「コオロギ食」への嫌悪感は「ネオフォビア(新奇性恐怖)」なのか
政府のデジタル大臣が試食し、それがネット上で問題視されるなど、最近になって物議をかもしているコオロギ食だが、コオロギを食べることに心理的な抵抗がある人が多いことも背景にありそうだ。新奇なものに恐怖を感じることをネオフォビア(Neophobia、新奇性恐怖)というが、日本人にとってのコオロギ食はネオフォビアなのだろうか。
まだ国際的な規範もない昆虫食
主にアジア、アフリカ、南アメリカといった地域で人類は長く昆虫を食べてきた。この昆虫食や昆虫の飼料化が世界的に注目を集めているのは、2013年に国連の食糧農業機関(Food and Agriculture Organization of the United Nations、FAO)が食糧危機の解決策として昆虫食を推奨したことに始まる。
その後、日本をはじめ各国は、食糧危機解決策の一つとして昆虫食の推進を始めるようになっていった。また、SDGs(持続可能な開発目標)の取り組みにも関係し、食用や飼料のために養殖する場合のコスト(餌代、水、エネルギー代など)が食肉や農産物より有利とされ、環境負荷の低さやSDGsの観点からこれらに関心の高い欧米を中心に注目されているというわけだ(※1)。
また、新型コロナのパンデミックやロシアによるウクライナ侵攻で、世界的に食糧安全保障が脅かされた。前述したようにFAOが食糧危機の解決策として昆虫食を推奨したことにも関係し、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラルなど、食肉に匹敵する栄養素を持つ昆虫を食料にすることが食糧危機を乗り切るための一つの手段と考えられるようにもなっている(※2)。
だが、衛生面などの安全面から、自然界の昆虫を捕らえて摂取する昆虫食と人為的にコントロールされている養殖の昆虫を食べることは違う。また、他国から輸入された昆虫についても、まだ国際的な規範がないため、安全性は担保されていないのが現状だ(※3)。さらに、内部寄生虫やアレルギー反応などについても、コオロギを含む昆虫は未知の部分が多い食品となっている(※4)。
男性のほうが受容的な昆虫食
昆虫は、食品衛生とのネガティブなつながりも強い。加工食品に昆虫が混入するような事故の事例から、多くの人が昆虫と聞くと、不衛生を連想したり感染症や食中毒を引き起こす病原性の微生物が付着しているのではないかと印象を受けたりする(※5)。
この記事ではコオロギ食の安全性やアレルギーなどについては述べないが、他の昆虫(バッタ類など)に比べてコオロギには有害な微生物や熱処理に強い細菌(芽胞形成菌)が多く、養殖条件によってカドミウムなどの重金属が蓄積しやすい、といった危険性があることを指摘しておく(※6)。
ここでは、コオロギ食に対する心理的な抵抗感や嫌悪感について、最近の日本のように各国でも同様の課題が取り沙汰され、心理面からアプローチする研究も多く、こうした側面から昆虫食、特にコオロギ食について考えてみたい。
その国民や民族、地域社会に暮らす人々が持つ固有の食文化や食習慣に対する執着心は根強く、一般的に保守的だ。なじみの薄い食べ物を食べないという行動は、寄生虫の感染を回避したり食中毒にならないようにするなど生存のための危険回避手段であり、生物に共通して備わった適応反応になっている。
これまでの研究から昆虫食に対して、女性より男性のほうが受容度が高く、男性のほうが姿形のわかる加工されていない昆虫に対する嫌悪感が低かった(※7)。また、特にネオフォビア(新奇性恐怖)、なじみの薄い食べ物への忌避感が、昆虫食への抵抗に強く影響することがわかっている(※8)。
高い栄養価や環境負荷の低さなどの利点が多くあっても多くの人は昆虫食をなかなか受け入れないが、研究の多くは欧米のもので無脊椎動物を食べる習慣が少ない国民や民族を対象にしたものだ(※9)。また、欧米の嗜好の研究対象は、主にこれまで昆虫を食べたことのない人の感性を調べていることが多く、また、昆虫食への関心の度合いはどれくらいか、どうしたら昆虫食を消費者に受け入れてもらえるのか、といった疑問からなされている(※10)。
そのため、欧米人を対象にした昆虫食への心理的な抵抗や嫌悪感は、かなり強いという結果になっている。とはいえ、一般の食料品店などに並ぶようになったことで、欧米でも徐々に昆虫食が受け入れられつつある(※11)。
また、同じ欧米でも国によって受容度、嫌悪度はバラバラなようだ。ノルウェーとポルトガルの両国の参加者について調べた研究によれば、総じて栄養価の合理性や食品ロスを含む環境負荷の要因は好悪への影響が低く、新しい食材への好奇心の強弱によって好悪する傾向があり、ノルウェーのほうが昆虫食に対して受容的だった(※12)。
なじみの薄いコオロギ食へのネオフォビア
では、西洋人以外ではどうだろうか。昆虫食に対する心理的な抵抗感を、ドイツ人と中国人とで比較した研究によれば、中国人はドイツ人に比べて昆虫食を好意的に評価し、ドイツ人が加工されている昆虫食を好むのに比べ、中国人は未加工も加工もどちらも好みに違いがなかった(※13)。
すでに日本人の食生活は欧米化しているが、広い国土を持ち、生活環境が不均一な中国は、今まさに食生活が欧米化へ移行しつつある過渡期だ。中国全土の395人(女性224人、各世代、平均年齢30.2歳)を対象にした調査によれば、昆虫食を食べたことのある人とない人で結果が異なり、中国人でも食べたことのない人は昆虫食に対して嫌悪感を抱く傾向があることがわかった(※14)。
では、話題になっているコオロギ食はどうなのだろうか。
