サブスク時代に乗り遅れたエイベックス、かつてのミリオンに代わる社会的ヒット創出とは
世界音楽市場売上は2015年より7年連続プラス成長を遂げ、音楽産業が再び世界的に勢いを増している。そんななか、かつてCD全盛時代にミリオンヒットを連発し一時代を築き上げたエイベックスは、この10年ほどデジタルマーケティングにいち早く動いた外資メジャーレコード会社に遅れを取っている感がある。いままさに巻き返しを図ろうとする黒岩克巳社長に、サブスク時代の“エイベックスらしさ”とグローバル化する配信マーケットでのヒット創出を聞いた。
コロナを経て社会的に再認識されたIPやコンテンツの価値
この2年ほどの音楽界は、ライブやイベント事業を中心に、コロナによる大きな影響を受けてきた。その厳しい時期にエイベックスが積極的にトライしてきたのは、ファンとのオンラインコミュニケーション。エンターテインメントが世界的にコロナ前に戻って動き出しているなか、新しいオンライン上のサービスの仕組みが従来のビジネスモデルに加わったことで、レコード会社は新たな武器を手にして次の時代に向かおうとしている。
黒岩氏は「これからはフィジカルとデジタルを融合したライブやイベントが世界標準になっていくでしょう。そこにおいて、コロナで経験したことはチャンスになります。各種サブスクサービスが活性化するなか、改めて社会的に認知されたのはIPやコンテンツの価値。弊社では『強いIPの創造』に向けたグローバル戦略を掲げていますが、もともと日本は遅れていて、世界標準に引き上げないといけなかった。コロナでその重要性が再認識され、グローバル化は一気に加速していくでしょう。世界で戦えるIPをしっかり作っていくことで、明るい未来があると感じています」とポジティブに前を見据える。
国境の概念がなくなる戦いで日本レコード会社の勝ち筋とは
いま日本が置かれている状況は、デジタル領域で世界中のサービスが流入し、市場は圧倒的に海外サービスのシェアが高い。そこにレコード会社を含めたコンテンツホルダーは国内IPを乗せて、日本のなかで稼いでいる。この現状のビジネスモデルに対して、黒岩氏は「理想はグローバルなプラットフォーム上で、世界中から外貨が入ってくること」と掲げる。
そのためには、世界各国のユーザーから支持されるIPを作り出し、それをグローバル市場でヒットさせなければならないが、「作り方とやり方次第で可能です。そこを狙っていくのが、日本のエンターテインメント会社の勝ち筋と考えています」と力を込める。
そんなエイベックスがいま進めるプロジェクトのひとつがWARPs(ワープス)。日中混合ボーイズグループ・WARPs UPの2人は、中国・テンセントのサバイバルオーディションに勝ち残り、INTO1(イントゥワン)のメンバーとしてアジアをベースに活動している。また、サウジアラビアのジェッダで開催された国民的イベント「ジェッダ・シーズン2022」に、日本の人気アニメのパビリオンを集結させた「アニメビレッジ」をプロデュースし、大盛況となった。すでに世界での実績を積み上げている。
かつてのミリオンに代わるのは分母が異なる世界的ヒット
90年代のCD全盛期に売上300万枚を超えるミリオンヒットを連発してきたエイベックス。メディアも音楽流通も遷り変わった、いまのサブスクが主流となる配信時代に受け継がれるヒット創出法を黒岩氏に聞くと、当時を振り返りながらこう語る。
「この20年のテクノロジーの進歩とデジタル化によっていろいろなアーティストが現れるとともに、それまでにない音楽ジャンルが生まれ、人々の価値観が広がることで多様性の時代になりました。そうなるとかつてのようなメディアからの情報でブームが生まれ、それを追ってCD購入する一過性の行動原理がなくなり、あの時代の売り方ではヒットが生まれなくなります」
ではCD時代のミリオンに代わるサブスク時代のヒットは、どう生み出していくのか。
「個人的には、ヒットの裏には時代背景があると考えています。ジェンダーレスでグローバルな時代では、多種多様なジャンルのなかのヒットをしっかりと見極めていくことが重要。ジャンルを超えた大きなヒットを狙うことも大切ですが、そこに縛られるよりも、その市場で求められるものを数多く提供していくことが、いまのチャンネル数と多様性の時代には合っています」
かつては、ミリオンというわかりやすくてインパクトの強い指標があった。しかし、それはすでに過去の遺物と化している。では、新しい時代のそれに代わる社会的ヒットをどう考えるのだろうか。
「いまの時代のなかで大ヒットと呼べるものがあるとしたら、それは分母が違うグローバルヒット。市場環境の変化によって当時と現在ではターゲットも目指すべき指標も異なるので、昔のヒットを超えるかの話ではなく、そういうヒット創出に挑んでいかないといけないのが現時点の立ち位置です」
危なっかしいところを攻めていくのがエイベックスのDNA
CD時代に日本音楽界の先頭を走ってきたエイベックス。しかし、近年のサブスクが主流となるデータマーケティングビジネスの大きな波には乗り遅れている感が否めない。ここ数年は、かつて音楽シーンをけん引してきた勢いと存在感がすっかり色あせている。
「パッケージの時代、我々はプロモーションが武器のメディアに強いレコード会社でした。しかし配信時代では、データマーケティングをベースにするアメリカの手法をいち早く取り入れた3大メジャーに出遅れました。数年遅れでようやくここ最近、サブスクヒットが生まれており、国内だけを意識していた時間軸のディレイを痛感しています」
「いまレコード会社として何が大切かというと、データマーケティングがアーティストやクライアントに対してひとつの大きな財産になっています。クリエイティブとマーケティングの領域において競争は激しくなりますが、近年の音楽産業は右肩上がりです」
データマーケティングの役割や位置づけが大きくなると、かつて一時代を築き上げた“エイベックスらしさ”との両立はどうなるのか。
「タグラインとして『Really! Mad + Pure』を持ち続けていますが、誰もやらないことに挑戦するのがエイベックスらしさです。安定したものではなく、ときには世の中から見て危なっかしいことをやっていくのがDNAとしてあります」
「ただし、すべてが“らしさ”だけではダメで、ちゃんとするところはしないといけない。この融合だと考えています。やるべきことはしっかりやりながら、そのうえであえてほかが挑戦していない領域を攻めていきたい。それがいまはグローバル領域にアーティストを出すことであり、イベントを持っていくこと。ダンス&ボーカルをベースにして、日本人が世界に挑戦していくストーリーをアーティストと共有する。それが成功したときにいまのエイベックスらしさが見えてくるのではないでしょうか」
*ヘッダー画像はWARPs UPメンバー。WARPsとは革新的な風を創造できる集団の意があり、固定グループだけではなく、プロジェクト横断して才能が輝く新たな世界や価値観を作り出すことを目的とした集合体になる(写真提供:エイベックス)
*リードの世界音楽市場売上の推移は、IFPI(国際レコード産業連盟)年次報告書「IFPI Global Music Report 2022」より