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ブルガリアに7−2で大勝するより、スペインに1−6で負ける方が好ましいと考えるいくつもの理由

杉山茂樹スポーツライター

「こんなに得点をとっておいて批判することはできるでしょうか」とは、試合後の会見で、ひな壇に座るハリルホジッチが、記者団に向けて投げかけたセリフだが、それを聞きながらこう思った。批判はしないが、好ましい出来事だとは思わない、と。その結果、湧き起こることになる世間の楽観的ムード、世の中の空気に違和感を覚えることになるだろう、と。

FIFAの世界ランキングによれば、日本とブルガリアの関係は53位対69位。日本が僅かにリードする。全面的には信用できない物差しだとはいえ、両者の妥当なスコアは、ホームの利を加えてもせいぜい2−0だ。中立地ならば1−0。アウェーなら引き分け。敗戦もあり得る。僕の個人的な見解では、両者ほぼイーブンな力関係になる。少なくとも日本が7−2で勝利する相手ではない。

接戦が予想される相手に5点差をつけて勝った。よくやった! ハリルホジッチはそう言いたいのだろうが、これはいま日本サッカー界に必要なものではない。誰も望んでいないスコア。強化試合といいながら、強化にまるで繋がらない試合。間違って生まれてしまった結果と言いたくなる。

遠く離れた極東の地で、普段の力を思うように発揮できない。これは親善試合で日本を訪れるアウェーチームにありがちな傾向だ。「監督に就任して以来、最悪の出来事」とは、ブルガリアのイバイロ・ペテフ監督の言葉だが、おそらく今回のブルガリア代表チームにとって日本は、これまでに体験したアウェー戦の中で本国から最も遠い国だろう。

ブルガリアにとって最悪の出来事が起きやすい環境だったわけだ。そこにあえて身を投じた。これこそが強化である。そしてその結果、改善すべき箇所が数多く見つかった。はるばる日本まで駆けつけた甲斐があったというものだ。2−7は、逆に日本がアウェーの地で経験すべき、まさに見習うべき姿だ。

日本が欧州勢と最後に対戦したのは2年前のブラジルW杯対ギリシャ戦。親善試合になると、弱小キプロスをホームに招いて戦ったブラジルW杯の壮行試合が直近で、海外のアウェー戦に至っては、2013年11月(ベルギー、オランダ)まで遡る。

アウェー戦も少ないし、強豪と呼べる相手との試合も数少ない。ホームの親善試合という緩すぎる設定の中で勝利を重ね、「ニッポン! ニッポン!」と盛り上がる内向きな姿では、世界に太刀打ちできない。その道の先に幸はないことは、もう10年以上前からこの世界に浸透している常識のはず。この7−2勝利という結果を受け、日本の世の中はどう反応するか。試されている時だと思う。大喜びすればするほど、将来が不安になる。

だが、つい1年と少し前に来日したばかりのハリルホジッチが、この日本の特殊事情を理解しているとは思えない。口を突いて出た「こんなに得点をとっておいて批判することはできるでしょうか」の言葉が、なによりの証拠だ。岡田武史さん(現サッカー協会副会長兼今治FCオーナー兼解説者)が代表監督なら、そんなことは口にしていないだろう。

その2日前、ライバルの韓国は中立地オーストリアで行なわれた親善試合で、5点差のスコアで敗れている。相手はまもなく開幕するユーロ2016で前人未踏の3連覇を狙うスペイン。強豪中の強豪にボコボコにされたわけだ。

スペインはほぼ勝てる見込みのない相手だ。試合前から大敗を覚悟しなければならない強豪と戦い、予想通り1−6で敗れた。韓国代表は醜態をさらけ出したわけだが、計算通りの大敗であることに、心憎さを感じる。日本より上手。残念ながら、賢いと言わざるを得ない。

2002年日韓共催W杯で韓国代表監督を務めたフース・ヒディンクは、その強化方法についてこう述べた。

「1年半の任期の前半は、敗戦をテーマに戦った。韓国サッカー協会の幹部は、勝ちやすい相手と試合することを望んだが、私はそれに抵抗し、勝ち目の薄い強豪との対戦を積極的に組んだ。まずダメ出しをして、自分たちが強くないことを自覚させたのです」

話を聞いたのは、強豪との対戦の最中だ。結果がまったく出ていない時だった。韓国メディアからは「ヒディンク辞めろ!」の声が湧き起こっていた。だが、彼は泰然自若としていた。「チームはここから上昇に転じるから、見ていてください」との言葉通り、ラスト半年あたりから急上昇。本番では就任当初と見違えるチームに変身していた。

そんな成功体験がある国とない国の差を、1−6と7−2の関係に見るような気がする。日本に求められているのは、簡単には勝ちにくい設定の中での試合だ。楽勝は進歩どころか退化を招く。

その楽勝劇も、ラッキーが多分に関与していた。真横からの映像を見ていないのでなんとも言えないが、岡崎慎司の先制ヘッドは、オフサイドを取られていても不思議のない、まさにホームタウンディシジョン。あれがノーゴールだったら、そして前半22分、ブルガリアFWディミタル・ランゲロフのヘディングシュートが川島永嗣の好セーブに阻まれなかったら、試合はもっと接近したスコアになっていただろう。

そこで岡崎にラストパスを送った柏木陽介は、香川真司が挙げた続く2点目のゴールにも、サイドチェンジという役割で絡んでいた。貢献度大。ハリルホジッチが6人の交代カードを切るなかで、中盤より前で唯一フルタイム出場を果たす姿に、監督の好印象を見た気がする。

だが彼は一方で、試合が7−0ではなく、荒れ気味の7−2になった原因にも絡んでいた。ブルガリアは平常心でちゃんと戦えば、それなりに強い、潜在能力の高いチームだ。この試合でも、とりわけその攻撃的な魅力を随所にのぞかせていた。柏木が頼りなく見えたのはその時だ。相手ボール時の対応に、ひ弱さが出た。反応もポジショニングもいまひとつだった。

90分フルにプレーした分、よいところも悪いところも露呈した。よいところは運にも恵まれていた。彼のような選手こそ、欧州の強豪との対戦を通してでないと見えてこないものがある。強化試合は、各選手の長所と短所をあぶり出す作業でもある。

いわゆる欧州組は、日常の試合に目を凝らせば、それは浮き彫りになるが、柏木のようなドメスティックな選手には、その機会がない。強い相手と勝ちにくい設定の中で、どれほど試合ができるか。それこそが強化。W杯本番の成績がその数に比例することは見えている。

7−2に大喜びする姿ほど愚かなものはない。僕はそう思うのだ。

(初出:集英社Web Sportiva 「欧州勢に大勝のハリルJとボコボコに負けた韓国。その差に思う一抹の不安」6月4日掲載)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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