阪神タイガース・次代のキャプテン候補は、“金本監督の右バージョン”北條史也選手だ!
■金本監督の右バージョン!?
「金本監督の“右バージョン”ですね」。北條史也選手のことを尋ねると、濱中治打撃コーチはまず、こう答えた。「バットの出し方…上から最短距離で出るというところがね」と続ける。
昨年はファームで北條選手の成長を見守ってきた濱中コーチ。「元々バッティングセンスがあった」と評するが、今年は「速いまっすぐに負けないようになった」という。「去年は打ち損じ、ファウルが多かった。それが今年は練習でもファウルが減ってきたので、試合で捉えられる確率が上がってきた。打球もライナー性が増えた。フライをポンポン上げず、ライナーで抜いていく。そこが去年と全然違うところ」と、愛弟子の進化に目を細める。
昨秋、阪神タイガースは金本知憲監督のもと、新体制がスタートした。スローガンは「超変革」。象徴は若虎の抜擢だが、その旗印の一人でもある北條選手は秋季キャンプでも紅白戦で勝負強さをアピールし、金本監督の目に留まった。春季キャンプからオープン戦にかけても躍動し、初めて開幕1軍切符を勝ち取った。
「オープン戦の最初の方は打ててたけど、最後の方は悪かったので、まさか開幕1軍に入れるとは思わなかった。だから、打席をもらえたら何が何でも打ったろうと思った」。驚きの方が大きかったが、すぐに意気込みに変わった。「開幕の雰囲気はすごかった。みんなが『やるぞ!』って気合いが入ってる感じがあって、『いいなぁ』って思った」と開幕戦では感激の面持ちで目をキラキラさせていた。
■とうとう出た!プロ初安打は初ホームラン!!
ポジションが与えられているわけではない。ベンチに控えて出番を待つが、結果はなかなか出ない。だが、とうとう“その時”がやってきた。プロ5打席目となった4月3日のベイスターズ戦。代打で打席に立つと、まず初球を空振りした。2球ボール球を見送っての4球目を思いきり振り抜くと、打球はレフトスタンドまで飛んでいった。プロ初安打をホームランで刻んだ。
前日、登録選手の入れ替えがあった。首脳陣は先発の岩貞祐太投手を登録する際、上本博紀選手を抹消した。大方の予想に反して、だ。
若い北條選手はファームで数多くのゲームに出る方がいいだろうというのが、予想の根拠だ。しかし「超変革」を標榜する今年のチームの選択は違った。西岡剛選手の調子やポジションのことなど、様々な要素を勘案して北條選手を1軍に残した。失礼ながら誰もが…いや、何より本人が「絶対ボクが抹消されると思ってた」と一番驚いた。しかしその期待に満点回答したのだから見事だ。
それまで無安打だったことは頭になかった。「切り換えていこうと思ってたし、代打だったので、とにかく初球から思いきりいこうと思ってた。その初球、空振りしたのがよかった」と、初ホームランを振り返る北條選手。
そういった話はよく聞く。空振りすることでタイミングをとりやすくなると。「いや…タイミングとかじゃなくて…う〜ん」。しばらく待っても、明確な答えは出てこない。「よくわからないです。あとから思えば、初球を空振りしたのがよかったんやなって。でもボクにはその説明、一生できないですぅ…」。感覚的なことを言葉にするのは難しいのだろう。
すると濱中コーチがアッサリ「空振りしたことで力が抜けたんでしょ」と代弁してくれた。「初球を振ることでタイミングもとれるし、何よりリラックスできる。普段から『まず振れ』と口酸っぱく言ってある。代打は特に1球目を振れ、と。初球のストライクを見送ると、次は大抵ファウルしてしまう。それでもう追い込まれる。あとになるほどガチガチになるから、とにかく振れ、と。極端に言うとボール球でも振っていいくらい。若い子はね。スタメンになるとまた違うけど、代打はそう。振ることが大切。それができた北條は、かなり成長しているね」。詳しく解説するとともに、教えを実践した愛弟子を讃えた。
■川端慎吾選手に弟子入りを志願
