カイロ大学は「小池百合子氏は卒業した」と言うけれど、彼女の卒業証書が気にかかる
小池百合子氏に学歴詐称があるのではないかと問題になっています。
彼女は、今までにマスコミに何度かカイロ大学の卒業証書だとして、それらしきものを示していますが、どれも映像がはっきりせず、客観的にそれが本物だと断定されていません。
そのような中で、カイロ大学みずからが、「小池百合子氏が1976年10月にカイロ大学文学部社会学科を卒業したことを証明する。卒業証書はカイロ大学の正式な手続きにより発行された」との声明を出すにいたり、問題は一挙に沈静化する兆しを示しているようです。
確かに、カイロ大学が正式に〈小池氏は卒業生である〉と述べているならば、小池氏に〈学歴詐称〉はないことになり、公職選挙法(235条2項)の虚偽事項公表罪は成立しないことになります。
しかし、それで問題はすべて解決するかといえば、そうではありません。カイロ大学の声明が真実であるとしても、それじゃ彼女がもっている〈カイロ大学の卒業証書〉はいったい何なのかという疑問は残るからです。
そもそも個人がある大学を出たかどうかは、通常は(本物の)卒業証書を提示することで証明されます。小池氏も、ご自身が所持している〈卒業証書〉をちゃんと内容が客観的に間違いなく判読できるかたちで公表し、一般の検証に委ねれば済むことで、わざわざその大学が声明を出すようなことではありません。
しかし、もしもその〈卒業証書〉の中身に疑義が生じれば、カイロ大学の上記の声明とは別に、彼女が私文書偽造罪という犯罪を犯したのではないかという疑いは残ります。
たとえば、AがBから100万円の借金をして、「AはBから100万円借りました」という〈借用書〉に署名押印して、Bに渡したとします。後からAが「100万円なんて借りた覚えはない」と返済を拒んだとすれば、Bはその〈借用書〉を提示して「AがBから100万円を借りた」という事実を証明するわけです。これが文書というものがもっている証明機能です。これは、私たちの社会を支える基本的で重要な制度です。
普通は〈借用書〉の偽造とは、AがBから借金した事実が存在しないのに、上のような〈借用書〉をBが勝手に作成し、Aに対して「100万円を返済しろ」と訴えるような場合でしょうが、Aの借金が事実だとして、Bがなにかの事情でその〈借用書〉を紛失してしまい、Bが勝手にその〈借用書〉を作成したような場合も、(内容は真実に合致していますが)私文書偽造罪に当たります。なぜなら、Bは〈借用書〉という証拠を勝手に作成しているからです。
つまり、私たちは社会生活においてさまざまな文書(書類)を残しますね。申込書、契約書、借用書、受領書、解約書など、取引や社会的活動の重要な証拠を残すために、そのような書類に署名(サイン)し、ハンコを押します。これらはすべて後でトラブルが生じた場合に、「いや、事実はこうです」ということを主張し、その主張を裏付けるための証拠とするためなのです。そして、文書偽造罪というかたちで当該文書の成立過程を偽る行為を処罰することで、当該文書に書かれている名義人がその内容を承知して作成したのだという信用性が生まれるのです。
この点は少し難しいかもしれません。
たとえば百均で売っているハンコを使えば、だれでも他人名義の文書を簡単に作成できます。技術的な点からいえば、偽造はきわめて単純な行為です。しかし、そのような書類でも社会的に信用され、通用するのは、もしも他人名義の書類を勝手に作れば最高で5年の懲役に処せられるという刑罰の仕組みがバックで機能しており、それが文書に信用性を与えているからなのです。
このような意味で、〈名義人が当該文書を書いた〉ということをごまかす行為が(文書の証明機能を害するという)証拠犯罪として処罰されているのです。
なお、文書偽造と似た行為として〈虚偽記載〉という行為があります。これは、名義人が(作成権限がある)文書の内容を偽る場合です。これは公文書の場合は虚偽公文書作成罪(刑法156条)として処罰されていますが、私文書の場合は、私人である医師が虚偽の診断書や死亡証書に虚偽の記載をした場合だけが処罰されています(刑法160条)。これは公文書と私文書を比較した場合、公文書の方が圧倒的に重要ですから、公文書により高い信用性を付与するためです。
さて、話を小池百合子氏に戻します。
(私文書偽造等)
刑法第159条 行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、3月以上5年以下の懲役に処する。
- まず、外国の公務員であっても日本の公務員ではないので、カイロ大学が作成する卒業証書は私文書です。
- カイロ大学の卒業証書は、カイロ大学の印章、学長の署名等があり、卒業したという事実証明に使われるものですから、刑法159条にいう「文書」に該当します。
- 小池氏が何かの事情で本物の卒業証書を紛失したならば、その再発行か卒業証明書の発行を申請すれば済むことで、もしも彼女がみずからの判断で〈カイロ大学卒業証書〉を名義人(カイロ大学)の承諾なしに勝手に作成したのならば、刑法159条で書かれている「偽造」に当たります。かりに小池氏がカイロ大学に、「卒業証書を失くしたので、自分で卒業証書を作成しても構わないか」と問い合わせをし、カイロ大学がそれを了解したならば「偽造」ではないと解される可能性はありますが、そのようなことは絶対にありえないことです(判例によれば、そのような場合でも文書偽造罪になります)。
- なお、文書偽造は「行使の目的」でなされる必要がありますが、「行使」とは他人に交付したり、提示したりすることですから、小池氏の場合には問題なく認められます(実際に「行使」しています)。
というわけで、カイロ大学は彼女が卒業したと言うけれども、小池百合子氏が所持している〈カイロ大学の卒業証書〉はいったい何なのかがとても気にかかります。東京アラートは、真っ赤に灯ったままです。(了)
【参考】