「山北町」のお茶がドイツ・ミュンヘンに!生産者の井上さんの新たな挑戦と茶産地の自然をレポート!
神奈川県西部の「山北町(やまきたまち)」。
神奈川県といえば、横浜・川崎などの都会を思いうかべる人も多いですが、西部は山間地で自然が多く、アウトドアやレジャーにも人気の地域です。
その山北町のお茶がドイツのミュンヘンに送られ販売されていると聞き、山北町で興味深い取り組みをしている生産者の井上さんに詳しくお話を伺いました。
山北町ってどんなところ?
茶畑から見える美しい富士山!
この写真だけ見ると、静岡?と思われるかもしれませんが、ここはギリギリ神奈川県。
神奈川県西部の山北町は静岡や山梨との県境にあり、丹沢の山々をはじめ富士山も美しく見える緑豊かな環境です。
山北町の面積は横浜市・相模原市に次ぐ大きさ。しかし人口は1万人以下、という農業や林業が盛んなのどかでゆったりした環境です。近年は都会から移住する方も少しずつ増えているそうです。
丹沢エリアはハイキングやキャンプ、湖ではカヌーやサップなど、そして温泉もありレジャーも楽しめる場所として人気があります。都内から電車で100分強、横浜から80分で行けるというのも人気の理由です。
私が訪れた時も、電車はハイカーで賑わっていました。
※山北町の見どころについては山北町観光協会のサイトや私の個人ブログの山北レポートもご覧ください。
山北町のお水はおいしい!
名水百選でもある「洒水(しゃすい)の滝」も名所の一つですが、山北町で飲んだ水道水のおいしさに驚きました!
湧き水がおいしいのはもちろん、今回取材させていただいた井上さんの茶畑からすぐ、ハイキングコースの休憩地でもある「共和の森」。こちらの水道水がとってもおいしい!
手を洗うだけじゃもったいない、水筒に入れて持ち歩きたいくらいおいしいお水が飲み放題。なんて羨ましい!!
そのまま飲んでも、そのお水でお茶を淹れてもおいしく飲めます。
山北町は水源地
山北町は横浜や川崎の水源の一つでもあります。山が育むおいしいお水。自然もお水も豊かな場所です。
ではその水はどこから来ているのでしょうか?
雨が降り、森林の根が山の保水力を保ち、少しずつしみ出して小川から川になっていきます。
しかし最近は手を入れるのが困難になった山林も多く見受けられるそうです。茶畑も廃業して放棄されると荒れた土地になってしまい、もし数年前の台風の時のように雨が沢山降ったら土砂災害の原因にもなりかねないとのこと。
実際にその台風では、間伐が行われなかった山の木が土砂とともに崩れ、川をせき止めて洪水になってしまった地域もあったそうです。これは本当に深刻な問題です・・・。
と井上さん。
水がないと生活はできません。水源の大切さをもっと意識しなければ!
今回取材させていただいた井上さんとお話ししていて、改めて強く感じました。
きれいな環境で育まれたお茶
自然豊かな環境の中にある井上さんの茶畑を訪れると、景色も空気も美しく何度も深呼吸したくなります。
この自然の環境を守るためにもできるだけ農薬に頼らずに栽培できないかと、いろいろな事例を調べ、これまでの長年のノウハウ(この道50年!)を元に、現在は栽培期間中は農薬を使わずに育てているそうです。
農薬を使わないとなると、害虫が沢山来たり木が病気になったり、そのせいで茶葉の品質が悪くなってしまったり、とにかく手間がかかるイメージですが、「確かに手間はかかる部分はあるけど、お茶の木をよく見て上手く時期を判断して育てたら、虫も病気もあまり寄ってこないんだ」とのこと。
自然との対話、お茶の木との対話を大切にしている井上さんだからこその知恵なのですね。
猪などの被害も・・・
自然が豊かということは、猪、鹿など多様な動物も生息しています。
特に近年は猪が増えて、山北町で農業を営む人々を悩ませているとのこと。
猪は地中の根っこなどを食べるため、茶畑の畝と畝の間に穴を掘ってしまうのです。
私が初めて井上さんの茶畑を訪ねたのは4月中旬でした。
「茶畑に猪が度々出て穴を掘って困っている。土嚢を作って穴を埋めるから手伝ってほしい」と聞き、少しでもお役に立てたらとお手伝いに参加させていただきました。
「ただし、湿度も気温も高くなってくるとヤマビルが出るから各自で対策してきてくださいね」とのこと。