米国のミシガン大学の研究者によれば、コオロギは他の昆虫より粉末にしやすいなどの加工性で優れている一方、コオロギ食にした場合、ネオフォビア(新奇性恐怖)の対象になりやすいという(※15)。そのため、コオロギ食を忌避するタイプの人に対しては、原形を連想させないように粉末にし、クッキーなどのなじみ深い食品に混ぜて提供することが効果的としている。
昆虫食といっても多種多様なものがあるが、コオロギは世界的にも食材として注目を集めつつあるようだ。量販店などではコオロギの粉末を練り込んだ煎餅が販売されるなどしているが、一部の研究機関や業界団体がコンソーシアムを作って製造販売のガイドラインを策定しているものの、衛生面やアレルギー、輸入品などの安全性に関する明確な法規制はまだない。
日本人にとっての昆虫食は、イナゴの佃煮や蜂の子などがあり、それほどなじみの薄い食材ではないが、若い世代でそのことを知っている人は多くなさそうだ。また、コオロギはその色や形が、バッタよりも我々が忌み嫌っているゴキブリのほうにより似ている、ということもあるだろう。
肉食への贖罪意識やSDGsなど環境影響への懸念が強い欧米では、次第に昆虫食が市場に浸透し、昆虫が新奇性のある食材ではなくなりつつあり、それとともに受け入れられている(※11、※16)。
ネットなどでのコオロギを食べることについての日本人の拒否反応や嫌悪感は、一種のネオフォビア(新奇性恐怖)といえ、これは昆虫食になじみの薄い欧米人と同じ反応といえる。日本でもコオロギ食が一般的になれば、ネオフォビア(新奇性恐怖)を感じる人も少なくなっていくはずだ。
だが、コオロギとゴキブリの連想一致がその嫌悪感に強く影響しているとすれば、それはネオフォビア(新奇性恐怖)ではない。もっと根源的な情動反応であり、だとすればコオロギ食が一般的に広く受け入れられることはないだろう(※17)。
コオロギ食だけに特化した研究は少ない。もしコオロギ食を普及させたいのなら、こうした消費者の心理についてよく調べる必要がありそうだ。
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※1-3:Roberto Ordonez-Araque, Erika Egas-Montenegro, "Edible insects: A food alternative for the sustainable development of the planet" International Journal of Gastronomy and Food Science, Vol.23, April, 2021
※2:Jessika Goncalves dos Santos Aguilar, "An overview of lipids from insects" Biocatalysis and Agricultural Biotechnology, Vol.33, May, 2021
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※4-1:Samuel Imathiu, "Benefits and food safety concerns associated with comsunption of edible insects" NFS Journal, Vol.18, 1-11, March, 2020
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※8-1:Christina Hartmann, Michael Siegrist, "Development and validation of the Food Disgust Scale" Food Quality and Preference, Vol.63, 38-50, January, 2018
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※11:Simone Mancini, et al., "Factors Predicting the Intention of Eating an Insect-Based Product" foods, Vol.8(7), 270, 19, July, 2019
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※14:Fabio Verneau, et al., "Cross-validation of the entomophagy attitude questionnaire (EAQ): A study in China on eaters and non-eaters" Food Quality and Preference, Vol.87, January, 2021
※15:Rachael Lacey, "Crickets as Food: The perceptions of and barriers to entomophagy and the potential for widespread incorporation of cricket flour in American diets" Program in the Environment, University of Michigan, April, 2016
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