観客を魅了するサッカーを。WEリーグ・EL埼玉が、変化の中で掴み取った今季5勝目
WEリーグは残り8節。2年目のシーズン終盤に向け、リーグ戦も佳境を迎えようとしている。
優勝争いの顔ぶれは例年と大きく変わらず、浦和、INAC神戸、東京NBの3強に絞られそうだ。首位を走るのは7連勝中で勝ち点「33」の浦和。昨シーズン女王のINAC神戸が勝ち点「3」差で2位に続き、さらに「1」差で3連勝中の東京NBが3位につけている。
そのトップ3からは離されているが、4位につけるのが勝ち点「17」のノジマステラ神奈川相模原。8位のちふれASエルフェン埼玉まで、5チームが勝ち点「2」差にひしめき合う混戦だ。
この熾烈な中位争いも、終盤戦の見どころ。先週末に行われた14節は、代表ウィークによる3週間の中断後に行われた。上位3強が順当に勝ち点3を積み上げた中、4位以下では唯一、8位のちふれASエルフェン埼玉が勝ち点「3」を積み上げた。
EL埼玉は4位のN相模原と対戦し、1-0で勝利。ハイプレスとロングボールの応酬で、両者一歩も譲らないタフな試合となったが、前半21分にペナルティエリア外からMF瀬戸口梢が決めた20m超のレーザービーム弾が決勝点となった。
EL埼玉は今季5勝目を挙げ、4位を視界に捉えた。わずか2勝で最下位(2勝7分11敗/13得点33失点)に沈んだ昨季に比べると、結果もさることながら、全体的にプレーの強度が上がり、強豪相手にも“何かが起こりそう”な試合が増えたように思える。
【戦い方の幅を広げてぶつかった壁】
その要因の一つは、指揮官の放つ“色”だろう。
今季からチームを率いている田邊友恵監督は、アルビレックス新潟レディース(2002年創設)の初期メンバーで、FWとして活躍後、27歳で現役を引退。JFAナショナルトレセンコーチや日ノ本学園高校、N相模原のアカデミーダイレクター(兼U-18監督)など、ユース年代の選手たちを約15年間指導してきた。高校時代はインターハイ5回優勝、全日本高校女子サッカー選手権でも2度の全国優勝を成し遂げ、日ノ本学園高を全国屈指の強豪校に押し上げた。
女性指導者では10人ほどしかいないS級ライセンス取得者の一人(日本の最高位の指導者ライセンス)で、現在のWEリーグには同氏の教え子も多い。
年齢制限のないプロのチームで指揮を執るのは初めてだが、今季のEL埼玉の変化から、“田邊色”が見て取れる。
就任後はまず守備を見直し、シーズン序盤は堅守速攻の戦い方を軸に、3勝4敗と勝ち点を積み上げた。時には5バックでしたたかに守り、守備のハードワークと前線のスピードを生かして、エースのFW祐村ひかるが3ゴール、下部組織出身のホープ・MF吉田莉胡が2ゴール。強豪相手にボールを持つ時間も増え、1月の皇后杯では2019年以来のベスト4進出を果たすなど、チーム作りは順調かに見えた。
しかし、ウインターブレイク明け後に、あえてその戦い方にメスを入れた。堅守速攻から「奪う」守備にシフトチェンジし、ハイプレスに着手したのだ。
それまでの“堅守速攻”は、各選手の特徴を生かしつつ着実に勝ち点を積み上げる意味で理にかなった戦い方に思えた。
また、シーズン中にチームのスタイルを変えることはリスクも伴うだろう。それでも変えようとしたのには、次のような理由があった。
「守備のブロックを作る戦い方で女子サッカーが盛り上がるのか?と考えた時に、リスク覚悟で奪いに行った方が見ているお客さんは面白いと思います。それに、守っても点を取られて、それからボールを奪いにいこうとするぐらいなら、最初から奪いに行こうと。そこで、まずは意識改革から始めました」(田邊監督)
強豪相手にも、ガツガツボールを奪いにいく。そんな場面が数多く見られるようになった一方で、9節の東京NB戦(●0-3)から、浦和戦(●0-1)、長野戦(●0-3)と連敗。代表選手たちの個の力を止めきれず、局面の迷いやミスが失点につながり、決定力不足にも苦しんだ。