ヤマビル???テレビなどでは見たことがありますが、近年、鹿が増えたことにより山北町でもそれまでいなかったヤマビルが増えてきているそうです。井上さんの茶畑周辺も数年前からヤマビルが出るようになり、実際に井上さんも対策が甘かった時は被害にあったのだとか・・・。
猪にヤマビルに、自然のものなのでこちらの思うようにはいかず大変です。
お手伝い当日は、あいにくの雨でしたが、ヤマビル対策万全にお手伝いボランティアの社会人・学生の合同チームにより沢山の土嚢が完成し、茶畑に次々と運ばれました。
土嚢ってとっても重いんです・・・。これを作るのも運ぶのも、これまでは井上さんと数人で作業されていたそうです。
この土嚢を猪が掘った穴に埋めます。埋めても埋めてもまた掘られるので、沢山作った土嚢もすぐに使うことになりまた追加で作って・・・と、終わりなき戦い。
「穴があいたままじゃだめなの?」と思うかもしれません。
茶畑で茶摘みなどの作業を行う際、この写真のように重い機械を持つのですが手前の1人は後ろ向きに進まなければなりません。穴があるのに気付かず落ちてしまったら、怪我をするのはもちろんのこと、機械が傾き新芽ではない部分(古い葉っぱや枝など)まで刈り取ってしまい、それを後で取り除くのも至難の業。そのままだとお茶にしたときの品質が悪くなってしまいます。
茶摘みだけでも大変な作業なのに、猪の穴対策まで、手間も体力も必要です。
なぜ山北の井上さんのお茶がドイツ・ミュンヘンに?
今回取材させていただいた井上さん、実は数年前茶業を辞めようと思っていた時期があったそうです。
そんな折、山北町が水源となっている川崎の方との交流の中で、ドイツのミュンヘンに留学しオペラ歌手として活躍した経験のある方を通じ、その友人が経営している現地でも人気のコーヒー専門店に日本茶を置きたいという話から、それなら、栽培期間中は農薬を使わずに自然の力を利用して栽培したお茶を届けたい、と一念発起。一部の茶畑をミュンヘンに届けるお茶専用に育てることに。
それと同時に、山北町と川崎や横浜など神奈川県内の応援団とで「ミュンヘン山北お茶プロジェクト」が発足しました。
様々な縁が繋がりスタートし、ミュンヘンに送る手続きなどを経て、昨年から井上さんが生産しているお茶がドイツのミュンヘンに送られ販売されています(日本国内の販売もあります)。
今年の新茶ができる前、井上さんに「このお茶をどんな人に飲んでほしいですか?」と尋ねたことがあります。井上さんは少し考えながら「ミュンヘンのアナさん(前出のコーヒー専門店経営者)が、井上さんこのお茶おいしい!私このお茶が好き!と言ってくれたことが嬉しくて・・・それに尽きるんだ」とおっしゃっていました。
コーヒーについてもフェアトレードで生産者とのやり取りを大切にしているアナさん。そして、自然の中で奮闘しながらも、楽しみながら茶畑を管理している井上さん。遠く離れた山北とミュンヘンでお茶を通した繋がりで想いを同じくする仲間でもあるのです。
楽しくワクワクしながら!
このプロジェクトは井上さんをリーダーに、20代から70代まで幅広い年代の、様々な職業・背景の人が集まっています。
茶業だけでなく農業全般にも工夫しながら楽しく従事する井上さんと、それを支える山北の方々、川崎や横浜など神奈川県内のサポーター(支援者)で、楽しくワクワクしながら話し合いプロジェクトを進めていっています。小さな輪ではありながらも、様々な意見や工夫できることを出し合い、活気のあるプロジェクトとなっています。
今年の新茶も5月末に山北町を出発し、ミュンヘンのお店で販売がスタートしています。
「コロナ禍で行き来はまだ難しいけれど、いつかアナさんやこのお茶を飲んだミュンヘンの人々に山北を訪れてほしい。山北町の自然を一度見てほしい」
井上さんの願いはお茶とともにきっとミュンヘンに届いていることと思います。
そしてさらに、「全国的に斜陽産業と呼ばれて久しい茶業、後継者不足など苦労しているお茶の生産者は多く、山北町でもかなり深刻。でもこのプロジェクトを見て、自分もやってみたい!廃業しようと思っていたけどやっぱり続けていこう!という人に勇気を与えられたら」と井上さん。
井上さんの挑戦はまだまだ続きます。今後のご活躍も楽しみです。
お話を伺っていて、こちらも勇気と元気をいただきました!
参考:「井上茶」ホームページ