「今年アカンかったら終わりやってくらいに思って…」。そんな危機感を抱いた1月、初めて他球団の選手の自主トレに飛び込んだ。ボーイズリーグ「オール狭山」の先輩に当たるスワローズの川端慎吾選手に参加をお願いしたのだ。川端選手はスワローズの選手たちと毎年、愛媛県は松山で自主トレを行っている。
快く承諾してくれた川端選手から様々なことを学んだ自主トレは「めちゃくちゃキツかった」と振り返る。「あんなタイトル獲るような人でも、ここまでやるんやなと驚いたし、練習に対する意識がすごいなって思った。この練習はこういう意味があるとか、こういう意識でやってるとか、そういうことを教われたのがよかった」と感服したようだ。
受け入れた川端選手に訊くと、「北條と一緒に練習してみて、真面目なヤツやなぁと思いましたね。自分から言うてきたから当たり前かもしれないけど、必死なのとか貪欲なのがすごく伝わってきた」と語る。
伝授した練習方法は、川端選手がずっと取り組んできたことだ。緩い球を引きつけて打つ練習。これをすることで、「ヒットゾーンに狙って打てる確率が上がった」という川端選手。「ちょっとの違い、ズレで結果が変わってくる。バットの角度、ポイントだけで違う。例えば(ポイントが)ちょっと前だとセカンドゴロになるのが、ちょっと後ろだとセンター前に抜ける。それを緩い球を打つことで感覚を覚える。頭でいくら狙って打とうと思っても難しい。数をこなして体に覚えこまさないと」。
多い時で500球もの緩い球を丁寧に打ち込み、自身の体に感覚を叩き込む。緩い球を打つのは「体を全部使うので本当にしんどい」そうで、速い球を打つ方がよっぽど楽だという。
「下半身の粘りを一番大事にしている」という北條選手も「調子悪くなった時にも、これで確認できる。前に突っ込んでる時も、この練習をしたら軸足に残して粘れる」と続けている。
また川端選手は練習方法に加えて「オレはこうやって打席に入ってるよ。こういう考えでやってるよ」という“頭脳”の部分も授けたそうだ。「長距離も魅力の選手だけど、出始めの今はまず率を残さないと。3割打ってたら使ってもらえる。ボクもそう考えてやっていた。ボールひとつ選ぶのも率に関係してくる。フルカウントからボール球を見逃せて四球か、空振りして三振かで率は違ってくる」。それにもまた緩い球を引きつける練習が役立つ。「試合に出るために率を残さないと」と考えて取り組んできた結果が、今や首位打者を獲得するまでになったのだ。
■若手野手陣の中でも、ひときわ光るキャプテンシー
今はまだベンチに控えることが多く、スタメン出場は2度だけという北條選手だが、いずれは鳥谷敬選手の後を継ぐと期待されている。さらに濱中コーチは「将来的に中心になれる選手」と、北條選手にキャプテンシーを見出している。「3番とか中心を打てる。それに打順だけじゃなく精神的に中心になれる。負けん気やガッツがあるし、チームを引っ張れる要素、まとめられる力がある」と断言する。
これまでファームでその素質を目にしてきた濱中コーチは、「何とかしてチームを引っ張ろうというのが見られた。だから何かあった時は、まとめ役は北條に頼もうって、他のコーチもそうなっていた」と首脳陣の総意であったと明かす。「1軍ではまだ慣れていく段階だけど、将来的にはキャプテンを任せられる選手。そこは陽川や横田とは全然違うタイプ」と期待を込める。
北條選手自身はどう考えているのか。「ボク、声を出しとかないとイヤなんです」とファームでは試合中、グラウンドで常に声を出していた。「1軍では聞こえにくいけど、サードはピッチャーも近いし」と今も出場したら、先輩ピッチャーに気後れせず、積極的に声をかけている。「引っ張っていこう」と意識をしているわけではないが、知らず知らずのうちにいい雰囲気作りをしているようだ。
しかし今は自分のことで精一杯だ。「中距離バッターで、勝負強いバッティングができる選手になりたいんです!」まずは、少ないチャンスをいかにモノにできるか。毎試合、毎打席が修行の場だ。