよう。

世論調査をもとに筆者作成
世論調査をもとに筆者作成

青い折れ線グラフが債権者団の財政・構造改革案を「受け入れる」、赤い折れ線グラフが「拒否する」である。18回行われた世論調査で「受け入れる」が「拒否する」を上回ったのはたった5回しかない。

「拒否」派のチプラス首相率いる急進左派連合(SYRIZA)が終盤になって再び盛り返し、「拒否」が1ポイントリードしている。世論調査のトレンドを見ると、財政・構造改革案は「拒否」される可能性が強い。

バルファキス財務相は債権者団の財政・構造改革案について「ギリシャへのテロ」と国民の嫌悪感情をあおりにあおっている。チプラス首相は「ノーを選択してもユーロを離脱することにはならない。より強い立場で債権者団との交渉に臨むことができる」と主張する。

債権者団とギリシャの差は4億ユーロ

英紙フィナンシャル・タイムズによると、6月25日に行われたギリシャと債権者団の最終交渉は6億ユーロの差まで縮まっていた。

ホテルが23%の付加価値税(VAT、日本の消費税に相当)から外され、13%の税率にすることで妥協が成立し、その差は4億ユーロ(約546億円)に縮まろうとしていた。

債権者団が交渉妥結を確信したとき、チプラス首相は席を立った。SYRIZA関係者と相談するためだ。チプラス首相は新たな10の要求を示した紙を持って戻ってきた。債権者団の堪忍袋の緒が切れた。

白紙に戻った債権者団の財政・構造改革案は次の通りだ。

(1)23%、13%(生活に必要な食料、電気代、ホテル、水道代など)、6%(医薬品、本、劇場代など)の3段階付加価値税を7月1日から導入。歳入を対国内総生産(GDP)比で1%増やす。

(2)年金受給年齢を2022年までに67歳に引き上げる。

(3)貧困層の年金生活者に支給されていた手当てについて、2020年までに余裕のある上位20%をなくす。

(4)年金生活者の医療費負担を4%から6%に引き上げる。

ギリシャ国民はおそらく債権者団の財政・構造改革案の内容を正確には理解していない。感情的にEUやIMFの締め付けはもう我慢できないと反発している。

オープン・ヨーロッパのデータより筆者作成
オープン・ヨーロッパのデータより筆者作成

ギリシャがユーロを離脱することになったら、上のグラフの負債3230億ユーロなどのうち2300億ユーロが焦げ付くとみられている(RBSのAlberto Gallo氏)。たった4億ユーロのために2300億ユーロを棒に振るような馬鹿なマネは債権者団はしまい――。

チプラス首相とバルファキス財務相の戦術は「返せないぐらい借りた借金は、借りたもの勝ち」なのだ。ギリシャは「Too Big To Fail」だと高を括っている。事実、IMFは水面下でギリシャには次の3年間で600億ユーロ(約8兆1900億円)の債務減免が必要とユーロ圏に要請している。

しかし、最近の世論調査ではドイツ有権者の58%がギリシャのユーロ離脱はやむなしと考えている。ギリシャがユーロを離脱したところで影響は欧州債務危機の最中ほどではなくなった。もはやドイツがSYRIZAを相手にすることはあるまい。

ギリシャ経済の「即死」

5日の国民投票で債権者団の財政・構造改革案が否決されたら、ギリシャ経済の「即死」を意味する。銀行休業や1日60ユーロの現金自動預払機(ATM)からの引き出し制限は継続されることになる。

FT紙は、銀行の資本を強化するため、8千ユーロを超える預金の30%は損失負担を強いられるケースが出てくると報じている。7月20日に迫ったECBへの返済もデフォルト(債務不履行)必至だ。

筆者作成
筆者作成

ギリシャの49%が年金で生計を立てており、給与生活者は36%にすぎない。ギリシャ政府は年金や公務員の給与を支給するため、ユーロの並行通貨として借用書(新ドラクマ)を発行、ユーロからの離脱は回避できなくなる。

ユーロの信認も大きく傷付けられる。これまで導入国はユーロから離脱しないという前提でやってきた。その前提が完全に崩れてしまう。メルケル独首相とオランド仏大統領が主導して財政統合を進めなければ、第二、第三のギリシャが出てくるのは不可避だ。

筆者は国民投票が可決されることを心から願っている。しかし可決されても、ギリシャ国内の政治状況が変わるわけではない。チプラス首相が辞任して、さらに強硬な左翼プラットフォームがSYRIZAの主導権を握ったら、やはりギリシャのユーロ離脱は避けられない。

(おわり)

参考:『EU崩壊』

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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