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不思議系を超えたモンスタータレント「あのちゃん」の本質とは?

ラリー遠田作家・お笑い評論家
(写真:アフロ)

芸能界は才能の宝庫である。しかも、普通の人が何となく想像している以上に、そういうところがある。「タレント」というのはもともと「才能」という意味の言葉であるわけだが、芸能人として一般に顔と名前が知られているような人は、ほとんどの場合、多岐にわたる才能の持ち主である。

歌手だから歌が上手い、モデルだから見た目が良い、芸人だから面白い、などというのは当たり前のことであり、その上でほかの分野でも人並み外れて秀でたところがあったりするものだ。

最近テレビでよく見かける不思議系女子のあの(通称「あのちゃん」)も、そんな才能の塊のような存在に見える。アイドルグループ「ゆるめるモ!」の一員として芸能界デビューを果たし、脱退後は「ano」名義でソロアーティストとして活動を開始。2022年にリリースされた『ちゅ、多様性。』がアニメ『チェンソーマン』のエンディングテーマに採用され、大ヒットを記録した。

さらに、俳優、モデル、タレントとしてもマルチに活躍している。特に、近年ではバラエティタレントとしての露出が増えていて、レギュラーの冠番組『あのちゃんの電電電波♪』(テレビ東京)をはじめとして多くの番組に出演している。現在放送中のドラマ『民王R』(テレビ朝日系)では、毒舌で知的な総理秘書役を演じている。

タレントとしてのあのの魅力は、圧倒的な「得体の知れなさ」にある。彼女は「不思議系」に分類されがちだが、いわゆるおバカキャラとはちょっと違う。とぼけた感じの見た目と話し方で油断させておいて、突然本質を突くような鋭いことを言ってみせたりもするからだ。

しかし、その鋭い変化球だけを待っていると、それはそれで当てが外れることになる。結構いい加減なことを言ったり、とんでもなく失礼なことを言ったりするのも珍しくない。結局のところ、よくわからない、という結論に落ち着く。これだけメディアに出ていても、なかなか尻尾をつかませない。そこが彼女の魅力だ。

『水曜日のダウンタウン』で、そんな彼女のキャラを上手く使ったドッキリ企画が行われたこともあった。『ラヴィット!』にゲストとして出演したあのが、こっそり芸人たちの指示を受けて次々に奇抜な回答を出していったのだ。彼女の得体の知れない雰囲気がそのまま生かされた名企画だった。

黙って立っているだけでも圧倒的な存在感があり、アーティストとしては圧巻のライブパフォーマンスを見せる。演技も上手いし、バラエティでも立派な戦力になっている。客観的なデータだけで見るなら、才能にあふれたマルチタレントだと言ってもいい。

しかし、彼女には単純にそう言わせない何かがある。何でも器用にこなす、というより、何にでも食らいついて個の力だけで一点突破している、という雰囲気が漂っている。

たとえ話をしよう。基本的に人間の体は水に浮かぶようにできている。肺に空気が入って浮き袋の役目を果たすからだ。しかし、人間の中には、初めから水に沈んでしまいがちな人というのもいる。そういう人は、何もしなければ水に沈んで息ができなくなってしまうので、浮かび上がるために必死で手足をばたつかせ、水面に顔を出そうとする。

それを繰り返した結果、そういう人はいつの間にか普通の人よりも泳ぎが上手くなったりするかもしれない。そして、「水泳が上手いね」と褒められたりもする。しかし、実際にはその人はただ必死で生きようとしていただけだ。何もしないと浮かんでいられなかったから、仕方なくもがいでいただけだ。

あのは、この話の「沈んでしまう人」に似ている。生きるための技術としての芸術を生業とする人。だからこそ、人々は彼女のパフォーマンスに魅了され、彼女のトークに笑わされながらも、そこに何らかの切実さを感じて、ますます目が離せなくなる。

不思議と不気味の狭間で軽やかに舞い踊るあのは、強さとしなやかさを備えたモンスタータレントである。私たちの想像の及ぶ範囲を超えて、これからもどんどん新しいものを見せてくれるだろう。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行う。主な著書に『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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