しかし、12節の新潟戦で4バックに変更すると、FW西川明花の2ゴールなどで快勝。コンパクトな守備で球際の強度も上がり、分厚い攻撃から3ゴールを奪って快勝した。
ここでようやく連敗を脱出したものの、次の仙台戦(●0-1)では、「奪いにいく守備」がはまらず、再び敗戦。
3バックと4バック、引いた守備と“攻め”の守備――。
戦い方の選択肢が増えた中で迷いも生じたが、それでも「ピッチの中の声は、ディフェンスラインを中心に増えています」(GK浅野菜摘)というように、チームは一歩ずつ着実に、前進していた。
【基本の「キ」から見直し、「新たな章」へ】
そして、この3週間の中断期間に田邊監督は再び動いた。
だが新しいことを始めたのではなく、強調したのは「攻守の基本の“キ”」(田邊監督)だったという。
「WEリーグで指揮を執るのが初めてなので、メンバーが一度決まってしまうと変えづらい部分もあります。ただ、連戦になるとケガ人も出てくる可能性があるので、誰が出ても戦えるようにチームとして基本的な守り方を確認しました。
時間帯や点差によって“引き込む守備”と“奪いに行く守備”を変えられるような、そういう武器を増やす時期だと思っています。(シーズン中に加入した)新入団選手も慣れてきた中で、いろいろな選手が試合に出られるように見直しました」
変化にはリスクが伴うが、「変化しないことのリスク」に目を向けなければ、進化もない。指揮官の言葉に熱がこもった。
「選手たちからすると、『また変わるのか』と思う部分もあると思うんですが、自分の中では物語の筋があって、目次の中で章が変わるイメージなんですよ」
そして、迎えた先週末のN相模原戦では、前半は「奪いに行く守備」で1点をリード。後半は「引き込む守備」でカウンターを狙い、手堅く勝利を手繰り寄せた。
個人に目を向けると、初先発で左サイドに抜擢された17歳のMF松山沙来が攻撃のアクセントになり、10試合ぶりに先発した右サイドバックのDF金平莉紗が守備を引き締めた。ディフェンスリーダーのDF岸みのり、8年目の正守護神・GK浅野菜摘の安定感も光った。
攻撃では、4バックに変えた12節から1トップに抜擢されている西川の存在感が際立っていた。試合当日が31歳の誕生日だった西川は、体の強さと長身を生かしたボールキープやクロスに飛び込むワンタッチゴールも特徴だが、「前からのボールの追い方に経験があって、ハードワークできる」(田邊監督)という守備力の高さを遺憾なく発揮。
司令塔の瀬戸口も、12節からトップ下にコンバートされ、3試合で2ゴールと好調を維持している。「新しいポジションやシステムにチャレンジすることが多く、それによって選手同士が話す回数が増えて雰囲気が良くなりました」(瀬戸口)というように、変化を拒まず、戦い方の幅を広げてきた成果が実った。
田邊監督は試合後、「最後は(1点のリードを)耐えたので、見ている人がどう感じるかわかりませんが、最後まで耐え切った頑張りが見にきてくれる人に伝わればいいなと思いますし、選手は良く頑張ってくれました」と、小さな笑みをこぼした。
WEリーグは残すところあと7試合。EL埼玉は3強の浦和、INAC神戸、東京NBとの試合も残っている。皇后杯やリーグ戦で、内容面でチャレンジし続けてきた成果が、どのように発揮されるだろうか。
「お客さんにとっては、こういうことをやりたいんだな、ということが伝わるサッカーが面白いと思うので、それも指導者としての課題と受け止め、向き合っていければなと思います」(田邊監督)
次節は4月29日(土)に、アウェーのゼットエーオリプリスタジアムで千葉と対戦する。同い年の三上尚子(千葉)との女性監督対決にも注目してみたい。