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「君が代起立は教育滅ぼす」 市民団体メールを誤引用 産経、ネット見出しは修正

楊井人文弁護士
自民党大会での君が代斉唱(今年3月13日)※記事の内容とは直接関係ありません。(写真:アフロ)

【GoHooレポート3月26日】産経新聞は3月15日付朝刊(東京版)で「教職員の国歌斉唱『教育荒廃させる』 市民団体、大阪市立小中にメール」と見出しをつけ、「卒業式での教職員の国旗掲揚や国歌斉唱は『教育を荒廃させる』などとする内容のメールが2月、市民団体から大阪市立小中学校全424校に送られていた」と報じた。しかし、この市民団体が一斉送信したメールで「教育を荒廃させる」と批判したのは、国歌起立斉唱の「職務命令」やその発令を促す大阪市教育長の「通知」だった。メールでは国歌起立斉唱という行為そのものが「教育を荒廃させる」とは主張しておらず、「国旗掲揚」には全く言及していなかった。ニュースサイト記事の見出しが一部修正されたものの、同団体は「誤報」と抗議している。

2015年7月13日のD-TaC結成集会(D-TaC提供)
2015年7月13日のD-TaC結成集会(D-TaC提供)

記事が取り上げたのは、国歌斉唱時の不起立を理由に戒告処分を受けた松田幹雄・大阪市立中教諭を支援する活動を展開している「Democracy for Teachers and Children」(D-TaC)。2月10日、市立学校に一斉送信したメールがD-TaCのウェブサイトで全文公開されており、問題となった部分は次のように記されていた。

私たちは、1月5日付で大阪市教育委員会に「質問と要請」を提出し、昨年1月23日付で出されました「式場内のすべての教職員は起立して斉唱するよう校園長より職務命令を行うこと」と指示する教育長通知と同様の通知を出さないよう要請していました。この通知と「君が代」起立・斉唱職務命令が、教職員の間に保身を蔓延させ教育を荒廃させるのではないか、本来、児童・生徒に対して当然なされるべき「君が代」の歌詞の意味や扱いの歴史的変遷についての情報提供も行わないまま起立・斉唱を強要し、「君が代」を歌いたくない児童・生徒に対して「いじめ」・人権侵害の現実が生まれているのではないかと問題提起していたのです。

出典:D-TaCウェブサイト

日本報道検証機構はD-TaCに対し、メールでの「教育を荒廃させる」という指摘は、式場内で国歌を起立斉唱するという行為そのものも含まれているのか質問したところ、「教育長の『通知』と『職務命令』についてのみ、述べたものです」との回答があった。卒業式などでの国歌の起立斉唱については「大人・子どもを問わず、一人一人の多様な参加のあり方を尊重し保障すべきです」との見解を示した。

今回の記事は、産経の大阪版で「大阪市小中学校に市民団体がメール 教職員の国歌斉唱起立に反対」と見出しをつけて詳しく報道。本文は、D-TaCが問題視したのが「職務命令」であることにも触れているが、見出しとリード(東京版と同じ)はメールの趣旨について誤解を与える記述になっていた。

産経新聞ニュースサイト(WEST版)2016年3月15日掲載(見出し修正前)
産経新聞ニュースサイト(WEST版)2016年3月15日掲載(見出し修正前)

出典:http://www.sankei.com/west/news/160315/wst1603150013-n1.html

ニュースサイト版見出しは修正、追加の訂正要請には応じず

ニュースサイトの記事も大阪版と全く同じ内容。見出しは独自に「『君が代起立』は教育滅ぼす」と記されていたが、D-TaCの指摘を受け「『君が代起立』は教育を荒廃させる」に訂正された(記事末尾に修正した旨を明記)。その後、D-TaCは産経に対し、見出しを「『君が代起立』職務命令は教育を荒廃させる」に訂正し、メールで言及していない「国歌掲揚」の記述も削除するよう再度要請。しかし、産経からは「本文を読めば職務命令を指していることが分かるから替える必要はない」と回答があったという。

ただ、産経の東京版記事は、大阪版より短いバージョンで、見出しにも本文にもメールが「職務命令」を問題視したことに一言も触れていなかった。当機構も東京版記事を踏まえて産経に質問していたが、回答はなかった。

大阪市は公立校の教職員に国歌起立斉唱を義務づける条例を制定している。市教育長は1月29日、各校長に対し、この条例に基づいて国歌起立斉唱の職務命令を出すよう通知していた。 D-TaCが今回一斉送信したメールは、市教委にこうした通知を出さないよう要請していた経緯や趣旨を説明する内容だった。最後に「みなさまには、私たちのような声があることを頭においた上で、今一度、学校教育のあり方についてお考えいただきますようお願い致します」と書かれていたが、その他に国歌起立斉唱をやめるよう呼びかける趣旨の記載もなかった。

最高裁、「職務命令」自体は合憲判断

公立校の教職員に対する国歌起立斉唱の職務命令をめぐっては、思想・信条の自由を保障した憲法19条に反するとして、これまで何度も裁判で争われている。最高裁は、思想・信条の自由を間接的に制約する面は否定できないとしつつも、職務命令自体は合憲と判断(2011年5月30日判決)。ただ、国歌斉唱時に起立しなかった教員を停職処分としたのは重すぎて違法だとして取り消した事例もしたこともある(2012年1月16日判決)。2004年には、天皇陛下が園遊会で「強制になるということではないことが望ましい」と発言され、波紋を呼んだこともあった(朝日新聞2004年10月28日付記事)。

(*) 本文中「市立学校の全教職員に一斉送信したメール」と記していましたが、メールの名宛人は「大阪市立学校教職員の皆さんへ」と記されているものの、送信先は個々の教職員ではなく市立学校のメールアドレスであったため、「市立学校に一斉送信したメール」に修正しました。(2016/3/27 14:20加筆修正)

(**) 「D-TAC」の表記を「D-Tac」に修正しました。(2016/3/28 12:10)

(***) 「国歌掲揚」と誤記していた箇所を「国旗掲揚」に修正しました。(2016/4/18 13:30)

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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